【2025年版】乳頭体の役割とリハビリテーション:パペッツ回路と記憶障害を徹底解説!
はじめに
本日は乳頭体について解説したいと思います。この動画は「リハビリテーションのための臨床脳科学シリーズ」となります。
内容は、STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
動画一覧は写真をクリック
乳頭体とは?
解剖学的側面
● 乳頭体の位置と構造
- **視床下部(下垂体の直後)**にある小さな球状構造で、第3脳室の底部(灰白隆起~視交叉の後方)付近に位置。
- 脳弓(fornix)の両端に相当する領域であり、海馬からの出力を受け、視床前核へと情報を伝える重要なハブ。
● 血液供給
- 主に後大脳動脈(Posterior Cerebral Artery: PCA)の穿通枝から供給を受ける。
- 特に**後交通動脈(Posterior Communicating Artery)や視床穿孔動脈(Thalamoperforating arteries)**が重要。
- 特に**後交通動脈(Posterior Communicating Artery)や視床穿孔動脈(Thalamoperforating arteries)**が重要。
神経ネットワーク(主な経路)
1. 乳頭視床路 (Mammillothalamic Tract; MTT)
- 乳頭体を視床前核に接続する経路。
- 感情表現の制御および記憶の固定に関わるパペッツ回路の核となる構成要素です。
- 海馬—脳弓—乳頭体—視床前核という情報の流れが途切れると、記憶形成や情動調整に問題が生じやすいと考えられています。
2. 乳頭被蓋路 (Mammillotegmental Tract)
- 乳頭体から中脳被蓋核(特に網様体)へ突き出る線維束。
- 網様体活性化系(RAS)の一部を調節し、覚醒や意識レベルの維持に寄与。
- 覚醒障害や意識の変動がある場合、乳頭被蓋路を含めた視床下部・中脳の連関を考慮することが重要です。
3. 視床前方放射 (Anterior Thalamic Radiations)
- 視床の前核から大脳皮質(特に帯状回)へ投射する線維束。
- パペッツ回路の一部であり、乳頭体からの情報を視床前核経由で皮質へ伝えるルートを完成させます。
- 乳頭体から直接伸びているわけではありませんが、乳頭体との機能的連携を支えるために欠かせないルートです。
4. 扁桃体および前頭前野への間接的な接続
- 乳頭体自体からの直接投射は少ないものの、視床や帯状回などの中間構造を介して、扁桃体や前頭前野と機能的に連絡。
- 記憶痕跡(特に情動記憶)と、実行機能・抑制制御を担う前頭前野を統合することで、情動行動の適切な制御や社会的行動を支えています。
パペッツ回路(Papez Circuit)の概説
パペッツ回路は、記憶と情動の相互作用を司る神経ネットワークとして、神経解剖学者James Papezによって提唱されました。乳頭体はこの回路の重要な中継点の一つであり、全体の流れを理解することで、乳頭体の病変がどのように臨床症状へとつながるかを把握できます。
パペッツ回路の主な構成
-
海馬(Hippocampus)
- エピソード記憶や空間記憶の形成に中心的役割を果たします。
-
脳弓(Fornix)
- 海馬からの主要な出力線維束。
- 乳頭体へ情報を伝える“橋渡し”として機能します。
-
乳頭体(Mammillary Bodies)
- 視床下部に位置し、脳弓から送られる海馬由来の情報を受け取る。
- そこから**乳頭視床路(MTT)**を介して視床前核へ投射。
-
視床前核(Anterior Nucleus of the Thalamus)
- 脳内の感覚・運動中継核としての視床の中でも、特に情動と記憶に関与する部分。
- 視床前方放射で帯状回に情報を送る。
-
帯状回(Cingulate Gyrus)
- 大脳皮質の辺縁部に位置し、情動や認知機能を統合する場。
- 帯状回から再び海馬へ戻る経路が形成されることで、情報のループが完成。
- このループ(パペッツ回路)を通じて、記憶の定着や情動制御が円滑に進みます。
パペッツ回路が損傷する場合の病態像
1. 記憶障害
- 前向性健忘:新しい記憶が形成できない
- 逆行性健忘:過去の記憶の想起が難しくなる
- 代表例:コルサコフ症候群(パペッツ回路の一部である乳頭体などの損傷)
2. 感情障害
- 感情の調節不全:気分が変動しやすく、理由なく落ち込む・イライラするなど
