論文内容
カテゴリー
上肢
タイトル
●なぜ体性感覚検査は目を閉じる!?視覚の体性感覚への影響
●原著はCan Vision of the Body Ameliorate Impaired Somatosensory Function?こちら
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
●感覚検査は目を閉じて行うが、逆を言えば目を開けると感覚を高めることが出来るのか!?という当たり前としていることに疑問を投げかける内容のイントロダクションで興味を持ち本論文を読むに至る。
内 容
背景
●なぜ体性感覚評価が患者の目を閉じた状態で従来行われていたのか?この質問は、先行研究から、少なくとも一部のケースでは、評価中に麻痺側の四肢を見ることで患者のパフォーマンスが向上するという観察から生じた。Kennettとその同僚は、前腕の触覚の閾値が違う対象物を見るのと比較して、被験者が前腕を見たときに大幅に優れていたことを示した。
●体性感覚障害は脳卒中患者の約50%で生じ、これらの障害は患者が物を操作および使用したり、有害な刺激を感じたり、動きをコントロールしたりする能力を損うため、この視覚的効果には重要な臨床応用があるかもしれません。
●本研究では、触覚と視覚間の多感覚相互作用に基づく新しいアプローチが、脳損傷による体性感覚障害の影響を受ける患者の触覚の改善に効果的であるかどうかを検証した。
方法
●この検証をサポートするために、視覚が触覚パフォーマンスを調整する可能性があるという仮説を最初に健常者でテストした。32人の健康な被験者は、3つの条件(刺激された前腕:ARM、同じ位置に置かれた木製の箱:Neutral、ゴム足:Foot)で対象物を見た状態で2点識別課題(2PDT)を実行した。結果は、触覚の視覚的強化の有効性が被験者の触覚の鋭敏さと相関することを示した。2PDTの精度は、触覚感度の低い被験者でのみ前腕を見ると高くなった。
●次に上肢の体性感覚障害のある脳血管疾患の10人の患者を調査した。半盲および半空間無視を示す患者は、研究から除外されました。
●患者の前腕の手関節から50 mm近位にソレノイド(振動刺激)が取り付けられた。ソレノイドは、合計500ミリ秒の間、100 Hzで振動する閾値を超える振動触覚刺激を生成した。各トライアルで1つまたは2つのソレノイドを作動させることができた。被験者は、2回のタップを感知した場合にのみ、「2回」という言葉で応答するように求められた。被験者は図の様に1.前腕 2.同じ位置に置かれた木製の箱 3.ゴム足を見ている3つの視覚的状況下で管理された。触覚刺激は見えませんでした。
結果
●体性感覚障害を有する患者においても触覚の鋭さは、同じ位置に置かれた木製の箱とゴム足を見るよりも前腕を見ることで改善することを示した。さらに、通常は前腕が占める空間位置でゴム足を見ると、患者の触覚能力がさらに低下した。この予期しない結果は、ボディスキーマと身体関連の視覚情報の非互換性によって生じる干渉効果が原因である可能性があります。
●触覚感度の低い人に対して、刺激部位と同部位を見る事で触覚の識別能が向上する事が示唆された。逆に、体の他部位を見ると減弱する可能性がある。上肢課題中では、意識を集中させたい所を見るように促すことが大事かもしれない。他部位へ気が逸れている場合は感覚の減弱も起こる可能性があり、実施部位に注意を促したい。
脳卒中後の感覚障害に役立つ動画
視覚情報と体性感覚の相互作用
登場人物
金子医師(ベテランリハビリテーション医)
丸山さん(新人療法士)
導入:視覚情報と体性感覚の基礎
金子医師:「丸山さん、今日は視覚情報が体性感覚に与える影響について詳しく話していきます。このテーマは特に体性感覚障害を有する脳卒中患者のリハビリにおいて重要です。」
丸山:「よろしくお願いします!視覚と触覚がどのように関連しているのか興味があります。」
金子医師:「まず、視覚情報と体性感覚は、脳内で統合されて初めて身体の位置や動きを正確に認識することができます。この統合の中核となるのがボディスキーマと呼ばれる概念です。ボディスキーマは、視覚、触覚、固有受容感覚などの情報を統合して、身体の空間的位置や形状を脳内に再現します。」
上記論文を基に:視覚刺激と触覚の相互作用
金子医師:「実際の研究では、患者が自分の前腕を視覚的に確認すると触覚の鋭敏さが向上することが示されています。一方で、自分の前腕があるべき位置に置かれた異物(例えばゴム足)を見ると、触覚能力が低下することもあります。この現象は、視覚情報が体性感覚の処理に干渉することを示唆しています。」
