【2024年最新版】失行(Apraxia)のメカニズムを解説|利き手の違いと注意点を踏まえた効率的リハビリアプローチ方法
論文を読む前に
リハビリテーション医師の金子先生が、新人療法士の丸山さんに「失行(Apraxia)」とその特性、左利き・右利きでの違いについて指導しています。
金子先生:「丸山さん、今日は脳卒中後に見られる失行について詳しく学んでいきましょう。特に、利き手による違いや、脳科学的な視点からどのようなメカニズムが関与しているかを理解することは、実際のリハビリテーションにとても重要です。まずは、失行の基本的な概念から始めますね。」
1. 失行の定義と基本メカニズム
金子先生:「失行は、道具の使用や日常的な行動の遂行が困難になる症状です。運動や感覚、認知機能には問題がないにもかかわらず、患者さんは必要な動作がうまくできないのが特徴です。たとえば、口で『歯を磨いてください』と指示しても、歯ブラシを正しく扱うことができないといったケースですね。」
丸山さん:「確かに、日常動作が難しいのは患者さんにとって大きな障害ですね。失行の脳科学的なメカニズムにはどのようなものがあるのでしょうか?」
金子先生:「その通りです。失行は、一般的に高次脳機能の中でも『運動計画』に関わる領域に損傷があることで発症します。特に、左半球の前頭葉と頭頂葉にあるネットワークが、失行に深く関わっているとされています。これらの領域は、運動の企画や手順の計画を行う重要な部分ですね。」
2. 失行の種類と評価方法
金子先生:「失行にはいくつかの種類があります。特に代表的なのが『観念運動性失行』と『観念性失行』です。」
- 観念運動性失行:特定の動作を行う際に、手や道具の使い方がわからなくなる現象です。脳卒中では、頭頂葉の損傷が関連することが多く、左半球の損傷が主な原因とされています。
- 観念性失行:手順が理解できなくなるタイプです。患者は道具がどう機能するかが理解できず、複数の動作を組み合わせて行う作業(例えば料理)が難しくなります。
金子先生:「実際のリハビリでは、失行の評価には道具操作の課題や模倣課題を用いることが多いです。これにより、どの種類の失行がどの程度影響しているかを確認します。」
3. 利き手による失行の違い
丸山さん:「失行に利き手による違いがあると聞いたのですが、具体的にはどのような違いがあるのでしょうか?」
金子先生:「良い質問ですね。失行の研究によると、左半球損傷による失行は、右利きの患者で多く見られる傾向があります。左半球が言語や運動計画を担うことが多いため、これが理由と考えられています。一方、左利きの場合でも、失行が発症することはありますが、右半球優位な脳の構造により異なるパターンが見られることがあります。」
4. 脳科学的視点から見る失行のメカニズム
金子先生:「失行は、特定の動作のプランニングに対する障害です。この障害は、特に前頭葉と頭頂葉、さらに言語中枢であるブローカ野やウェルニッケ野が関与する神経ネットワークに損傷があると、動作の連続性がうまくいかなくなります。また、前頭前野が動作計画、頭頂葉が空間認知、ブローカ野が動作の命令に関わることがわかっています。」
5. 失行のリハビリテーションアプローチ
金子先生:「失行のリハビリには、手順を細かく分け、ひとつひとつの動作を視覚的、身体的に体験しながら再学習していく方法が有効です。また、脳科学的な研究からは、動作のイメージトレーニングや、反復練習が動作の回復をサポートすることが分かっています。」
6. 左利き・右利きの失行リハビリの工夫
金子先生:「利き手の違いによって脳内の運動制御が異なるため、リハビリ方法も個別に調整が必要です。特に右利きの患者では、損傷した左半球の代償作用が得られにくいため、利き手を反対側に変更する工夫が行われることもあります。一方で左利きの患者の場合、右半球の柔軟性を利用して、利き手を活かすリハビリが進められることが多いですね。」
丸山さん:「失行の治療法には様々なアプローチがあるのですね。患者さんの脳の損傷部位と利き手をしっかり考慮することが大切だと改めて感じました。」
7. 最新のエビデンスと展望
金子先生:「失行リハビリの最新のエビデンスとしては、視覚的なフィードバックや動作のビデオモデリングが、失行改善に有効とされています。また、脳科学の進展に伴い、左半球損傷がどのように利き手の選択に影響を及ぼすかも、今後のリハビリに活かせる可能性があります。」
丸山さん:「視覚フィードバックの導入や動画での動作練習も、より効果的なリハビリが期待できそうですね。」
金子先生:「失行に関しては、脳の複雑なネットワークが密接に関わっています。今回の講義が、丸山さんの実践に役立つことを願っています。」
丸山さん:「ありがとうございます。患者さんの失行改善に向けて、学んだことを生かしていきたいと思います!」
論文内容
タイトル
左利き患者の失行について
Apraxia in left-handers.PubMed Goldenberg G,Brain. 2013 Aug;136(Pt 8):2592-601
