臨床推論の3要素 理学療法と脳卒中/片麻痺の動作分析と学習ポイント 第1章③-
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今回は動作分析の問題点抽出をテーマに述べていきたいと思います。
現象を述べることは「動作観察」に過ぎない
現象を述べることは「動作観察」に過ぎません. 「動作分析」は臨床推論が基盤となり, 情報収集→分析→問題点抽出→仮説立案→介入→再評価は一連となって進められます.
動作分析を行う上で必須な知識・イメージとして, 理想とする健常者のパフォーマンスを熟知していることです.
そのため, 正常運動の理解が必須ですが, 正常運動にも幅があり, 何が正常で何を逸脱とするかの判断は容易ではありません. 加え, 患者に理想とするパフォーマンスを押し付けても, 個人因子, 環境因子ともに異なるので, 失敗に終わる傾向があります.
例えば上記図のような女性の肩挙上の場合,肩関節の内旋の影響により肘関節が外側に向いていることがわかります.また右の頸部側屈や胸郭の左回旋も目立ちます.骨盤の後傾も理想よりは崩れています.
理想のパフォーマンスとすればこれらは問題点になりますが,何を目標にするのか?どのような運動学習経験を積んできたか?痛みがあるのか?などによって,大きな問題ではないとも判断できます.
-新人エピソード-
私も新人の頃は,パーキンソン病で円背の方の脊柱を強引に伸展させようとした時期がありました.バイオメカニクス的側面から考えると円背は不都合な要素もあります。
しかし,神経学的側面から考えると, 脊柱が屈曲位でも重力に対するバランス活動が優れ,転倒しない方もいらっしゃいます.見た目のアライメントだけで,理想のパフォーマンを追求しすぎないよう注意が必要です.
そのため, 正常運動への理解を深めつつ, 数多くの症例に対して上図の流れを繰り返しながら臨床家の経験値を高めていく必要があります. 常に評価と介入は一体となり, 「何故?」を自問自答しながら進めていく必要があります.
臨床推論に必要な3つの要素
臨床推論についてHiggisらは「セラピストが患者のゴールを臨床データ, 患者による選択, プロフェッショナルな判断や知識に基づきながら解決方法を探求していく過程である」と述べています.→エビデンス論文はこちら
臨床推論は非常に複雑で不確かで, 主観と客観を交差させながら試行錯誤し, 最適な実践パターンを自身に構築させていきます. 最適な臨床推論判断をするうえで, Jonesらは知識の組織化, 認知, メタ認知過程の重要性を説いています. →エビデンス論文はこちら
知識の組織化
多くの文献で一貫している知見は, 臨床家の特定分野の知識に,専門知識と診断の正確さが依存していることです. どれくらい多くの事実を知っているか?という表面的な知識量だけではなく, 知識の組織化の重要性を述べています.
知識は臨床推論に影響を与える最も重要な変数であり, 解剖・運動・神経系などの知識に対し, 療法士は常に批判的になる必要があります. あらゆる知識に対し, 理解しておくべきか, 限界があるのか, 無関係なのかを考慮すべきです.→エビデンス論文はこちら
臨床に使えない知識は, 専門家にとって思考の邪魔になる可能性があり, 自身が求められる職場環境や技術に応じて知識の取り巻きも変化してきます. 従って, 知識をいかに組織化させ, 使える知識にすることが臨床推論にとって重要な因子となります.
認知
認知とは, データ解析, 合成, 調査などの戦略により, 仮説検証を行う思考プロセスを意味します→エビデンス論文はこちら. 臨床的専門知識は, 臨床家の知識の組織化に関連し, 知識と認知は相互依存します.
例えば, ある計画に対して判断の是非を下す仮説検証は, 知識獲得に重要な役割を果たします. 一般的に, 臨床推論における失敗は認知の失敗と関連しています. 例えば, 既存仮説を支持する知見に過度な強調が含まれていた場合, 既存仮説を誤って解釈しすると不適切な演繹的推理となります→エビデンス論文はこちら.
しかし, 多くの臨床家は, 患者の評価と治療の際に使用する思考プロセスの誤りに気付かない可能性があります. 最も一般的な失敗は, お気に入りの仮説に固執していた場合です. これはパターン認識が固有化し制限されます. つまり, 個別のボックスに物事を入れようとすると, ボックス自体が注意の焦点となり, それらのボックスの外側のパターンが見えなくなります.
例えば歩行の動作分析場面において, 立脚中期に股関節の後方偏位が生じていた場合, 足部の問題, 下肢, 体幹, 上肢機能などの身体的側面から仮説を立位する傾向があります.
しかし,部位別以外にも筋骨格系・神経系・心理的要因など多くの側面から仮説検証する必要があります.もしかしたら股関節の後方偏位が靴擦れや地面の滑りやすさから影響を受けているかもしれません.成功パターンだけに固執しないよう, 帰納法と演繹法を駆使しながら, 日々の臨床をブラッシュアップさせていくことが重要であります.
僕が新人の頃は,前日に勉強した内容に認知過程が引っ張られすぎ,「局所にとらわれ全体を見れなかった」経験があります.知識を積み重ねることは大切ですが,臨床ではお気に入りの思考に無意識に引っ張られやすいです.
メタ認知
メタ認知とは, 臨床家の意識と考え方を客観的に捉える能力を意味します.→エビデンス論文はこちら これは「行動を知る」ことであり, 自己への監視, 内省です. 自身の考えに対して, 内省, 批判的な意見を問いかけることで, 臨床における曖昧な思考パターンの認識ができ, 新しい認知の獲得が実現されます.
臨床の中では, 何が生じたのか?何を感じたか?何が良くて何が悪かったのか?何を学べたか?次は何か違うことを実施できるか?など, 自身に問いかけながら記述し,まとめる習慣はメタ認知を高めていくうえで良いトレーニングになります.
上図のように臨床推論を発展させていくには,基礎知識を身に着け,その知識の探求をして知識を組織化していく必要があります.
療法士はまずHow toテクニックばかりにとらわれず,基礎知識を身に着け,日々の臨床を探求し,現場ででてくる問題点を調べる.という習慣化が大切です.
現場に必要のない知識は臨床推論の邪魔になります.小手先だけで変えられるテクニックは,翌日には応用できません.すぐに使える技術はすぐに使えなくなります. 長い年月をかけて成功,失敗体験のなかから内省し,臨床推論スキルを高めていきましょう.
執筆 金子唯史
所属 STROKE LAB
職種 作業療法士
参考論文
Higgs J et al Clinical reasoning in the health professions. In: Higgs J, Jones MA, eds. Clinical Reasoning in the Health Professions. 3nd ed. BoSton, Mass: Butterworth-Heinemann; 2000: 3–14.
Jones M : Clinical reasoning and pain. Man Ther. Nov;1(1):17-24.1995
Hislop HJ Clinical decision making: Educational, data, and risk factors. In: Wolf SL (Ed) Clinical Decision Making in Physical Therapy. F.A. Davis, Philadelphia, eh 2, p 25-690.1985
Carr J et al : Teaching towards clinical reasoning expertise in physiotherapy practice. In: Higgs J, Jones M (Eds) Clinical reasoning in the health professions. ButterworthHeinemann, London, eh 19, p 235-245,1995
Lawson AE, McElrath CB, Burton MS, James BO, Doyle RP, Woodward SL, Kellerman L, Snyder JO 1991 Hypotheticodeductive reasoning skill and concept acquisition: Testing a constructivist hypothesis. Journal of Research in Science Teaching 28: 953- 970
Jones M l 992 Clinical reasoning in manual therapy. Physical Therapy 72: 875- 884
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)