横隔膜と姿勢制御・APAsの関係性とは?機能解剖、効果的なリハビリの方法まで【2024年版論文サマリー】
論文を読む前に
横隔膜と姿勢制御・先行随伴性姿勢制御の関係について
金子先生(リハビリテーション医師):「丸山さん、今日は横隔膜と姿勢制御、特に先行随伴性姿勢制御(APA: anticipatory postural adjustments)について話していきます。この話は、姿勢制御における横隔膜の重要性と、それがどのようにリハビリテーションに応用されるかを理解するのに役立つ内容です。」
姿勢制御における横隔膜の役割
金子先生: 「まず、横隔膜が呼吸筋としての役割だけではなく、姿勢制御にも重要な役割を果たしているということは理解しておくべきです。呼吸は、リズミカルで無意識的な活動ですが、実際には横隔膜は体幹筋と協力して、姿勢の安定化にも寄与しています。特に、重心の移動や姿勢変化において、横隔膜は他の体幹筋と連動して働きます。」
丸山さん: 「横隔膜が呼吸だけでなく、姿勢にも関わるんですね。具体的にどのように関与するのでしょうか?」
金子先生: 「横隔膜は体幹の筋膜ネットワークに組み込まれ、腹腔内圧を調整することで体幹の安定性を確保します。これによって、特に動的な姿勢制御において、横隔膜の収縮が姿勢の安定化を助けるのです。横隔膜が収縮することで、腹圧が増加し、脊柱や体幹の安定化が図られる。これが姿勢制御における基本的な役割ですね。」
先行随伴性姿勢制御(APA)と横隔膜
金子先生:「次に、先行随伴性姿勢制御、つまりAPAにおける横隔膜の役割を説明します。APAは、ある動作を開始する前に姿勢が自動的に調整される仕組みのことを指します。たとえば、手を前に伸ばす際、腕の動きに先行して体幹筋が収縮し、姿勢が安定化されます。」
丸山さん: 「そのとき、横隔膜も関与しているのでしょうか?」
金子先生: 「その通りです。研究によると、手や足を動かす前に、横隔膜が体幹の安定化を助けるために活発に働きます。横隔膜は他の腹筋群とともに、姿勢の調整に必要な圧力を生み出す。これにより、特定の動作中に重心が安定し、姿勢が崩れるのを防ぐのです。」
リハビリテーションにおける臨床応用
金子先生:「ここで重要なのは、この仕組みを理解することで、リハビリテーションにどう応用するかです。特に、脳卒中や脊髄損傷の患者さんは、姿勢制御が困難になることが多いです。呼吸と姿勢制御が密接に関連しているため、呼吸訓練と姿勢制御訓練を組み合わせることが非常に有効です。」
丸山さん: 「具体的には、どのような訓練を行えばよいのでしょうか?」
金子先生: 「一つのアプローチとして、呼吸と連動した体幹安定化トレーニングがあります。呼吸時に横隔膜の働きを意識させ、腹圧を高めることで、動作に先行する姿勢制御を改善できます。例えば、重心移動や立ち上がりの動作に合わせて、呼吸を調整させることで、より効率的な姿勢調整が可能になります。」
最新の研究結果を踏まえて
金子先生: 「最近の論文では、横隔膜が腹腔内圧の調整を行うだけでなく、呼吸と姿勢制御の協調を通じて、脊柱の安定性を向上させることが明らかになっています。これは、患者さんが呼吸を整えながら動作を行うことで、姿勢が安定しやすくなるということを示しています。」
丸山さん: 「なるほど、呼吸と動作が密接に連携しているんですね。これは、特に体幹が不安定な患者さんに対して大きな影響を与えそうです。」
結論
金子先生: 「まとめると、横隔膜は単なる呼吸筋ではなく、姿勢制御においても重要な役割を果たしています。そして、先行随伴性姿勢制御において、横隔膜は他の体幹筋と協力して動作前の体幹の安定化に寄与しています。この知識を基に、呼吸と姿勢制御を統合したリハビリテーションアプローチを考慮することが重要です。」
丸山さん: 「ありがとうございました、金子先生。これからのリハビリに生かしていきます!」
横隔膜の機能解剖
図引用元:Thanks to Visible body
横隔膜の起始・停止
起始(起点): 横隔膜は、以下の3つの主な部分から起始します。
- 胸骨部: 剣状突起の内側面から起始します。
- 肋骨部: 第7~12肋骨の内面から起始し、肋骨弓を形成します。
- 腰椎部: 第1~3腰椎およびその前面の椎体から起始する左右の筋柱(右脚はL1〜L3、左脚はL1〜L2に付着)があります。
停止(終点):
- 横隔膜の中心部分は腱中心(Central Tendon)という腱膜に停止します。腱中心は動きの少ない部分で、心臓を支持し、横隔膜の動きに応じて伸展・収縮します。
