【2024年版】呼吸と姿勢の深い関係性を徹底解説:発声障害改善と効率的アプローチの実践ガイド
論文を読む前に
論文内容
カテゴリー
療法士専門系
タイトル
呼吸に及ぼす身体位置の影響と発声/音声障害の評価/治療への意義
Influence of Body Position on Breathing and Its Implications for the Evaluation and Treatment of Speech and Voice Disorders.PubMed Jeannette D. Hoit Journal of Voice Vol. 9, No. 4, pp. 341-347
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・各姿勢における呼吸への影響、特に腹部に関わることが多く述べられていたので興味を持った。
内 容
背景・目的
・この論文の目的は、臨床現場の指針となる基本原則を提供し、身体位置が呼吸に及ぼす影響を説明することである。
➕ リラックス
・図1は立位と仰臥位での制止状態での呼吸器官である。
・立位や座位で想定されるの姿勢(a)では、重力は胸郭を息を吐き出す方向に作用する。対照的に、腹部内容物を尾側に引き、腹部を膨らませ、横隔膜を平らにする(これは息を吸う方向への作用)。
仰臥位の姿勢(b)では、胸郭および腹部を息を吐く方向へ作用し、腹部内容物および横隔膜を頭側方向へ動かす。つまり呼吸器官全体で息を吐き出す。
➕ 安静時呼吸
・図2は立位と仰臥位での安静時呼吸に関わる筋のメカニズムである。
・図2aでは、主に横隔膜の働きにより、吸気が行われる。胸郭筋は活動するが原動力ではなく、胸郭が内側に引っ張られないようにしている。
・図2bでは、呼吸器官の弾性復元力により、呼気が行われる。
・腹部に関しては見落とされがちだが、立位の安静呼吸時は、呼吸サイクル全体を通して腹部はアクティブであり、腹部を背側へと変位させる(図2a,bの横向きの矢印)。それは、腹部が背側へ変位すると、横隔膜を頭側へ変位し、筋の長さを横隔膜にとって有利な状態に調整する。
・一方、仰臥位では腹部は活動しない。そのかわりに、重力が腹部を背側へ変位させ、横隔膜を頭側へ変位させる。この状態での腹部は受動的であるため、非常に柔軟性があり、横隔膜の収縮により顕著に動かされる。
➕ 発話時呼吸機能
・図3は発話時呼吸に関わる筋のメカニズムである。
・発話時の吸気は主に横隔膜で達成される(図3a、安静時呼吸と同様に腹部はアクティブな状態であり、横隔膜の運動を調整している)。呼気は胸郭と腹部圧の組み合わせによって達成され、特に腹部が優位に働く(図3b)。
・立位での腹部は呼吸サイクルを通してアクティブであり、安静時呼吸時よりも活動する。腹部は背側方向へ維持され、ほとんど動かない。
・肺活量の変位は主に胸郭の運動に反映される。これは胸郭が腹部よりも肺を覆っている割合が広いことを考えると効率的な戦略であると考えられる。
・腹部がアクティブな場合、胸郭の運動を安定させる基盤となる。腹部がアクティブでない場合、胸郭の運動努力が無駄になる。
・臥位での吸気は横隔膜で駆動され、呼気は胸郭によって駆動される。したがって、腹部の動きは横隔膜と胸郭の作用である(図c、d)。
臨床的意味
・前述の内容から明らかなように、呼吸器官の動きは、体位や遂行活動(安静時呼吸または会話時呼吸)に依存する。したがって、評価および治療時にはその差異に気をつけなければいけない。
・例えば、仰臥位から立位への姿勢変化の中で、日々の発話活動に必要な自然な呼吸パターンを獲得していくことを目的として「仰臥位での安静時呼吸→仰臥位での発話時呼吸→立位での発話時呼吸」のようなステップで行うアプローチでは、どのような問題があるか?
