【2024年最新版】視覚を活用した立位姿勢制御の効果的リハビリアプローチ!脳科学的視点から徹底解説
論文を読む前に
金子先生(リハビリテーション医):
「丸山さん(療法士)、今日は視覚情報が姿勢制御にどのように影響するか、脳科学的な視点を含めて説明していきますね。特に、脳卒中患者のリハビリにおいて視覚情報の役割を理解することは、姿勢制御の改善に非常に役立ちます。視覚系が姿勢をどのように補正し、運動の適応を助けるかを見ていきましょう。」
1. 視覚情報と姿勢制御の基本メカニズム
まず、姿勢制御は視覚、前庭(内耳)、および体性感覚系(触覚や深部感覚)の3つの感覚システムによって支えられています。これらのシステムは、協調してバランスを維持し、環境に適応した体の位置を調整します。その中でも、視覚は重要な役割を果たします。
視覚情報は、大脳皮質、特に後頭葉にある一次視覚野(V1)に伝えられますが、それ以降は複数の経路に分かれます。重要なのは、視覚運動連関(visuomotor integration)の経路です。背側経路は「どこ」システムと呼ばれ、物体の位置や動きに関する情報を処理し、姿勢調整に大きく関わります。
2. 視覚フィードバックと姿勢調整
視覚フィードバックは、リアルタイムで体の動きを修正する際に重要です。視覚が提供する情報を基に、脳は次の動作を計画し、必要な場合は姿勢の補正を行います。
例えば、環境の変化(例えば床の傾斜や障害物の存在)を視覚的に認識すると、視覚系はこれを脳の運動制御システムに伝達し、適切な姿勢反応を誘導します。このプロセスは、特に脳幹や小脳が協力して行います。脳幹は、基本的な姿勢反応を迅速に処理し、小脳はこれらの反応を微調整し、精緻な動作に適応させます。
3. 神経回路と脳科学の視点
視覚情報は、主に背側経路を介して後頭葉から頭頂葉に送り、空間認識を行う神経回路を経て、姿勢調整に必要な反応を引き起こします。この過程で、視覚性運動神経ループ(visuomotor loop)が重要な役割を果たします。ここでは、視覚から得た情報が運動野に伝わり、運動計画と姿勢調整が統合されます。
4. 視覚の役割の低下と代償動作
脳卒中後、視覚のフィードバックが低下すると、患者は他の感覚システムを利用して姿勢を制御しようとします。しかし、視覚による姿勢制御が不十分になると、代償的な動作が現れやすくなります。
例えば、視覚のフィードバックが不足していると、患者は体性感覚系や前庭系に依存しがちです。特に、脳卒中患者では視覚依存が強まり、視覚の代償として体幹の過度な前傾や偏った足圧分布などが見られることがあります。また、視覚が弱い場合、患者は頻繁に転倒するリスクが高まります。
5.視覚の影響を受ける代償動作
脳卒中患者の場合、視覚情報が不足していると、しばしば以下のような代償動作が見られます。
- 体幹の過剰な使い方: 視覚が不十分だと、バランスを取るために体幹を過度に使う傾向が強まります。これにより、肩や股関節周囲の筋肉が過剰に使われることがあります。
- 視覚依存の増加: 視覚が部分的に機能している場合、他の感覚情報(前庭系や体性感覚系)を利用せず、視覚情報に強く依存することがあります。これにより、運動の柔軟性が低下します。
- 姿勢反応の遅延: 視覚情報が不十分だと、環境に対する姿勢反応が遅れ、つまずきや転倒のリスクが高まります。
6. 視覚系のトレーニングと姿勢制御への応用
視覚が姿勢制御に与える影響を最適化するためには、以下のアプローチが有効です。
- 視覚フィードバックトレーニング: 姿勢を確認するために鏡を使用したり、仮想現実(VR)を活用することで、視覚フィードバックを増強し、姿勢の調整能力を向上させます 。
- 視覚への依存を抑制したトレーニング:視覚に依存しないよう、目を閉じた状態や視覚を遮断した環境でバランスを取るトレーニングを行うことで、他の感覚システムの反応を促進します。
- 環境への適応力を強化するトレーニング: さまざまな環境(不均一な地面や複雑な背景など)でリハビリを行うことで、視覚と姿勢制御の協調を高めます。
7. 視覚と姿勢制御のリハビリ応用の未来
視覚情報を効果的にリハビリに応用するための研究は、急速に進展しています。特に、視覚-運動フィードバックを強化する技術、例えばVRやロボットアシストデバイスを使ったトレーニングは、姿勢制御の改善に有望です。これにより、神経回路の可塑性が促進され、脳卒中後のリカバリーが加速する可能性があります。
金子先生:
「以上が、視覚が姿勢制御に与える影響と、リハビリでの応用についての説明です。丸山さん、何か質問はありますか?」
丸山さん:
「視覚が姿勢制御にこれほど大きく影響するとは驚きました。具体的なリハビリの応用方法も非常に参考になりました。今後、患者さんにどのように応用していけるか考えてみます。」
金子先生:
「その通りです。視覚の役割を理解し、それを最適化することで、リハビリの効果は飛躍的に高まるでしょう。」
論文内容
タイトル
立位姿勢の制御における視覚フィードバックの特徴
Characteristics of visual feedback in postural control during standing.
