【2024年版】脳卒中後の失語症に対する音楽療法の効果とメカニズム、アプローチ方法、音楽の選び方とは?
論文を読む前に
脳卒中患者の失語症に対する音楽療法の効果とそのメカニズム
新人療法士の丸山さんが、脳卒中患者に対する音楽療法について学ぶため、リハビリテーション医師の金子先生から講義を受けています。
金子先生:「今日は、脳卒中患者の失語症に対する音楽療法について話します。この療法は最近注目を集めている分野で、患者さんのコミュニケーション能力を回復させる可能性があります。丸山さん、失語症にはどのような種類があるか知っていますか?」
丸山さん:「はい。主にブローカ失語とウェルニッケ失語があり、それぞれ言語の表出と理解に問題が生じると理解しています。」
金子先生:「その通りです。音楽療法は特にブローカ失語に効果があるとされています。それでは、音楽療法の効果とそのメカニズムについて詳しく説明しますね。」
音楽療法の効果
1. 発話能力の改善
-
音楽療法では、メロディやリズムを活用して発話を促します。
-
研究によれば、音楽に合わせて単語やフレーズを練習することで、発話能力が向上するケースが多いです。
-
特に、メロディック・イントネーション・セラピー(MIT)が効果的とされています。
2. 感情的な安定とモチベーション向上
-
音楽は感情に強く結びついているため、患者の心理的負担を軽減し、リハビリへのモチベーションを高めます。
-
感情的なつながりが、脳の可塑性を促進する一因ともなります。
3. 社会的交流の改善
-
グループセッションでは、他者と共に音楽を楽しむことで社会的スキルが向上し、孤立感が軽減されます。
音楽療法のメカニズム
1. 右半球の補完的役割
-
失語症では、言語を司る左半球が損傷されることが多いですが、音楽は右半球を主に活用します。
-
音楽療法では、右半球のネットワークを活性化させ、言語機能を補完する役割を果たします。
2. リズムと運動の結合
-
リズムに合わせて声を出すことは、運動と音楽の結合を生み、脳のセンサリーモーター系を活性化します。
-
これにより、発話のタイミングや声の出し方が改善されます。
3. 神経可塑性の促進
-
音楽活動による反復練習が、神経可塑性を高め、新しい神経経路の形成を促します。
-
特に、言語関連の領域(例えば前頭葉や側頭葉)における再組織化が期待されます。
4. 記憶と注意の向上
-
音楽には作業記憶や注意機能を活性化する効果があり、これが言語学習を助けます。
丸山さん:「音楽療法はただ楽しいだけでなく、科学的な根拠に基づいているんですね!」
金子先生:「その通りです。特に失語症の患者さんには、言語以外の脳領域を活用できる音楽療法が非常に有効です。治療の選択肢として覚えておいてください。」
このように、音楽療法は脳卒中患者の失語症リハビリにおいて多岐にわたる効果を発揮します。最新の研究を活用し、患者の状況に応じたアプローチを選択することが重要です。
論文内容
タイトル
非流暢性失語の治療における音楽療法の効果
Effective music therapy techniques in the treatment of nonfluent aphasia.Concetta M. Tomaino (2012)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・自発的な発話はないが歌は復唱できる患者をしばしば見かける。このような患者に歌を復唱させ、失語の改善や口腔機能維持ができないかと考え本論文を読むに至った。
内 容
BACKGROUND
・非流暢性失語患者に対する音楽療法で呼吸・口腔機能の向上、発音・発話の音律の改善、言語的・非言語的な意思疎通の増加など様々な利点が明らかになってきている。
・本論文では我々の最近の音楽療法の治療効果を要約した。
METHODS StudyⅠ
・脳卒中発症後9ヶ月〜20年以上の非流暢性患者7人(男性2・女性5)を対象とし、8〜12
回の個別リハビリ(30分 週3回 4週間)を行った。
・音楽を基盤とした様々な発話技術(発音・流暢さ・音律・息の支え)について66個のビ
デオを解析し、7個の効果的な方法から成るプロトコルを作った。
プロトコル
・馴染みのある歌を歌う…歌い出しは音楽療法士が行う(復唱が最も簡単)。発話リズム
は強く障害されているが、歌のリズムは比較的保たれている患者は頻繁に認められる。
・呼吸と単音節音…患者の呼吸パターンに注目することで患者をリラックスさせることが出来る。患者の残存機能を引き出し、発展させる。例えば一呼吸から、ため息やあくびに、更に母音一音に、最終的に単音節まで発展させる。
・音楽的に補助された発話…日常会話のフレーズは患者の馴染みのある音楽のメロディーと関連がある。馴染みのある旋律であるほど意欲が増し、良い結果が得やすい。
・ダイナミックに合図されて歌う…歌のダイナミクスを馴染みの歌唱に導入する。様々な歌の流れやフレーズの最後で止まるなどの方法も含まれている。このことによって患者は正しい語でフレーズを完成することができる。これにより患者の意欲を高め、効果的な会話のような文脈により音楽以外への応用を促進することができる。
・リズミカルな合図…患者は会話のリズムを手で叩いた音で導かれながらフレーズを練習する。歌詞のフレーズや日常会話のフレーズを用いる。自分でリズムをとる場合は左右いずれかの機能の良い方の上肢で行う。
・口腔の運動機能訓練…馴染みのある歌の一部を示して口と舌の動きを強調する。患者は近くで見て療法士の顔と口の動きを真似る。
・声の抑揚…抑揚をつけたフレーズは患者が会話の音律のメロディーの側面を改善するのに役立つ。抑揚をつけたフレーズを繰り返し練習する。
RESULTS StudyⅠ