丸山:「患者の触覚能力が低下する理由は何ですか?」
金子医師:「それは、視覚と体性感覚の不一致、または非互換性によるものです。ゴム足のような非身体的なオブジェクトを見ることで、脳はボディスキーマの更新に混乱し、その結果として触覚の感度が低下する可能性があります。」
脳神経学的視点
金子医師:「脳内で視覚情報と触覚情報の統合が行われるのは、主に頭頂葉です。頭頂葉の中でも、特に後部頭頂皮質(PPC)は、ボディスキーマを形成する重要な領域です。この部位が損傷すると、患者は視覚と触覚の統合が困難になり、動作のぎこちなさや感覚の不一致を経験します。」
丸山:「つまり、視覚情報をどのように提示するかが、リハビリの成果に影響するんですね。」
金子医師:「その通りです。」
臨床応用:視覚情報を活用したリハビリテーション
金子医師:「では、臨床でどのように応用するか、具体的な手法を説明します。」
手法1:視覚フィードバックの活用
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自分の身体を鏡で確認する訓練
- 患者に鏡を使わせ、自分の麻痺肢を見るよう指導します。視覚フィードバックによって触覚と運動感覚が強化されます。
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スクリーンを使用した拡張現実(AR)技術
- 麻痺側の動きを視覚的に補助するAR技術を用いることで、触覚感度や運動制御の向上を図ります。
手法2:視覚と触覚の協調訓練
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触覚タスクと視覚刺激の組み合わせ
- 異なる材質のオブジェクト(布、木材など)に触れ、その情報を視覚的に確認させる。
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ゴム手実験の応用
- ゴム手実験のように、異なる視覚情報を提示し、その影響を評価しながらボディスキーマの修正を促す。
手法3:ボディスキーマの再構築
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身体図式に基づく運動訓練
- 患者の身体部位を明示し、その位置や動きを認識させる訓練を行います。
-
錯覚を利用したリハビリ
- 錯覚を用いて脳の可塑性を刺激し、新たな感覚統合パターンを形成します。
リスクと対策
金子医師:「最後に注意点です。視覚情報を利用するリハビリは、適切な設計が必要です。誤った情報提示は逆効果になる場合があります。」
丸山:「具体的に気を付けるべき点は?」
金子医師:「例えば、以下のようなリスクがあります。」
-
視覚情報の過剰提供
- 情報量が多すぎると、脳が混乱する可能性があります。
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患者の認知機能の評価不足
- 認知障害がある患者に高度な視覚課題を課すと、混乱を引き起こします。
-
適切なタイミングの見極め
- 視覚フィードバックをいつ使用するか、段階的に検討する必要があります。
まとめ
金子医師:「視覚と体性感覚の相互作用は、脳卒中リハビリにおける重要な要素です。これらを効果的に活用することで、患者の触覚感度や運動能力を向上させる可能性があります。」
丸山:「ありがとうございます!視覚情報をうまく活用できるよう、臨床での応用を考えてみます。」
視覚と体性感覚の相互作用を活用した脳卒中患者へのリハビリ:具体的な手順
視覚と体性感覚の相互作用を活用したリハビリは、患者の体性感覚を補強し、身体の認識や運動制御を改善することを目的とします。以下に、上肢と下肢それぞれの具体的な手順を示します。
上肢リハビリの手順
1. 鏡療法(Mirror Therapy)
目的: 視覚情報を利用して、麻痺側の動きを脳に認識させる。
手順:
- 鏡を患者の身体の中央に置き、健側を鏡に映し出します。
- 健側で動作(例: 手指の屈曲・伸展、物をつかむ動作)を行い、その動きを麻痺側の動きとして視覚的に認識させます。
- 1回15分程度を目安に、1日2~3回実施。
2. 自分の手を見る訓練
目的: 視覚刺激で触覚感度を強化する。
手順:
- 麻痺側の手をテーブル上に置き、患者が自分の手をじっくり観察します。
