vol.404:四肢切断後に脳に変化は起こるのか!?大脳皮質同側一次運動感覚野の機能的可塑性
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カテゴリー
脳科学、スポーツ、ニューロリハビリテーション
タイトル
下腿義足アスリートにおける大脳皮質同側一次運動感覚野の機能的可塑性
Functional plasticity of the ipsilateral primary sensorimotor cortex in an elite long jumper with below-knee amputationNobuakiMizuguchi, et al. (2019)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・近年、パラリンピック・アスリートの脳研究が加速している。彼らは障害を抱えながらも、残存機能を最大限に高めることで、驚くべきパフォーマンスを発揮する。その背景には、身体機能の適応だけでなく、驚くべき脳構造・機能の再編成が生じていることが明らかとなりつつある。
・すなわち、彼らはまさしく「ニューロリハビリテーションの最良モデルである」と考えることができる。
・本論文は、走り幅跳びにおいて、義足をつけているにも関わらず8m40cmの記録を出し、当時のオリンピック記録を超えたマルクス・レーム選手を対象としている。「義足の性能が良いから」と世間的には論評されたが、本研究ではレーム選手の脳が大きく変化していることを明らかにした。人間の脳が持つ可能性に迫ることができる論文と考え、紹介したい。
内 容
概要
・ヒト脳は、四肢切断後の適応過程において、断端部位の支配領域の拡張や、皮質脊髄路興奮性の増大など、「代償性可塑的変化」が生じることが明らかとなっている。
・一方、長期的な運動や学習により脳機能地図の変化や、小脳内部モデルの構築など、「使用依存性可塑的変化」も生じることが明らかとなっている。
・従って、例えば下腿義足で陸上競技に取り組む選手は、これらの相互作用により大きな脳再編成が生じていると考えられるが、そのような選手を対象にした研究はない。そこで下腿義足アスリートを対象としてfMRI撮像を行い、下肢部位の脳機能地図を作成した。
・結果は、下腿義足アスリートは断端部(膝関節)を収縮する際に、反対側だけでなく、同側一次運動感覚野を含めた広範な賦活を示した。一方、健側を収縮させた際はそのような賦活は見られなかった。
・義足側の膝関節は、受傷前は膝関節の屈伸運動のみであるが、受傷後は義足を操作したり、床反力を生み出したり、巧みな制御をすることが求められる。この過程で反対側半球からの制御のみならず、同側皮質脊髄路など従来では用いられなかった経路を動員して断端部を制御していると考えられる。
方法
・対象:走り幅跳びパラリンピック金メダルを獲得した、右下腿切断者1名(Amputee Long
Jumper, ALJ)と、健常走り幅跳び選手 12名、Healthy long jumpers (HLJ)、スポーツを行っていない下腿切断者4名non-athletes with a below-knee amputation(ANA)3群を対象とした(Table 1)。
・fMRIの中で下肢の単関節収縮課題を行った。具体的には、左右それぞれの足関節/膝関節/股関節を20%MVC強度で1Hzの点滅に合わせて、間欠的に収縮させる課題である。下腿切断者の断端側の足関節課題は、収縮させるイメージを行わせた。
・解析:左右別に、各関節の収縮中の脳賦活領域を算出した。また、反対側一次運動野、同側一次運動野に対象を絞るRegion of interest解析を行い、それぞれの運動野の活動強度を算出した。
結果
・3群の各関節収縮中の脳賦活領域を示す。義足アスリートのみ、義足側膝関節を収縮する際に強い両側性の脳活動が認められた。
・同側一次運動野を対象としたROI解析では、義足アスリートの断端側膝関節収縮時のみ、有意に強い賦活を認めた。
考察
・同側一次運動野が賦活した意味は?
先行研究においても、脊髄損傷モデルマカクサルにおいて、麻痺側の運動回復と同時に同側一次運動野の賦活が認められている(Nishimura et al., 2007; Zimerman et al., 2014)。
また、健常者においても時空間的に協調が必要な高度な運動課題で、同側一次運動野が用いられていることが報告されている。
つまり同側一次運動野は、障害からの適応過程で、義足を操作するために膝関節のdemandが受傷前より高まることがきっかけとなり、動員されると考えられる。
今回は、断端部位のこの傾向が見られたことから、義足を巧みに動かすトレーニングを長期的に行うことで、適応が最大化されたと考えられる。
・本研究の限界
本研究では特異的な同側一次運動野の賦活が明らかとなったが、どの経路を用いたのか、どのようなメカニズムで脳の機能的再編成が生じたのかは明らかとなっていない。今後の詳細解明が待たれる。
私見・明日への臨床アイデア
・「脊髄損傷や切断者は、脳はintact(損傷はないのでそのまま)である」と教育されてきた。
・しかし、近年、脳損傷がなくとも、本研究のように、脊髄損傷や切断者の脳に構造的・機能的再編成が生じることが明らかとなっている。
・本論文は、トップアスリートを対象としているため、極端な例である。しかし「脳は四肢切断後にここまで変わりうる」というヒト脳の本質的性質を示していると考えられる。
・理学療法士や作業療法士の介入は、身体機能でなくこのような脳状態を効率的に誘導するような専門性を秘めている可能性があり、科学的方法論が構築できれば、まさに私たちにしかできない、アイデンティティとなりうるのではないだろうか。
氏名 中西 智也
職種 理学療法士
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)