- うつ病・不安障害などを併発する可能性
3. 混乱と見当識障害
- 全身的な混乱感:時間や場所、人に対する見当識の低下
- 記憶と感情の処理が同時に障害されることで、混乱が深刻化しやすい
4. 空間ナビゲーションの困難
- 海馬障害が主因:空間記憶や道順の把握が難しくなる
- 慣れた環境でも迷いやすくなり、日常生活動作に支障をきたす場合がある
5. 社会的行動の変化
- 記憶と感情の統合障害により、対人関係やコミュニケーションに問題が生じる
- 社会的合図(相手の表情や言葉のニュアンス)を読み取りにくくなる
6. 認知障害
- 注意や計画、意思決定などの高次認知機能に影響
- 作業療法や神経心理学的リハビリが必要となることも多い
7. 睡眠障害
- パペッツ回路を含む大脳辺縁系が睡眠調節にも関与
- 眠りの質が低下し、不眠や過度の眠気などの症状が出現しやすい
乳頭体関連の病態像
1. コルサコフ症候群
- アルコール依存症+チアミン(ビタミンB1)欠乏が主な原因
- 乳頭体の損傷が特徴的で、前向性健忘(新しい記憶の形成困難)を引き起こす
- 作話(confabulation)や見当識障害もよくみられる
2. ウェルニッケ脳症
- チアミン欠乏が根本原因:主にアルコール中毒と関連
- 急性期の典型3徴:意識障害・眼球運動障害・運動失調
- 乳頭体の出血や壊死が病理所見として認められる場合があり、そのまま放置するとコルサコフ症候群へ移行しやすい
論文トピック
-
「Mammillary body injury in neonatal encephalopathy: a multicentre, retrospective study」 (2022)
- 新生児低酸素性虚血性脳症において、乳頭体が低酸素に脆弱であり、治療的低体温療法でも完全な保護が難しい可能性を示唆。
- 長期的な認知発達のフォローと早期介入の必要性を強調。
-
「The Mammillary Bodies: A Review of Causes of Injury in Infants and Children」 (2022)
- 核黄疸や脳室内出血など、多彩な病態が乳頭体に影響し得ると報告。
- 小児期の損傷は行動面・認知面の長期予後に影響を及ぼすため、早期診断と介入の重要性が示される。
画像読解のポイント
乳頭体は小さく、MRIでの詳細観察が望ましいです。以下のステップで評価を行います。
ステップ 1:矢状断面の確認
- 撮影断面の確認
- まずは、脳が「矢状断面(sagittal view)」かどうかをしっかり認識しましょう。
- 矢状断面が最も乳頭体をはっきりと捉えやすい断面です。
ステップ 2:視床下部を探す
- 第3脳室の基部
- 視床下部は第3脳室の底面付近に位置します。
- 乳頭体は視床下部の一部なので、視床下部を見つけることが最初の目標です。
ステップ 3:第3脳室の特定
- 第3脳室を見極める
- 脳の中央にある縦に細長い空間が第3脳室です。
- 乳頭体はこの第3脳室の後方下部に存在します。
ステップ 4:視交叉を探す
- 視交叉(optic chiasm)
- 第3脳室付近からやや前方に視線を移すと、視神経が交差する視交叉があります。
- 乳頭体は視交叉より後方に位置することを確認しましょう。
ステップ 5:中脳水道を基準にする
- シルビウス水道(cerebral aqueduct)
- 第3脳室と第4脳室をつなぐ細い管状のスペースです。
- 乳頭体はこの水道の前方、ちょうど視床下部の後端付近にあります。
ステップ 6:可視性を高めるコツ
- MRI(特に T1 強調像)の使用
- CT スキャンでは乳頭体が小さく、コントラストが十分でないため確認しづらい場合があります。
- T1 強調像のMRIだと、乳頭体周辺の解剖がよりはっきり見える傾向があります。
観察のポイント
-
記憶評価(エピソード記憶・前向性健忘)
- 新しい出来事をどの程度保持できるか。スタッフの名前や日々の予定を覚えられるかなど、前向性健忘の有無に注目。
- 同じ質問を繰り返していないかも要観察。
-
作話(Confabulation)の有無
- 特にコルサコフ症候群では、記憶の空白を埋めるための作話が特徴的。
- 「嘘をついている」わけではなく、脳が欠落した記憶を補おうとする現象であることを理解。
-
アルコール・栄養状態のチェック
- 慢性アルコール依存や極度の栄養不良の場合、ウェルニッケ脳症~コルサコフ症候群への進行リスクが高い。
