脳卒中患者の靴下の選び方:靴下と歩行・またぎ動作との関係性【2024年版脳卒中リハビリ論文サマリー】
論文を読む前に
新人療法士の丸山さんがリハビリテーション医師の金子先生に、脳卒中患者の歩行リハビリについての質問をしている。
靴下の素材や形が歩行に与える影響について
丸山さん:「金子先生、靴下の素材や形が歩行に影響を与えると聞いたことがありますが、それがどのように関係しているのか詳しく知りたいです。靴下が歩行に与える影響について、何かご存じですか?」
金子先生:「良い質問ですね。実は、靴下の素材や形状が歩行に大きく影響を与えることが、いくつかの研究で示されています。まず、靴下の素材に関しては、摩擦係数や通気性、弾力性が重要な要素です。これらの特性が、患者の足の感覚や皮膚との接触面、さらには歩行時の筋肉の活動にも影響を与えます。」
丸山さん:「具体的にはどのような影響があるのでしょうか?」
金子先生:「例えば、滑りやすい素材の靴下を履くと、足と靴の間で過剰な摩擦が起こり、バランスを崩す可能性が高まります。特に脳卒中患者では感覚フィードバックが不十分なことが多く、靴下が滑りやすい素材だと足部の安定性が損なわれ、転倒リスクが高まるんです。」
丸山さん:「それは危険ですね。素材はどういうものが良いのでしょうか?」
金子先生:「はい、通常、滑りにくい素材、例えばコットンやウール、またはシリコンを用いた靴下が推奨されます。これらの素材は適度な摩擦を提供し、足と靴の間の滑りを防ぎます。さらに、吸湿性の高い素材も重要です。歩行中に足が汗をかくと靴の中が滑りやすくなるため、吸湿性のある靴下は快適さと安全性の両方を向上させます。」
丸山さん:「形についてはどうでしょうか?靴下の形が歩行に影響することはありますか?」
金子先生:「もちろんです。特に足首部分のサポートが不足している靴下は、足首の安定性を低下させる可能性があります。足首のサポートが不十分だと、歩行中に足首が内外にぶれやすくなり、これも転倒リスクを高めます。逆に、足首をしっかりサポートするデザインの靴下は、足部全体の安定性を向上させることができます。」
丸山さん:「つまり、足首をサポートする靴下を選ぶことで、より安全な歩行が可能になるんですね。」
金子先生:「その通りです。また、靴下の形状によっては、足指の動きを制限してしまうこともあります。指先が圧迫されると、指の機能が制限され、歩行時のバランスが崩れることがあります。特に脳卒中患者の場合、足指の動きは非常に重要です。指先が自由に動ける設計の靴下、例えば五本指靴下などは、指の感覚と動きを最大限に活かすことができるとされています。」
丸山さん:「なるほど。靴下の素材と形状がどれだけ重要かがよく分かりました。それでは、脳卒中患者の歩行リハビリでは、どのような靴下が最も適していると考えれば良いでしょうか?」
金子先生:「脳卒中患者に適した靴下の選び方は、次のポイントに基づいて判断すると良いでしょう。
- 滑りにくい素材:コットンやウール、またはシリコンなど、足と靴の間の摩擦を適度に保つ素材を選ぶこと。
- 吸湿性:汗をしっかり吸収し、足の快適さを保つ靴下を選ぶことで、靴の中での滑りを防ぐ。
- 足首サポート:足首をしっかりサポートするデザインの靴下は、足首の安定性を向上させ、転倒リスクを低減する。
- 足指の自由度:指先が圧迫されない、五本指靴下のように足指が自由に動ける靴下が理想的。
- クッション性:足底にクッションがある靴下は、足への圧力を分散し、特に歩行時に足底への負担を軽減する。
- サイズの正確さ:サイズが適切であることも重要です。大きすぎる靴下は余分な動きが生じ、小さすぎる靴下は圧迫感を与えます。」
丸山さん:「これらのポイントを考慮して、個々の患者に最も適した靴下を選ぶことが大切なんですね。」
金子先生:「その通りです。最後にもう一つ付け加えると、靴下の選定は患者の感覚や運動能力にも大きな影響を与えるので、必ず歩行時の靴下の感触やフィードバックも聞きながら、適切なものを選ぶことが重要です。」
論文内容
タイトル
靴下の違いによる高齢者が障害物をまたぐ際の速さとストライド長について
Effects of socks which improved foot sensation on velocity and stride length of elderly subjects crossing obstacles?PubMed
Won-Gyu Yoo J Phys Ther Sci. 2015 Aug; 27(8): 2519–2520.