機能解剖
形状と構造:
- 横隔膜は、ドーム状の薄い筋膜性の構造を持っており、胸腔と腹腔を分ける仕切りです。中央部が腱中心で、周囲に筋肉繊維が放射状に広がる形をしています。
主要な孔(開口部): 横隔膜には、重要な血管や神経、消化管が通るための3つの主な開口部があります。
- 大動脈裂孔(T12レベル): 大動脈、胸管(リンパ管)、奇静脈が通過します。
- 食道裂孔(T10レベル): 食道と迷走神経が通過します。食道裂孔の構造は胃食道逆流症の病態にも関連します。
- 大静脈孔(T8レベル): 下大静脈が通過し、腱中心の部位に位置します。
支配神経: 横隔膜の主な神経支配は、横隔神経(C3~C5レベル)からの支配を受けています。これにより、呼吸運動を制御する機能が保証されています。「C3、4、5で生きる」という言葉が医学生に覚えられるほど、横隔神経の損傷が呼吸に重大な影響を及ぼすことを示唆しています。
横隔膜の生理的機能
呼吸における役割:
- 横隔膜は、主要な吸気筋として、呼吸運動の中枢的な役割を果たします。吸気時に横隔膜が収縮することで、ドーム状の構造が平坦化し、胸腔内の容積が増加します。この結果、胸腔内圧が低下し、肺に外気が流入する形で吸気が行われます。
- 呼気時には、横隔膜が弛緩し、胸腔内圧が高まるため、肺内の空気が外に押し出されます。
姿勢制御における役割:
- 先ほど述べたように、横隔膜は呼吸だけでなく、体幹の安定にも重要な役割を果たします。横隔膜の収縮によって、腹腔内圧が高まり、体幹筋群と連動して姿勢を安定化させます。特に、動的な動作や重心移動時に体幹を安定させるために重要です。
循環機能への寄与:
- 横隔膜は、胸腔と腹腔を仕切っているため、収縮と弛緩によって胸腔内圧を変化させ、静脈還流にも寄与します。横隔膜が収縮することで、下大静脈が圧迫され、心臓への血液の戻りを助けます。この作用により、循環機能が改善され、特に長時間の座位や臥床を強いられる患者に対して、血流の改善が期待されます。
リンパ系の機能:
- 横隔膜はリンパの循環にも貢献しています。胸管を通るリンパ液の流れを助け、全身のリンパ液循環を促進します。
臨床的意義
横隔膜機能の障害とその影響:
- 横隔膜の機能障害は、呼吸不全、姿勢不安定、さらには静脈還流の減少による浮腫やリンパの停滞など、多岐にわたる症状を引き起こすことがあります。
- 脳卒中や脊髄損傷など、神経系の障害によって横隔膜の運動が制限されると、呼吸が浅くなるだけでなく、体幹の安定性が低下し、日常生活動作が大幅に制限されることがあります。
論文内容
タイトル
急な姿勢調整における横隔膜の収縮
Contraction of the human diaphragm during rapid postural adjustments.PubMed P. W. Hodges , J. E. Butler, D. K. McKenzie and S. C. Gandevia Journal of Physiology (1997)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・APAsと横隔膜の関係を知りたかったため。
内 容
背景・目的
・横隔膜は主要な吸気筋であることに加え、姿勢の安定性にも寄与している。
・本研究では、上肢の急速な動きに対する準備的姿勢調整の一因子として、横隔膜の収縮が生じたかどうかを調べた。
・さらに、上肢の運動を開始する前に腹腔内圧が上昇したかどうか、およびこれに横隔膜の収縮が寄与しているかどうかを調べた。
方法
・男性4名、女性1名が参加(25~44歳)
・立位にて、視覚刺激に応じて上肢を急激に屈曲し、その際の横隔膜EMGおよび三角筋EMG、各圧力(経横隔膜圧;Pdi、腹腔内圧;Pga、食道内圧;Poes)を測定した。
結果
・横隔膜EMGは、三角筋EMGが観察される前に増加した。またそれは、呼吸の位相には影響されなかった。
・腹腔内圧は上肢運動に先行して増加した。また腹腔内圧の増加に先行して、横隔膜EMGが増加した。
考察
・この研究の結果は、上肢の運動開始前に、横隔膜が収縮し、それが腹腔内圧の上昇に寄与することを示している。
・横隔膜は、体幹を直接動かすことはできないが、その収縮が腹腔内増加を介して体幹の安定性に寄与すると考えられる。
・収縮は呼吸位相とは関係しなかった。これは、横隔膜が呼吸筋としての役割に加えて、姿勢制御に寄与していることを示している。また、横隔膜の姿勢機能が呼吸活動を妨害する可能性も示唆している。