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・左利きの患者を担当することがあり、左利き患者における高次脳機能はどのようなものがあるのか興味を持った。
内 容
方法
・左利きの脳損傷患者50名(左半球損傷28名、右半球損傷22名)
・検査は麻痺がある場合は麻痺のない方の手で、麻痺がない場合は患者自身がどちらの手を使うか決めた。
・検査は以下の3つを行った。
①意味のないジェスチャーの模倣(手の位置と指の形の模倣をそれぞれ別に行う)
②道具を使用するパントマイム
③実際の道具の使用。
結果
・相当数の左半球の損傷患者で失行が認められた。左より右半球の損傷で有意に多く見られる障害は手の位置の模倣のみであった(Table 2)。
・パントマイムと道具の使用の障害は失語患者で有意に多かった。左半球の損傷で失行がある患者は全て失語を持っていた。また失行があって失語がない患者は全て右半球の損傷であった(Table 3)。
・手の位置と指の形の模倣の障害は半側無視がある患者でより多く見られた(Table 4)
・先行研究のテータも元に解析を行った結果、右利きで右半球損傷の患者は左利きで右半球損傷の患者より半側無視の割合が多かった。左利きで右半球損傷の患者で半側無視がある患者が最も模倣の点が低かった(Table 5)。
考察
・先行研究から左利きでは右利きより両側の大脳半球の損傷で失行が認められることが多い。左利きの患者の失行は右利き患者の失行より軽い。また左利き患者の方が早く回復する。
・手の位置の模倣では右半球の損傷でより頻繁に見られ、そのような患者の多くに半側無視が見られた。これらのことから手の模倣の障害は右半球が利き手(左手)を支配していることよりも空間に関与していることによるかもしれない。
パントマイムや道具の使用と失語との関連について考えうる説明として言語と道具の使用はいずれも意味記憶にアクセスすることが挙げられる。
明日への臨床アイデア
失行のリハビリテーションにおいては、脳科学的視点から失行のメカニズムを理解し、それに基づいて段階的かつ個別的に訓練を行うことが重要です。失行は、通常の運動・感覚機能は保たれているにも関わらず、特定の動作や行動が遂行できない症状であり、脳の特定部位(特に左半球)に関連する運動プランニング機能の障害が原因となります。ここでは、脳科学的視点に基づいたリハビリテーションの具体的な手順を以下のように説明します。
1. 訓練目標の設定と失行タイプの評価
脳科学的視点: 失行の種類には「観念運動性失行」と「観念性失行」があり、障害部位によって症状が異なります。観念運動性失行は道具の操作や身振りに関連する動作の障害であり、観念性失行は一連の動作の連携が困難になる障害です。それぞれに応じたリハビリを行うため、失行のタイプを評価し、適切な目標を設定します。
評価方法と手順:
- 道具操作の模倣課題や、道具使用の命令などの標準化テストを行い、失行の種類と重症度を評価します。
- 評価結果に基づき、動作再学習や身体イメージの再構築など、どのアプローチが最も適しているかを決定します。
2. イメージトレーニングの導入
脳科学的視点: 失行患者では運動イメージが不十分なことが多く、脳の前頭葉や頭頂葉にある運動プランニングのネットワークがうまく機能していません。イメージトレーニングは、このネットワークを再活性化し、運動の想起能力を向上させる目的で使用されます。
訓練手順:
- 患者に実際の動作を見せて、その動作をイメージしてもらいます。
- 動作を思い浮かべる際には、具体的にどの部分がどう動くか(例えば「手で物をつかむ」「腕を引き寄せる」など)を詳細に説明し、視覚・言語でイメージを補助します。
- 患者がイメージできるようになったら、実際の動作を少しずつ行ってもらいます。
3. 視覚・聴覚フィードバックの活用
脳科学的視点: 視覚や聴覚によるフィードバックは、損傷した脳領域の代償機能を高め、誤りの少ない動作を学習する助けになります。失行では、自身の行動の結果を確認する機会が減少しているため、視覚的・聴覚的フィードバックを用いると効果的です。
訓練手順:
- 鏡を用いて、患者が自分の動作を確認しながら練習できるようにします。
- 正しい動作をした際に音声で「OK」「できています」といったフィードバックを与え、動作の成否がわかるようにします。
- 動作を繰り返し、患者が動作のフィードバックを自ら調整しやすくなるよう促します。
4. 手順の分解と段階的訓練
脳科学的視点: 失行患者は複雑な動作の手順を一度に理解することが難しいため、動作を細かい手順に分解し、段階的に学習することで成功体験を積みやすくします。頭頂葉と前頭葉のネットワークを再構築するためにも、単純な動作から複雑な動作へ段階的に進めます。
訓練手順:
- 動作を最小の単位(例えば、「手を伸ばす」「道具を握る」など)に分け、1つ1つを個別に指導します。
- 動作ごとに患者に達成感を感じさせるよう声かけし、成功体験を積んでもらいます。
- 各手順が安定して行えるようになった段階で、次の手順を追加し、徐々に一連の動作を行えるようにします。
5. モデリングと手の誘導