- チアミン欠乏の可能性を見逃さないよう、身体所見や食事状況、生活歴を詳しく把握。
-
情動・行動の変化
- パペッツ回路障害は、感情制御や社会行動にも影響を与えうる。
- うつ状態、不安、突発的な怒りなどが見られないかを継続的にモニター。
臨床へのヒント
1. 解毒(デトックス)と離脱管理
- 医師の監督下で実施
軽度なものから重篤な離脱症状まで、リスク管理を行いながら進める。 - モニタリング
バイタルサインや精神状態を観察し、必要に応じて入院対応を検討。
2. 薬物療法
- 離脱症状の緩和
ベンゾジアゼピンなどを使用し、不安や振戦を和らげる。 - 補助的な薬剤
チアミン(ビタミンB1)や鎮静薬、抗不安薬なども、患者の状態に合わせて選択。
3. 行動療法とカウンセリング
- 認知行動療法 (CBT)
否定的な思考や行動パターンを分析し、修正を図る。 - 心理サポート
自己理解を深め、具体的な対策を立てられるよう支援する。
4. モチベーション向上療法
- 動機づけの強化
飲酒行動を変える意欲を引き出し、行動計画を策定する。 - 肯定的フィードバック
小さな成功体験を重ね、自己効力感を高める。
5. 家族療法
- 家族の巻き込み
アルコール使用の背景にある家族関係やコミュニケーションの問題に対処する。 - サポート体制の強化
家族の協力が得られると、再発予防や治療継続に有利。
6. サポートグループとピアサポート
- 自助グループ(AAなど)
同じ悩みを持つ人々との情報交換や励まし合いを通じ、社会的サポートを得る。 - 回復への構造化アプローチ
定期的な集まりにより孤立を防ぎ、継続的なモチベーションを保ちやすい。
7. 二重診断治療
- 精神疾患の併存
うつ病や不安障害などがある場合、並行して治療を行う。 - 多職種連携
精神科医、心理士、ソーシャルワーカーなどと協力し、包括的なケアを提供。
8. ライフスタイルの変化と総合的療法
- 運動習慣
定期的な運動は気分安定やストレス緩和に効果的。 - マインドフルネス・ヨガ・瞑想
自己コントロールやリラクセーション効果を期待できる。
9. 栄養カウンセリング
- バランスの取れた食事
アルコール依存症では栄養状態の乱れが起こりやすい。 - ビタミン・ミネラル補給
チアミン欠乏の予防や身体の代謝回復を促す。
1. Lived Experience in New Models of Care for Substance Use Disorder: A Systematic Review of Peer Recovery Support Services and Recovery Coaching (2019, David)
概要
- 対象: 薬物使用障害(SUD: Substance Use Disorder)の治療における、ピア回復支援サービス(PRSS)と回復コーチングに関する体系的レビュー。
- 内容:
- 6,544 人を対象とした 23 件の独立研究(24 レポート)を分析。
- ランダム化比較試験、準実験など複数の研究デザインを含む。
- 対象となるアウトカムは薬物の断酒率、治療への参加状況、社会的機能、精神的健康など多岐にわたる。
- 主な結論:
- ピア回復支援や回復コーチングが物質使用障害の治療で有効となり得ることを示唆。
- この領域は急速に発展しており、さらなる研究の必要性が強調される。
2. “Service Users’ Views and Experiences of Alcohol Relapse Prevention Treatment and Adherence: New Role for Pharmacists?” by Dhital et al. (2022)
概要
- 対象: アルコール再発予防治療を受けている個人の体験や視点に関する研究。
- 内容:
- サービス利用者へのインタビューやアンケートを通じ、アルコール再発予防治療への取り組みと服薬遵守(アドヒアランス)の実態を調査。
- 薬剤師が再発予防や治療サポートに関与する可能性について言及。
- 主な結論:
- 薬剤師がアルコール依存症患者の治療と再発予防により積極的に関わることで、治療継続率や服薬遵守の向上が期待される。
- 医療チーム内での薬剤師の新たな役割が示唆される。
新人が陥りやすいミス
-
事実のみを理解させようとする
- 患者さんに「正しい情報を教えれば記憶障害が改善する」と考えるケースが多い。
- 実際には記憶形成や検索の障害があり、単なる情報提供では不十分。
乳頭体の位置: 乳頭体は脳内のどこにありますか?