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
臨床においてもどんな靴下が良いかおすすめを聞かれることも少なくない。靴下の違いで動作に変化がでるという内容に興味を持ち読もうと思った。
内 容
背景・目的
・足底は固有受容器としてとても重要な器官である。本研究は靴下の違いがまたぎ動作時の速さとストライド長にどう影響を与えるか検討する。
方法
・歩行速度とストライド長を計測した。
・障害物を以下の3つの条件でまたいだ。
・①裸足、②一般的な靴下、③感覚向上靴下(靴下の内面に3mmのシリコンを1cm間隔で貼付した靴下)
結果
・歩行速度は①裸足、③感覚向上靴下の方が②一般的な靴下より有意に速かった。(①64.2 ± 5.6、②55.1 ± 11.3、③61.9 ± 9.2 、単位cm/s)。裸足と感覚向上靴下の間に有意差はなかった。
・同様にストライド長は①、③が②より有意に大きかった(①92.2 ± 6.0、②81.0 ± 8.6 cm、③88.9 ± 10.8、単位cm)。①、③の間に有意差はなかった。
論文に対する考察、臨床応用
本論文において靴下内面にシリコンが施された特殊なデザインが、歩行速度やストライド長に影響を与えることは非常に興味深い現象です。この効果について少し考えてみましょう。
1. シリコンの摩擦特性と歩行安定性の関係
靴下内面にシリコンが使用されていることで、足と靴下の間の摩擦が増加します。これは裸足に近い摩擦特性を再現し、足裏の感覚フィードバックが向上します。このフィードバックは、歩行中のバランス調整や体重移動の精度を高めることに繋がります。脳卒中患者では、足底感覚が鈍化している場合が多く、感覚入力の質が低下しています。シリコン付き靴下によって感覚入力が向上し、歩行時の安定性が改善することで、ストライドの調整が可能になります。
2. 歩行速度とストライド長のメカニズム
裸足での歩行では、足裏と地面の直接的な接触が足底感覚を豊富に提供し、それに基づいて姿勢制御や歩行パターンが最適化されます。シリコン付き靴下は、この裸足に近い感覚を模倣し、足底の情報を脳に伝える際のフィードバックを強化します。これにより、利用者が自然な歩行リズムを取り戻しやすくなり、結果として歩行速度やストライド長が改善されるのです。
3. 冬場の裸足歩行の代替としての有用性
冬季に裸足でいることは現実的ではありませんが、裸足に近い感覚を得られるシリコン付き靴下は、寒冷環境における歩行リハビリテーションや日常生活の安全性に寄与します。これにより、寒冷環境でも足裏感覚の質を落とすことなく、歩行パフォーマンスの維持が可能となります。
4. 転倒予防の観点からの意義
転倒リスクは高齢者や脳卒中患者において重大な問題です。転倒の一因として、足裏感覚の低下や歩行時のバランス不良が挙げられます。シリコン付き靴下は足底感覚を強化し、転倒の原因となる不安定な歩行パターンを改善する効果が期待されます。転倒のリスクは、感覚フィードバックの強化により歩行の安定性が増し、結果として減少する可能性があります。
5. 臨床応用の可能性
脳卒中後の患者は、しばしば足底感覚が低下し、足底と床の接触に対する感覚フィードバックが不十分になります。シリコン付き靴下は、こうした患者に対する簡便かつ非侵襲的な介入手段として有用です。具体的には、リハビリの初期段階から、歩行訓練やバランス訓練においてこの靴下を活用することで、感覚フィードバックを促進し、患者が早期に安定した歩行を取り戻す手助けができると考えられます。
6. 他の研究と照らし合わせた考察
関連する文献では、摩擦特性の変化が歩行パターンや筋活動に与える影響について報告されています。例えば、靴下の摩擦が高いほど、足部や下肢の安定性が増し、歩行時のストライドや姿勢調整が改善されることが示されています。これらの知見を基に、シリコン付き靴下の使用は、裸足に近い感覚を提供するだけでなく、歩行パフォーマンス全般にポジティブな影響を与えると結論付けられます。