?pubmed Fukuoka Y IEEE Trans Rehabil Eng. 1999 Dec;7(4):427-34.
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・視覚、体性感覚、平衡覚が協調的に働くことで身体重心の動揺を感知し、立位を制御する。視覚の立ち直りは1Hz以下の遅い動揺のみに働くとあり(中村隆一、2003)、3つの中では重要度が低いのではないかと感じた。実際にどのように研究されていたのか興味を持ち、本論文を読みたいと思った。
内 容
背景・目的
・先行研究にて平衡覚からのフィードバックが姿勢制御に及ぼす影響は調べられているが、視覚のみを検討したものはない。本論文では視覚のみに焦点を当て実験する。
方法
図1:実験方法 Fukuoka (1999)より引用
・5人の健常成人
・体性感覚と平衡覚を抑制するため、裸足立位で実験装置に頭部を固定し、さらに足関節角度が一定になるようにした(図1)。
・眼前で横線が上下移動した際の反応を記録した。
結果
図2:実験方法 Fukuoka (1999)より引用
・0.4Hz以上から重心動揺が消失している
私見・明日への臨床アイデア
・先行研究と同様に0.4Hz以上の速い視覚刺激は姿勢制御に影響しなかった。鏡を用いて、視覚からのフィードバックを代償的に促すことは多いが、どこまで視覚情報が運動学習に役立っているのだろうか?興味があるため調べていきたいと思う。
引用文献
中村隆一(2006).基礎運動学 医歯薬出版
明日への臨床アイデア
視覚を用いた姿勢・バランス訓練を神経回路と脳科学的視点から理解し、具体的な手順を示すことは、脳卒中後のリハビリテーションにおいて非常に重要です。以下では、視覚系と姿勢制御に関わる神経機構を理解し、具体的な訓練手順を専門的に説明します。
1. 神経回路と視覚の役割
視覚は、姿勢制御の重要な感覚入力の一つであり、視覚情報は中枢神経系によって統合され、運動制御に大きく寄与します。視覚情報が中脳(上丘)や小脳に送られ、これが体幹や四肢の運動に影響を与えます。また、視覚-運動連携は視覚野、頭頂葉、前頭前野、そして運動野の神経回路を介して調整され、これがリーチ動作や姿勢保持に影響します。
- 視覚-前庭反射(VOR):頭が動く際に視覚的な安定性を保つために、視覚系と前庭系の間で緊密に協調した神経反射があります。これは特にバランス訓練で重要です。
- 視覚と小脳の役割:視覚情報は小脳を介してフィードフォワード制御にも寄与し、運動の予測やタイミングの調整を可能にします。
2. 脳科学的視点からのアプローチ
脳卒中による損傷部位により視覚と運動の連携が変わるため、訓練は脳の可塑性を活用して、代償的な神経回路の発達を促進することが求められます。視覚系は脳卒中後の運動機能の再学習をサポートするため、以下の手順で進めます。
3. 訓練手順
3.1. 静的バランス訓練
- 目的:まずは安定した環境で視覚フィードバックを使用して姿勢制御を訓練します。
- 手順:
- 患者に安定した座位または立位で姿勢を保持させます。
- 視覚フィードバックとして、鏡を使用して自分の姿勢を確認させます。この際に、患者に視覚で認識した姿勢のズレを自分で修正するよう促します。
- 神経回路:この段階では、視覚野と運動野の連携により、姿勢制御に必要な筋活動が適切に行われるよう促します。
3.2. 動的バランス訓練
- 目的:視覚と運動の統合を強化し、動作中でも視覚情報を利用した姿勢制御を学習します。
- 手順:
- 動きながらバランスを保つ訓練を行います。例として、前方・後方に体を揺らす練習や、足踏みをしながら姿勢を維持する練習を行います。
- 環境の変化:訓練の進行に伴い、視覚条件(照明の強さ、背景の動きなど)を変化させ、患者が異なる状況で姿勢を維持できるようにします。
- 神経回路:この段階では、運動野や小脳が視覚情報を処理し、動的環境に対応するための運動調整を強化します。
3.3. 視覚依存の評価と調整
- 目的:患者の視覚依存度を評価し、視覚に過度に依存しないバランス戦略を学習させます。
- 手順:
- 目を閉じた状態と開けた状態でのバランス保持を比較する。目を閉じたときにバランスが崩れる場合は、視覚依存が強いと判断し、他の感覚(前庭系や体性感覚)の強化が必要です。
- 神経回路:視覚情報がなくなると、前庭系や体性感覚の神経回路が姿勢制御に重要な役割を果たします。この訓練で、これらの感覚を強化します。
3.4. ターゲット追従訓練(リーチ動作の強化)
- 目的:視覚を利用したリーチ動作の改善を目指します。
- 手順:
- 目標物を目で追うように促し、その動きに合わせて上肢を動かします。動作中に視覚で目標物を確認し、目標物に合わせて動作を調整します。
- 視覚と運動の統合:この訓練では、頭頂葉と運動野が連携して動作を計画し、目と手の協調を改善します。
- 神経回路:視覚情報が運動計画に組み込まれ、脳が動作をフィードフォワード的に調整します。
3.5. 環境内での視覚情報の強化
- 目的:視覚フィードバックを利用して環境と自分の身体位置を正確に把握する能力を向上させます。
- 手順:
- 環境にある複数の物体を視覚的に捉え、その中で体の位置を把握しながら、適切な姿勢を保つ訓練を行います。
- 神経回路:前頭前野と視覚野の連携により、周囲の環境情報を適切に処理し、姿勢調整に反映させます。
4. 神経回路と脳の可塑性の強化
- 目的:視覚情報の利用を繰り返すことで、脳の可塑性を促進し、新たな神経回路を形成します。
- 手順:
- 訓練の反復と進行により、視覚-運動連携を繰り返し強化します。これにより、脳内の神経回路が再編成され、より効率的な運動制御が可能になります。
- 脳科学的視点:脳の可塑性を利用して、視覚フィードバックを繰り返し提供することで、損傷した神経回路の代償となる新しい回路が発達します。
まとめ
視覚情報を活用した姿勢制御訓練は、神経回路や脳の可塑性を活用して、リハビリ効果を高めるために不可欠です。視覚フィードバックを効果的に活用し、動的・静的な環境での姿勢調整を訓練することで、脳卒中患者の姿勢制御やバランス能力を向上させることが期待されます。
新人療法士が視覚を用いた姿勢訓練を行う際のコツ
視覚を用いた姿勢リハビリテーション訓練では、視覚情報を適切に活用して姿勢制御を改善することが目的です。新人療法士がこのような訓練を効果的に行うためには、以下の専門的なポイントに注意する必要があります。
1. 視覚依存の評価
- 患者が視覚情報に過度に依存していないか評価することが重要です。視覚依存が強すぎると、視覚情報がない状況ではバランスを崩しやすくなります。バランステストを行う際には、目を開けた状態と閉じた状態でのバランスの変化を比較することが効果的です。
2. 感覚代償の確認
- 感覚障害のある患者は視覚を補助的に使用します。リハビリ中に、他の感覚(例:前庭系、体性感覚)の使用を促し、視覚に過度に依存しないバランス調整を図ることが必要です。
3. 視覚フィードバックの使用
- 鏡やビデオフィードバックを使用して、患者が自分の姿勢や動きを視覚的に確認できるようにすることは有効です。これにより、患者は自身の姿勢制御をリアルタイムで調整することができます。
4. 視覚-前庭相互作用の評価
- 視覚と前庭系の協調は、特に脳卒中患者の姿勢制御に重要です。前庭系が損なわれた場合、視覚を補強する訓練が必要ですが、両者のバランスが崩れないように慎重に進める必要があります。
5. 頭部位置と視覚の連動
- 頭部の位置が視覚情報処理に影響を与えます。特に、脳卒中後の患者は頭部の動きが制限されることがあるため、頭部と眼球の協調動作を改善するための訓練も併用します。
6. 動的環境での訓練
- 患者が安定した環境で視覚情報を使い、姿勢を制御できたら、次に動的環境での訓練を行います。これにより、患者は動きの中で視覚フィードバックを使用して姿勢を調整する能力を向上させます。
7. 目と身体の協調訓練
- 視覚と身体の協調性を高めるために、目でターゲットを追いかけながら体を動かす訓練(例:目で追うターゲットに合わせて体を回転させるなど)を行います。これにより、視覚的情報と体の動きの連動を改善できます。
8. 環境の調整
- 訓練の環境要素(例:照明や背景の変化)を調整し、患者が異なる視覚条件下でも姿勢を安定させる能力を向上させます。例えば、明るい場所と暗い場所での姿勢制御の違いを評価・改善することが重要です。
9. 多感覚統合の強化
- 視覚情報だけでなく、前庭感覚や体性感覚との統合を訓練することが重要です。これにより、視覚だけに頼らず、複数の感覚系を用いた姿勢制御を習得できます。
10. 持続的な観察と評価
- リハビリ訓練中は常に患者の反応を観察し、視覚情報をどの程度利用しているか、代償動作が発生していないか、姿勢が改善しているかなどを継続的に評価することが重要です。特に姿勢の揺れや倒れやすい側の確認を行います。
これらのポイントを踏まえて、視覚を用いた姿勢リハビリを効果的に進めることで、患者の姿勢制御能力を向上させ、日常生活動作の改善につなげることが期待できます。
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)