血液供給: 主に乳頭体に血液を供給する動脈はどれですか?またその主要な枝は何ですか?
乳頭視床路 (MTT): 乳頭視床路の重要性と乳頭体との関係を説明してください。
記憶と空間ナビゲーション: 乳頭体は記憶と空間ナビゲーションにどのように関与していますか?
コルサコフ症候群: コルサコフ症候群の原因と乳頭体との関係は何ですか?
新生児脳症研究 (2022): 新生児脳症における乳頭体損傷に関する重要な所見は何ですか?
小児脳損傷: 乳頭体の病理が小児集団にどのように現れるかを説明してください。
脳深部刺激 (DBS) と乳頭体 (2017): 乳頭体の遠心性を標的とする DBS は、特定の神経学的症状の治療においてどのような潜在的な役割を果たしますか?
アルコール依存症と臨床実践: アルコール依存症は乳頭体の損傷に関連しているため、アルコール依存症を管理および治療するための重要な戦略をいくつか挙げてください。
よくある落とし穴の回避: 作話する患者を治療する際によくある誤解は何ですか?それにどのように対処すべきですか?
乳頭体の位置: 乳頭体は、脳の基部の視床下部、下垂体のすぐ後ろ、第 3 脳室に隣接し、視交叉と灰色の隆起の後方に位置します。
血液供給: 乳頭体は、後大脳動脈 (PCA) から、特に後交通動脈や視床穿孔動脈などの穿通枝を通じて主な血液供給を受けています。
乳頭視床路(MTT):乳頭視床路は、乳頭体を前視床核に接続し、感情表現と記憶の固定に関与するパペス回路で重要な役割を果たしています。
記憶と空間ナビゲーション: 乳頭体は記憶処理と空間ナビゲーションに不可欠であり、大脳辺縁系の一部としてさまざまな脳領域に接続しています。
コルサコフ症候群: コルサコフ症候群は、慢性アルコール依存症やチアミン欠乏症に関連することが多く、乳頭体の損傷を伴い、重度の前向性健忘症につながります。
新生児脳症研究 (2022 年): この研究では、乳頭体が新生児の低酸素症に特に敏感であり、乳頭体の損傷をより適切に捉えるには標準のスキャン プロトコルを調整する必要がある可能性があることが示されました。
小児の脳損傷:乳児や小児の乳頭体の病理は、核黄疸や脳室内出血などのさまざまな状態によって異なる場合があり、微妙な診断と治療アプローチが必要です。
脳深部刺激 (DBS) と乳頭小体 (2017): 乳頭視床路などの乳頭体の遠心路を標的とする DBS は、特定のタイプの認知症やてんかんの治療に潜在性を持っており、記憶機能におけるこれらの路の独立した役割を示しています。
アルコール依存症と臨床実践:特に乳頭体の損傷を考慮した場合のアルコール依存症の管理には、解毒、投薬、行動療法、動機付け療法、家族療法、サポートグループ、二重診断による治療、ライフスタイルの変更、栄養カウンセリングが含まれます。
よくある落とし穴の回避: 作話する患者の治療におけるよくある誤解は、事実の情報を提供すれば十分であると想定していることです。 ただし、問題は脳がどのように情報を処理し、思い出すかにあるため、別のアプローチが必要です。
乳頭体を意識したリハビリテーション展開例
登場人物
- 療法士:金子先生
- 患者:丸山さん
ストーリー
1.初回セッション:評価と課題設定
シチュエーション
- 場所:リハビリ室
金子先生(セラピスト)
「丸山さん、はじめまして。今日からリハビリを担当する金子と申します。記憶のことで困っていると伺っていますが、普段の生活でどんなことに不自由を感じますか?」
丸山さん(患者)
「新しいことを覚えづらいんです。朝ごはんを何食べたか、昨日話したスタッフの名前とか、すぐ忘れてしまうんですよ。自分が嘘をついている感じにもなって…。どうすればいいのか分からなくて。」