靴や靴下を選ぶ際のポイント20
転倒予防を考慮した靴や靴下の選択は、高齢者や脳卒中患者など、歩行やバランスに問題がある人々にとって非常に重要です。以下に転倒予防のために靴や靴下を選ぶ際のポイントを説明します。
靴に関する豆知識
しっかりしたヒールカウンター
靴のかかと部分(ヒールカウンター)がしっかりしていることで、足首の安定性が増し、転倒リスクが軽減されます。足首をしっかりサポートすることで、外側へのぐらつきを防ぎます。
幅広い靴底
靴底が広い靴は、接地面積が広がり、バランスを取りやすくなります。特に脳卒中患者やバランスが不安定な方には重要です。
かかとの高さ
かかとが高すぎると重心が前に傾き、転倒のリスクが高まります。2-3cm程度のヒールが理想的で、フラットシューズや過度に高いヒールは避けるべきです。
屈曲性のある靴底
歩行時に足が自然に曲がるよう、靴底の屈曲性が重要です。硬すぎる靴底は、足の自然な動きを妨げ、歩行バランスを崩す原因になります。
グリップ力の高い靴底
滑りにくい素材やパターンが施された靴底は、特に滑りやすい床面での転倒予防に効果的です。ラバー製や溝の深い靴底が良い選択です。
適切なフィット感
靴が足にしっかりフィットしていないと、足が靴の中で動き、転倒のリスクが高まります。つま先部分に適度な余裕を持たせつつ、かかとはしっかり固定される靴を選びましょう。
靴の重さ
重すぎる靴は歩行を難しくし、足を持ち上げる動作を妨げます。軽量でありながら安定感のある靴を選ぶことが大切です。
ベルクロやジッパーでの固定
靴ひもを結ぶのが難しい方や、手先が不器用な方には、ベルクロやジッパーで簡単に脱ぎ履きできる靴が便利です。これにより転倒リスクも減少します。
アーチサポートのある靴
足底のアーチをしっかりサポートする靴は、足全体の安定性を高めます。特に扁平足の方には重要な要素です。
耐水性のある靴
雨の日や湿った環境でも安心して歩けるよう、耐水性のある靴を選ぶことが重要です。滑りやすい地面での転倒を防ぎます。
靴のインソールの調整
個々の足の形状に合わせて、カスタマイズされたインソールを使用することで、歩行中の安定感が向上します。特に、足底筋膜炎や足のアーチが低い人に効果的です。
横幅に余裕のある靴
特に高齢者や脳卒中後の患者では、足がむくむことがあり、横幅が狭い靴は不快感を引き起こし、転倒リスクが増えます。余裕のある横幅が重要です。
後ろがオープンな靴は避ける
スリッパやサンダルのように、かかとが固定されていない靴は、足が滑りやすく転倒のリスクが高くなります。かかと部分がしっかりしている靴を選びましょう。
靴下に関する豆知識
滑り止め付きの靴下
靴下の裏に滑り止めがついているデザインは、室内での滑りやすい床面で歩く際に非常に効果的です。高齢者や足の感覚が鈍い方には特に有効です。
シリコン付きの靴下
内側にシリコンが施された靴下は、裸足に近い感覚を再現し、足と靴下の間の摩擦を高めることで、歩行時の安定性を向上させます。
圧迫力のあるコンプレッションソックス
ふくらはぎをサポートするコンプレッションソックスは、血行促進と筋肉サポート効果があり、足の疲労感を軽減します。これにより歩行の安定性が向上します。
適度なフィット感の靴下
靴下が足にしっかりフィットしていないと、歩行中にずれてしまい、不安定な感覚が生じます。特にかかと部分がずれない靴下を選びましょう。
綿素材の靴下の選択
綿素材の靴下は吸湿性に優れ、足をドライに保つことで、滑りやすい足底を防ぎます。また、快適な着用感が得られます。
厚手の靴下でクッション性を向上
厚手の靴下は、足底にクッション性を提供し、特に硬い床面での歩行や靴との摩擦を軽減します。足裏の負担を減らすことで、歩行が安定します。
つま先のシームレスデザイン
シームレスな靴下は、つま先部分に縫い目がないため、皮膚への摩擦を最小限に抑え、足の快適さと安定性を向上させます。特に感覚が敏感な方におすすめです。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)