脳科学的視点: 失行患者の脳は、新しい動作の学習が難しいため、模倣によって動作のイメージを明確にし、モーターイメージを形成しやすくします。これは前頭前野や頭頂連合野の活動を促進することが期待されます。
訓練手順:
- 実際の動作をセラピストが見せて、患者に模倣してもらいます。
- モデリングが難しい場合は、手を軽く誘導し、患者に動作の流れを感覚的に体験してもらいます。
- 徐々に誘導の力を弱め、最終的に患者が自力で動作できるように促します。
6. デュアルタスクトレーニング
脳科学的視点: デュアルタスクトレーニング(複数の課題を同時に行う)は、脳の複数の領域を同時に活性化させるため、脳のネットワーク再編成を促す効果があります。失行患者にとっては難しい課題ですが、脳機能の向上に有効です。
訓練手順:
- 動作中に簡単な質問をしたり、異なる動作を交えたりして、二重の課題を意識させます。
- 負荷を調整しながら、徐々に複雑な課題を組み合わせていき、動作と他の認知機能を同時に活用させます。
- デュアルタスクでの成功体験を繰り返すことで、脳のネットワークの強化を図ります。
7. 日常生活での応用訓練
脳科学的視点: 動作の一般化を図るため、実際の日常生活の中での訓練が不可欠です。前頭葉・頭頂葉の神経回路を活用し、学習した動作を生活の中で再現できるようにします。
訓練手順:
- 患者の日常生活で必要な動作(例えば、食事や更衣など)をリハビリで実際に再現します。
- 日常生活場面で動作が自然にできるように練習し、一般化のプロセスを促進します。
- 必要に応じて家族への指導も行い、患者の生活全体での訓練効果を高めます。
まとめ
失行に対するリハビリテーションは、脳の損傷部位や症状に応じた多面的なアプローチが求められます。特に、脳科学的視点を理解した上での訓練手順の調整、適切なフィードバック、日常生活への応用を通じて、患者が自立した生活を取り戻すことが目指されます。失行リハビリは、動作そのものの再学習と脳の神経再編を促すための重要なプロセスとして、個別化された支援が求められます。
新人療法士が失行を有する患者に対するリハビリを行う際のコツ
新人療法士が失行を呈する脳卒中患者へのリハビリを行う際には、慎重にアプローチし、特定の注意点を守りながら進めることが大切です。以下に、上記以外の具体的な注意点やアイデアを挙げます。
1. 簡単な動作から始め、段階的に負荷を上げる
- 初めはシンプルな動作からスタートし、患者の成功体験を積み重ねて自信を持ってもらうことが重要です。例えば「手を伸ばす」などの動作から始め、徐々に複雑な動作に進みます。
2. 動作の「意図」を明確にする
- 失行患者は動作の目的や意図が理解しにくいことがあります。例えば、「このスプーンでヨーグルトを食べる」というように、動作の意図や使う物の具体的な役割を強調します。
3. 反復的な練習の中で違いを意識させる
- 同じ動作を繰り返すだけではなく、少しずつ手順を変えたり違う物を使ったりして、違いを感じさせることで脳の認知能力を刺激します。
4. 患者のペースを尊重する
- 失行患者には特に忍耐強く接し、患者のペースに合わせて進行します。時間がかかっても、焦らせないように配慮することで安心感を与えます。
5. 言語指示を簡潔かつ具体的に
- 言葉での指示を行う際は、なるべく短く明確に伝えます。多くの情報を一度に与えないよう注意し、「右手を伸ばす」「左手でボールを持つ」など具体的な動作を指示します。
6. 環境の工夫
- リハビリを行う環境を整え、できるだけ患者が動作に集中できるようにします。例えば、リハビリ室の雑音を抑えたり、周囲の物を減らしたりして視覚的な刺激を制限します。
7. 患者の表情や反応を観察する
- 患者が動作に対してどのような反応を示しているか、表情やボディランゲージから確認します。混乱している様子が見られたら、一度手を止めて振り返りを行います。
8. 他の感覚刺激を利用する
- 触覚や視覚、聴覚を用いた刺激を加えながら訓練を行うことで、動作の意図を患者が理解しやすくします。例えば、道具を握る感覚を感じさせたり、道具の音を聞かせたりして、行為の関連を強調します。
9. 安全性の確保
- 失行患者は動作が予測できず、不意な動きをしてしまうことがあるため、リハビリ中は安全性を優先します。患者の動作をサポートし、転倒や不適切な動きが生じないように配慮します。
10. 家族や介助者への指導
- リハビリで行ったアプローチを家族や介助者にも理解してもらうことで、日常生活でも練習が可能になります。家族には動作の手順や注意点を伝え、焦らず支援するよう説明します。
これらのポイントを実践し、患者が理解しやすい形で段階的にサポートすることが大切です。失行に対するリハビリテーションでは、特に忍耐と根気が必要ですが、患者の成功体験を積み重ねることで、機能改善の可能性が高まります。
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STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)