金子先生
「そうだったんですね。ここに来るまでに、アルコールを長く飲んでいた経緯とチアミン不足からウェルニッケ脳症を起こされた可能性があると聞いています。乳頭体が損傷することで、パペッツ回路の働きが低下して記憶が難しくなることがあるんです。まずはどのくらいの範囲で記憶や見当識が失われているか評価しながら、今後のリハビリ目標を考えていきましょう。」
評価内容
- 神経心理学的評価
- 単語再生テストや図形模写とその遅延再生テストを実施
- 前向性健忘が顕著にみられ、作話の傾向も確認
- ADL(日常生活動作)の確認
- 着替えや食事動作は可能だが、手順を忘れて中断する場面あり
- 既往歴・栄養状態の把握
- アルコール依存症の既往。
- 栄養管理(特にビタミンB1)の欠乏や不均衡が続いていた可能性。
2.総合評価とリハビリ目標の設定
シチュエーション
- 場所:評価後、カンファレンスルーム
- 登場人物:金子先生、丸山さん、管理栄養士、看護師などのチーム
金子先生
「丸山さんの記憶障害は、乳頭体の損傷とパペッツ回路障害に伴う前向性健忘や作話が中心のようです。特に新しい情報を保持するのが難しいですね。」
管理栄養士
「栄養面では、ビタミンB1や他のミネラル不足が続いていた可能性があります。今後は、バランスの良い食事と必要があればサプリメントも導入しながら改善していきましょう。」
看護師
「服薬については、離脱症状が落ち着いてきましたが、引き続き補助的にベンゾジアゼピン系を使用し、不安症状をコントロールしています。アルコール依存症対策の薬物療法も検討中です。」
金子先生
「今後のリハビリでは、認知行動療法的な要素やモチベーション向上療法を取り入れて、新しい情報の定着を目指します。そして、サポートグループやピアサポートへの参加も検討してみましょう。」
リハビリ目標
- 重要な日常情報(スタッフ名、食事内容など)をメモや補助手段を使って一部でも思い出せるように
- 作話頻度をモニターし、不安や混乱を減らす
- 栄養管理を徹底し、身体的・精神的安定を図る
- 動機づけ面談(モチベーション向上療法)を活用し、飲酒再発予防にもつなげる
3.リハビリの計画と実施
シチュエーション
- 場所:リハビリ室、病室
- 登場人物:金子先生、丸山さん、管理栄養士
【ステップ1:補助手段を使った記憶練習】
- スタッフ紹介カード
- 顔写真、名前、担当業務をまとめたカードをファイリング。
- 「この人は○○さんで、よく朝の検温に来てくれる」と関連エピソードと一緒にインプット。
- 見当識ボードの作成
- 部屋に日付、天気、スケジュールが大きく書かれたボードを置き、こまめに確認。
【ステップ2:行動療法とカウンセリング】
- 認知行動療法(CBT)
- 丸山さんが不安や自己否定的になりがちな思考パターンを把握し、より現実的・前向きな思考に転換できるようサポート。
- モチベーション向上療法
- 「自分がどんな生活を送りたいか」を明確化し、断酒やリハビリ継続への動機を高める。
- 小さな成功体験(例:カードを見てスタッフを正しく呼べた、朝食内容を自力でメモできた)を頻繁にフィードバック。
【ステップ3:栄養指導の実践】
- 管理栄養士との協力
- 食事内容を一緒に確認し、ビタミンB1を含むサプリやバランスの良いメニューを考案。
- 丸山さんが食事を取ったかどうかを日誌に記録し、1日の栄養摂取状況を確認。
【ステップ4:サポートグループ・ピアサポートへの参加】
- 病院内または地域の自助グループを紹介
- 同じようにアルコール依存症から回復を目指す仲間と定期的に話し合う機会を設ける。
- ピアサポート
- 先に回復した経験者と近況や悩みを共有し、実践的なアドバイスを得る。