明日への臨床アイデア
上記論文の結果を元に、具体的な臨床アイデアを下記に提示する。
1.腹腔内圧を意識したリハビリテーションの導入
- 具体的なアプローチ:
上肢運動を行う前に、腹腔内圧の意識的な制御を取り入れるトレーニングを行います。例えば、運動開始前に横隔膜を収縮させ、呼吸を調整しながら腹圧を高め、その状態で上肢を動かすことにより、安定した体幹のサポートを得ることができます。これは特に姿勢制御が弱い患者に有効です。 - 臨床的な応用:
患者が意図的に横隔膜を活用し、呼吸と動作を統合することで、姿勢の崩れを防ぎながら上肢動作を行うことができるように指導します。具体的には、上肢のリーチ動作や持ち上げ動作の前に横隔膜を収縮させ、腹圧を高めた状態で動作を始めさせることで、動作中の体幹の安定を促します。
2.横隔膜機能と姿勢制御を組み合わせたデュアルタスクトレーニング
- 具体的なアプローチ:
横隔膜の姿勢制御機能を強化するため、上肢の動作訓練にデュアルタスクを取り入れます。たとえば、呼吸を意識した横隔膜の収縮と上肢のリーチ動作を同時に行わせることで、姿勢制御と動作の連携を訓練します。 - 臨床的な応用:
上肢運動中に腹腔内圧を高めながら、姿勢の崩れを最小限に抑えることを目的とします。患者が自動的に横隔膜の動きを姿勢制御に活かせるよう、リーチ動作や物を持ち上げるタスクに呼吸コントロールを加えます。これは、動作が多面的で複雑になる状況に対しても安定した姿勢制御を可能にします。
脳卒中患者では、麻痺側・非麻痺側ともに横隔膜の機能不全を生じている方は多いと感じる。ゆったり深い呼吸を出来ない方は多く、介入にて「息をするのを思い出した」ということも少なくない。上記にアプローチ例を示したが、個々の患者で横隔膜を働きやすくする事前の環境作りは必要と思われる。
新人療法士が横隔膜の機能訓練を行う際のポイント
新人療法士が脳卒中患者に対して横隔膜の機能訓練を行う際の重要なポイントを以下に示します。これらのポイントは、横隔膜を効果的に訓練し、姿勢制御や運動の改善を目指すために重要です。
1. 患者の呼吸パターンを評価する
- 初めに、患者の呼吸パターンを観察し、横隔膜が適切に機能しているか確認します。浅い胸式呼吸や不規則な呼吸が見られた場合、腹式呼吸を促す必要があります。
2. 腹式呼吸の導入
- 横隔膜の主な役割である呼吸機能を改善するために、腹式呼吸を指導します。患者にゆっくりと深呼吸を促し、息を吸う際にお腹が膨らむことを確認させます。
3. 横隔膜収縮のフィードバック
- バイオフィードバックや手でお腹を触れて、患者が横隔膜の収縮を感じることができるようにします。視覚的・触覚的なフィードバックは、正しい動きを習得するのに効果的です。
4. 呼吸と姿勢制御の連携
- 呼吸を意識しながら、座位や立位で姿勢を保つ練習を行います。横隔膜の収縮が姿勢制御に影響を与えるため、動作前や動作中に呼吸を統合させることが重要です。
5. 呼吸筋ストレッチの実施
- 横隔膜の柔軟性を向上させるために、呼吸筋ストレッチを取り入れます。息を吸った後に、数秒間息を止め、横隔膜のストレッチを促します。
6. 呼吸リズムと運動の統合
- 上肢や下肢の運動中に、呼吸のリズムを合わせる練習をします。運動開始時に息を吸い、動作中にゆっくりと息を吐くことで、安定した体幹のサポートが得られます。
7. 仰臥位でのリラクゼーション
- ポイント: 仰臥位でリラックスした状態で腹式呼吸を行うことで、横隔膜の動きを感じやすくなります。特に初期段階の患者には、リラックスした姿勢での練習が効果的です。
8. 負荷をかけた呼吸訓練
- 患者が横隔膜の動きを意識できるようになったら、徐々に運動負荷をかけた呼吸訓練を行います。例えば、重りをお腹に乗せて腹圧を高める練習を行います。
9. 横隔膜と体幹筋の協調性強化
- 横隔膜と体幹筋が協調して働くように、体幹トレーニングを取り入れます。例えば、プランクやスクワットといった体幹を安定させる運動を呼吸と組み合わせて実施します。
10. デュアルタスク訓練
- 横隔膜の姿勢制御機能を強化するため、呼吸と同時に他の運動を行うデュアルタスク訓練を実施します。例えば、呼吸を整えながら、上肢や下肢を動かす練習を行い、姿勢と動作の連携を高めます。
これらのポイントは、脳卒中患者の横隔膜機能を改善し、姿勢制御や運動パフォーマンスを向上させるために有効です。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)