まず、換気を目的としている場合と、メッセージを伝達する目的が追加されている場合とでは、呼吸活動を制御する神経メカニズムに差異がある。また、この論文で説明したように、仰臥位から立位への変化は、呼吸器官の機械的特性を顕著に変える。すなわち、呼吸制御における感覚を変え、それぞれの行動目標を達成するために使用する筋も変化しなければならない。
・つまり、臥位での呼吸パターンが立位に首尾よく持ち越されることはありそうにない。
私見・明日への臨床アイデア
・脳卒中患者に対する訓練では、姿勢コントロールや耐久性への配慮から、臥位を治療姿勢として選択することは少なくない。その場合、ポジションニングやハンドリング、呼吸発声活動を通して腹腔内圧が高まると、声量増大や嗄声軽減などに繋げることが出来る。
今回の論文では、臥位で得られた変化を座位や立位へと繋げていくことは難しいとの内容が述べられていたが、詳細な評価とハンドリング技術があれば、上手く繋げていくことも可能であると思われるので、もっと技術を身につけていかなければいけないと改めて感じた。
姿勢を意識した呼吸機能の促通、発声の促通の臨床応用
以下では、具体的な症例を用いて、呼吸機能の促通と発声の促通を姿勢の調整とともに解説します。
症例1: 呼吸機能の促通
患者情報
- 年齢: 72歳
- 疾患: 脳卒中後右片麻痺
- 課題: 深呼吸が浅く、努力性呼吸(短く速い呼吸)が目立つ。起床時に息苦しさを訴え、咳をうまく出せない。
1. 臥位でのアプローチ
目的: 横隔膜の可動域を高め、腹式呼吸を習得する
-
評価:
- 臥位で呼吸パターンを観察。腹部の動きが少なく、胸式呼吸が目立つ。
- 横隔膜の可動性が低下している可能性を確認するため、触診を実施。
-
介入方法:
- 骨盤後傾を防ぐために、膝下にクッションを挿入。これにより腹筋群の緊張を緩和。
- 患者に片手を腹部に置かせ、呼吸を感じ取らせる。
- 「お腹を風船のように膨らませるように」と指示し、横隔膜を意識した呼吸を指導。
-
具体的訓練内容:
- 5秒吸気 → 3秒保持 → 5秒呼気のリズムで練習。
- 呼吸ごとに、「胸ではなくお腹が動いているか」を患者に確認させる。
-
進展:
- 効果が見られた場合、クッションを外し、自然な腹式呼吸を練習する。
2. 座位でのアプローチ
目的: 座位姿勢での安定した呼吸と胸郭の柔軟性の向上
-
評価:
- 骨盤後傾や猫背姿勢をチェックし、胸郭の動きが制限されていることを確認。
- 腹部や背部の触診を用いて、どの部分が呼吸で動いていないかを評価。
-
介入方法:
- 姿勢を整えるため、骨盤を立てるように調整。必要に応じて座位用クッションを使用。
- 胸郭の側面に手を当て、「この部分が広がるように呼吸してみましょう」とガイド。
-
具体的訓練内容:
- 深呼吸に加えて、「吸気時に両肩を少し引き下げる動き」を追加し、胸郭の柔軟性を高める。
- 呼吸とともに肩甲骨周辺の筋肉を意識させる。
期待される効果
- 横隔膜と体幹筋の連携が改善され、深い呼吸が可能になる。
- 咳反射が強化され、痰の排出能力が向上。
症例2: 発声の促通
患者情報
- 年齢: 58歳
- 疾患: パーキンソン病(Hoehn & Yahr 2)
- 課題: 声がかすれる、声量が小さくなり聞き取りにくい。
1. 立位でのアプローチ
目的: 腹腔内圧を高め、体幹安定性を強化しながら声量を改善する
-
評価:
- 腹部と胸部の呼吸パターンを観察。腹式呼吸が弱い。
- 発声時の姿勢を確認し、胸椎の後弯が目立つことを記録。
-
介入方法:
- 立位で骨盤の位置を調整し、中間位を保つようサポート。
- 体幹の安定性を確保するため、軽く壁に寄りかからせる。
-
具体的訓練内容:
- 「ハッ」と短く声を出しながら、腹部を一瞬で引き締めるよう指導。
- 呼気と発声を一致させるトレーニングを繰り返し、徐々に長い発声へと移行。
- 「ア」「エ」「オ」と母音を繰り返しながら声量を意識。
2. 座位でのアプローチ
目的: 声帯の振動を意識しながら声量を改善
-
評価:
- 座位姿勢が崩れていないかチェック。猫背姿勢で声帯が過剰に緊張している可能性を確認。
-
介入方法:
- 骨盤の位置を中間位に整え、胸郭を広げやすい姿勢を作る。
- 「息をしっかり吐き切った後に、できるだけ長く声を出すように」と指示。
-
具体的訓練内容:
- 音声を出しながら、胸部に手を当て、振動を感じさせる。
- 発声時に呼吸が浅くならないよう、呼吸の深さをモニタリング。
期待される効果
- 声量と明瞭度が改善し、日常会話での聞き取りが向上する。
- 姿勢と発声の協調性が高まり、患者の自己表現能力が強化される。
総合アドバイス
- 呼吸と発声のリハビリの連携を意識する。
- 姿勢調整用のクッションや装具を使用し、最適な姿勢を維持。
- 練習中の患者の負担感や疲労度を逐一確認し、負荷を調整する。
- 呼吸・発声訓練後に、日常会話や歌唱練習などの応用トレーニングを導入する。
新人療法士が失行を有する患者に対するリハビリを行う際のコツ
新人療法士が患者の呼吸機能や発声機能を促通する際、患者に最適な姿勢を選択することは重要です。
1. 患者の重力への適応度を評価する
- ポイント: 姿勢の選択には、患者が重力にどの程度適応できるかを考慮。
- 例: 呼吸筋が弱い患者は、臥位での呼吸訓練を優先。肺が最大限拡張できる姿勢が重力の影響を減らし、呼吸の負担を軽減。
2. 横隔膜の可動性を考慮した姿勢選択
- ノウハウ: 横隔膜は重力の影響を受けやすい。臥位や座位では横隔膜の収縮がしやすく、立位では活動が増加する。
- 研究例: 座位で前傾姿勢を取ることで横隔膜と胸郭筋がより効率的に働くことが示されている。
3. 呼吸器疾患や既往歴に基づく姿勢選択
- ポイント: 慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者などでは、上体を前屈させた姿勢(トリポッドポジション)が効果的。
- 理由: 胸郭を広げ、呼吸補助筋の活用を促すことで呼吸がしやすくなる。
4. 姿勢と腹腔内圧の関係性を考慮
- ノウハウ: 腹腔内圧は呼吸と発声の安定に寄与。骨盤を立てた座位では腹腔内圧が効率よく上昇し、呼吸と発声が改善。
- 例: 猫背姿勢の改善を優先し、腰部にサポートを追加する。
5. 発声訓練における喉頭の位置を意識
- 研究からの知見: 喉頭の安定性は頸部の中立位を保つことで向上する。
- 具体例: 座位で正中位を保つために、患者の頸部と背部を支持する装具やタオルを使用。
6. 姿勢が胸郭の柔軟性に与える影響を評価
- ポイント: 胸郭の動きを制限する姿勢(猫背など)は、肺の拡張を妨げる。
- ノウハウ: 胸椎の伸展を促す立位や座位を用い、胸郭の柔軟性を最大化。
7. 患者の体幹安定性を確認
- ポイント: 呼吸や発声には体幹の安定が不可欠。
- 方法: 臥位で安定した環境を提供し、腹筋と背筋の協調性を評価。その後、安定性に応じて座位や立位に移行。
8. 姿勢の変化が呼吸機能に与える効果をモニタリング
- ノウハウ: 姿勢を変えることで、呼吸補助筋の活性化や換気効率が変わる。姿勢変更後の呼吸数やSpO2の変化を確認。
- 例: 座位で深呼吸を行った後、立位に移行し、呼吸のしやすさを比較。
9. 運動強度と姿勢の関係を考慮
- ノウハウ: 呼吸や発声を伴う運動(歩行や軽いトレッドミルトレーニング)を行う場合、立位や座位が適切。
- 理由: 重力に対抗しながらの呼吸が体幹筋を活性化させる。
10. 患者の個別性を尊重
- ポイント: 症例や個々の状態によって、適切な姿勢は異なる。
- 具体例: パーキンソン病の患者では、筋固縮を考慮し、前傾姿勢を用いて安定した呼吸を促す。
まとめ
- 姿勢は、重力、体幹の安定性、胸郭の柔軟性、横隔膜の可動性など複数の要因に基づき選択。
- 姿勢調整後の患者の呼吸数、酸素飽和度(SpO2)、発声の音量や明瞭度をモニタリングし、適宜調整。
- 複数の姿勢での訓練を段階的に試し、患者の状態に最も適した方法を選択する。
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)