- 「同じ道を通ってきた人の話を聞くと安心感がある」と丸山さんのモチベーションアップに繋がる。
金子先生:「今日はたくさんやることがありましたね。身体の栄養面も大切ですが、精神面のサポートとして行動療法やカウンセリング、そしてサポートグループがとても有効です。気持ちが落ち込んだら一人で抱え込まず、ぜひ活用してみてください。」
丸山さん:「そうですね。栄養のことや薬のことまで考えるのは大変だけど、サポートがあるので心強いです。」
4.結果と進展
シチュエーション
- 場所:セラピールーム(数週間後)
- 登場人物:金子先生、丸山さん
金子先生:「丸山さん、最近の調子はいかがですか?」
丸山さん:「前より、朝起きたときにボードを見て日にちや予定を確認したり、食事内容をメモしたりするのが習慣になってきました。スタッフ紹介カードも少しずつ覚えています。まだ忘れることは多いですが、自分で確認しようと思えるようになりました。」
金子先生:「それは大きな進歩ですね。作話についてはどうでしょうか?」
丸山さん:「時々、何か聞かれると記憶があいまいで…でも‘思い出せないなら、一旦メモやボードを確認しよう’って思えるようになりました。前ほど適当に話してしまう頻度は減ったと思います。」
金子先生:「それはすごい。行動療法やモチベーション向上療法での取り組みの成果でしょうね。アルコールも飲まない生活を続けられていますか?」
丸山さん:「はい、今のところ断酒できています。飲みたくなったらサポートグループで話を聞いてもらったり、アドバイスをもらったりしています。」
進展のポイント
- 情報補助手段の定着
- 「思い出せない=メモを見る」という流れが自然にできるように。
- 作話頻度の低下
- 曖昧な記憶を無理に埋めようとする代わりに、支援ツールへアクセスできる意識が高まった。
- 行動療法・モチベーション向上療法の効果
- 目標を明確化し、小さな成功体験を重ねることで、自己効力感が向上。
- 服薬・栄養管理の安定
- ビタミンB1含むサプリメントや、栄養士の指導を受けることで、身体面・精神面が安定化。
- サポートグループ・ピアサポート
- 同じ悩みを持つ仲間と情報交換し、再発防止や気持ちの切り替えに役立っている。
金子先生:「今後も続けていく中で、さらに安定した日常を送れるようになると思います。無理せず続けていきましょう。」
丸山さん:「ありがとうございます。いろいろサポートしてもらって、すごく助かっています。これからもよろしくお願いします。」
まとめ
- 初回セッション~総合評価
- 前向性健忘・作話傾向を把握し、栄養状態や服薬状況も含め多職種で共有。
- リハビリ計画と実施
- **記憶補助手段(メモ、ボード、カード)**の活用。
- **行動療法・カウンセリング(CBT、モチベーション向上療法)**の導入。
- 服薬・栄養管理の徹底とモニタリング。
- サポートグループ・ピアサポートへの参加。
- 結果と進展
- 作話の頻度減少、見当識向上、断酒継続など、日常生活の安定が得られるようになった。
神経心理学的理解と多職種連携を踏まえた包括的なリハビリが、乳頭体損傷やパペッツ回路障害で生じる記憶障害の改善・補償に大いに役立ちます。さらに、アルコール依存症の場合は、服薬・栄養管理、行動療法・カウンセリング、そしてサポートグループ・ピアサポートを組み合わせた多角的アプローチが、長期的な健康維持と再発予防に効果的です。
今回のYouTube動画はこちら
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください。
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)