・Table1にそれぞれの患者の結果を要約した。合図で上手くいった患者は正しいリズム
で歌うことも成功した。
METHODS StudyⅡ
・音楽を基盤とした非流暢性失語に対する会話療法の技術
・被験者40人を音楽療法群と写真による会話介入群にランダムに分け、30分の治療を週3回、12週間行った。全ての患者が一度は一通りの言語療法を受け、終了していた。
・the Western Aphasia Batteryとthe Test of Adult and Adolescent Word Findingを用いて初期評価、6週間経過後、最終評価を行った。
RESULTS StudyⅡ
・音楽療法は18人全員が、写真による介入は8人のみが最後まで行えた。
・音楽療法では介入前後で60.6から67.2と有意に改善した。写真による介入でも46.8から53.6と同様に改善した。サンプルが少なく2群間で有意差は認められなかった。
明日への臨床アイデア
実際のアプローチ方法
ステップ1:患者の評価
-
言語機能の評価
-
言語発話能力、理解能力、反復能力を確認。
-
ブローカ失語やウェルニッケ失語などのタイプを特定する。
-
-
音楽に対する感受性の評価
-
患者がどの程度音楽に反応を示すか、好みの音楽ジャンルを調査。
-
-
身体機能の確認
-
リズムに合わせた動きが可能かを確認。
-
ステップ2:目標設定
-
短期目標
-
単語や短いフレーズをリズムやメロディに合わせて発声する。
-
-
長期目標
-
自発的な発話を促進し、日常会話に近づける。
-
ステップ3:メロディック・イントネーション・セラピー(MIT)
-
フレーズの選択
-
「おはよう」「ありがとう」など、日常でよく使う簡単なフレーズを選ぶ。
-
-
メロディの作成
-
フレーズに簡単なメロディをつける。
-
-
模倣練習
-
セラピストが歌い、患者に繰り返してもらう。
-
-
徐々にメロディを減少
-
メロディを減らしながら、発話の自然さを増やす。
-
-
反復練習
-
一日に数回、定期的に練習を行う。
-
ステップ4:リズムを活用した発声練習
-
リズム設定
-
メトロノームや簡単な打楽器を使用し、一定のリズムを設定。
-
-
発声練習
-
リズムに合わせて「タタタ」「ラララ」など、簡単な音を発声する。
-
-
言葉への移行
-
徐々に単語や短いフレーズに移行。
-
ステップ5:歌唱練習
-
患者の好きな曲を選ぶ
-
親しみのある楽曲を選び、感情的なつながりを活用。
-
-
歌詞の練習
-
単語ごとに発声練習を行い、徐々に歌詞全体を歌う。
-
ステップ6:グループセッション
-
他者との協調
-
他の患者と一緒にセッションを行い、社会的交流を促進。
-
-
リズム遊び
-
打楽器や手拍子を使いながら、協調性を養う。
-
ステップ7:家庭での練習方法の指導
-
家族への指導
-
家族が患者と一緒に練習できるよう、簡単な練習法を教える。
-
-
録音の活用
-
セラピストが作成した練習用の音声や音楽を家庭で使用。
-
ステップ8:進捗の評価
-
定期的な評価
-
患者の発話能力や理解力の変化を記録。
-
-
目標の見直し
-
必要に応じて目標や練習内容を調整。
-
音楽の選び方は?
新人療法士が音楽を用いたリハビリを行う際のポイント
新人療法士が失語症患者に音楽療法を実践する際に注意すべき点やポイントを挙げます。これらは専門的な視点から、臨床場面での安全性と効果を高めるために重要です。
1. 適切な音楽選択
- 患者の文化的背景、嗜好、年齢、宗教的配慮を考慮して、ポジティブな感情を引き出す音楽を選ぶ。
- 患者が以前に親しんでいた曲や、感情的な結びつきがある曲を優先する。
2. 音量と環境音の調整
- 音量は患者が不快に感じない適度なレベルに設定する。
- 病室やリハビリ室の環境音を最小限に抑え、集中しやすい環境を整える。
3. 患者の疲労に配慮
- 音楽療法は疲労を助長しないよう短時間のセッションから開始し、患者の体調や反応を確認しながら進める。
- セッション中に休憩を適宜設ける。
4. 言語的指導と非言語的反応のバランス
- 音楽に合わせて言語的な練習を促す際、患者の反応を観察し、無理なく進める。
- 非言語的な反応(表情やリズムの動きなど)を評価し、そこから患者の状態を把握する。
5. 脳卒中の部位と障害の程度を考慮
- 左半球損傷ではリズムやメロディを利用した右脳活性化を意識。
- 他の認知障害(記憶障害、注意障害)がある場合は、それらに合わせた目標設定を行う。
6. リズムとテンポの重要性
- 患者の反応速度に応じてリズムやテンポを調整する。
- 最初はゆっくりしたテンポから始め、患者のペースに合わせる。
7. コミュニケーション目標の設定
- 短期的な目標(単語発声や音節の発音)と長期的な目標(フレーズや文の生成)を明確に設定する。
- 患者と目標を共有し、モチベーションを維持する。
8. 家族や介護者の協力
- 音楽療法の内容や目的を家族に説明し、家庭でも実践できるよう支援する。
- 家族の参加を促し、患者の安心感と意欲を高める。
9. 音楽療法のモニタリングと記録
- 毎回のセッションで患者の反応を詳細に記録し、進捗を評価する。
- 反応が乏しい場合はアプローチの見直しを検討する。
10. 多職種連携
- 言語聴覚士や音楽療法士と連携し、リハビリの目標を共有する。
- 医師や看護師に患者の健康状態を確認しながら、安全に療法を進める。
これらの注意点を実践することで、音楽療法をより効果的かつ安全に実施できます。必要に応じて具体例や追加の指導をご希望であればお知らせください。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)