- 視覚刺激を与えながら、テクスチャの異なる物(布、紙、ゴムボール)に触れる練習を行います。
- 各材質ごとに、触った感覚を患者に言語化させます(例: 「柔らかい」「ざらざらしている」など)。
3. オブジェクト操作訓練
目的: 視覚と触覚を統合し、上肢の実用性を向上させる。
手順:
- 麻痺側で持ちやすい大きさの物(スポンジボール、軽いカップ)を用意します。
- 健側で動作を模範し、同じ動作を麻痺側で試みさせます。
- 動作中に、患者が手と物の接触部を視覚で確認できるように指導します。
- 動作が難しい場合は、軽い補助を行います。
下肢リハビリの手順
1. 視覚的フィードバックを伴う荷重練習
目的: 視覚刺激で下肢の荷重感覚を強化し、重心移動をスムーズにする。
手順:
- 鏡やビデオカメラを使用し、患者の下肢の動きや荷重の様子を視覚的に見せます。
- 重心を左右交互に移動させ、荷重側の脚を意識させます。
- 各方向で荷重を5秒保持し、徐々に持続時間を増やします。
2. 床面での視覚追従訓練
目的: 視覚的注意を利用して足部の体性感覚を向上させる。
手順:
- 色付きの目標物(シール、コーン)を床に置きます。
- 麻痺側の足で目標物をタッチする練習を行います。
- 患者に目標物と足の接触を視覚的に確認させます。
- 速度や目標物の位置を段階的に変化させて難易度を調整します。
3. 鏡を利用したステップ練習
目的: 視覚情報を活用して、足部の動きを正確に学習させる。
手順:
- 鏡を患者の正面に配置し、足の動きを鏡に映し出します。
- 健側で模範動作(つま先の持ち上げ、踵の接地)を見せ、麻痺側でも同じ動作を試みます。
- 患者が動作中に足の動きを確認しながら、動作を繰り返します。
注意点
- 患者の認知機能を事前に評価する: 視覚刺激を理解する能力があるかを確認します。
- 適切なフィードバックを与える: 言葉やタッチで補助し、患者のモチベーションを維持します。
- 過剰な情報を避ける: 視覚刺激を与えすぎると混乱を招く可能性があるため、段階的に進めます。
- 疲労に注意: 長時間の訓練は感覚と視覚の統合を妨げる可能性があるため、セッションを短く分けます。
- 痛みの有無を確認: 麻痺側での動作中に痛みがないか定期的に評価します。
これらのアプローチを、患者の状態に合わせて柔軟に組み合わせて実施することで、視覚と体性感覚の相互作用を最大限に活用できます。
新人療法士が視覚と体性感覚の相互作用を活用したリハビリを行う際の注意点やポイント7
1. 視覚と体性感覚の不一致による混乱を防ぐ
- 患者が視覚情報と体性感覚情報を統合できない場合、混乱や不快感を引き起こす可能性があるため、段階的に介入を進めます。
2. 視覚刺激の適切な強度を調整する
- 過剰な視覚刺激(鮮やかな色や動きの多い映像)は患者の集中力を低下させる場合があるので、シンプルでわかりやすい視覚素材を用います。
3. 注意力と集中力の限界を考慮する
- 高次脳機能障害がある場合、注意の持続時間が短い可能性があるため、訓練を短時間で区切り、徐々に延長します。
4. 麻痺側の部位を意識させる言語的指示を活用する
- 「麻痺側の手をよく見てください」や「この部分の感覚を感じてみてください」と具体的に指示することで、注意を促します。
5. 訓練環境を整える
- 適切な明るさの確保や背景のシンプルさなど、視覚的な負担が少ない環境で訓練を行います。
6. 患者の理解度に応じて目標を明確に設定する
- 何を目的にしているのかを患者に説明し、視覚と体性感覚の関係を理解してもらうことが重要です。
7. 鏡の位置や角度を適切に調整する
- 鏡療法を行う際、鏡の角度が不適切だと正しい視覚情報を提供できないため、患者の目線や姿勢に合わせた調整を行います。
8. 患者の疲労度を観察する
- 麻痺側に注意を集中させる訓練は精神的に負担がかかるため、疲労のサインを見逃さず、休息を取り入れます。
9. 触覚刺激を伴う練習を併用する
- 視覚情報だけでなく、触覚刺激(軽い圧迫や振動)を組み合わせることで、体性感覚の改善を促進します。
10. 訓練中の表情や態度を観察する
- 訓練中に患者が困惑や不安を示している場合は、難易度を下げるか別のアプローチに切り替えるなど柔軟に対応します。
これらの注意点を守りながら訓練を進めることで、患者の安全と効果的なリハビリの両立が図れます。
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