【2024年版】脳卒中患者の難しい両手動作とは?麻痺手を生活に活かすリハビリの秘訣とTransfer Packageの実践法
論文を読む前に
丸山さん(療法士):「金子先生、片麻痺患者の両手動作の訓練について悩んでいます。どんな課題が適切で、難しい課題にはどんな要因があるのか教えていただけますか?」
金子先生(リハ医):「もちろんです。まず、両手動作は脳卒中後リハビリテーションで特に重要視されるアプローチです。両手動作は、協調性、対称性、そしてタイミングといった複数の要素が関わっています。これらの要素が難易度に影響します。」
1. 両手動作の分類と難易度要因
金子先生:「両手動作は大きく2つに分類できます。それぞれの特徴と難易度を見てみましょう。」
① 協調的動作(Coordinative Movements)
- 例:ボトルを両手で持ち、キャップを開ける。
- 特性:片手がリードし、もう片手がサポートする動作。
- 難しさの要因:
- 麻痺側の筋力・可動域不足:麻痺側が支持的役割を果たす場合、動作が困難。
- 運動計画のエラー:健側の動きが速すぎると、協調性が乱れる。
② 対称的動作(Symmetrical Movements)
- 例:両手で棒を持って引っ張る。
- 特性:左右の手が同じタイミングで同じ動きを行う。
- 難しさの要因:
- 左右差:麻痺側と健側の筋活動量や可動域が一致しない。
- 運動タイミングのズレ:脳内での運動指令の同期が困難。
2. 難しい課題とその理由
金子先生:「では、片麻痺患者が難しいと感じる課題を具体的に挙げてみます。」
(1)細かな協調を必要とする課題
- 例:ボタンをかける、紐を結ぶ。
- 理由:
- 精密動作の難しさ:麻痺側の指先感覚や力加減が制限される。
- 視覚依存の増加:感覚のフィードバックが不足し、視覚情報だけに頼るため動作が遅れる。
(2)力の分配が必要な課題
- 例:両手で水を注ぐ。
- 理由:
- 健側と麻痺側の力加減の不一致により、コントロールが困難。
- 麻痺側が支持を十分にできないと、健側の過負荷を招く。
(3)非対称な動作
- 例:片手で物を持ち、もう片方で道具を使う。
- 理由:
- 役割の分離が求められ、動作計画が複雑化。
- 麻痺側が静止を保つだけでも難易度が高い。
3. 達成しやすい課題の特徴
金子先生:「反対に、患者が達成しやすい課題には以下のような特徴があります。」
(1)動作が単純で視覚的フィードバックを得やすい課題
- 例:テーブル上で両手を滑らせる。
- 理由:
- 動きが単純で、脳内での運動計画が少なくて済む。
- 視覚的な確認が容易。
(2)支持動作を含む課題
- 例:片手で物を押さえ、健側で切る。
- 理由:
- 麻痺側は静的支持に特化できるため、負担が少ない。
- 健側の動きで動作全体が成立する。
(3)道具を使わない課題
- 例:タオルを両手で握り、引っ張る。
- 理由:
- 道具の操作が必要ないため、運動計画がシンプル化する。
4. 脳科学的視点からの考察
金子先生:「ここで、脳科学的な背景も押さえておきましょう。」
麻痺側の運動に関する脳科学的背景
- 脳卒中後の変化:
- 健側運動野の過剰な活動と、麻痺側運動野の抑制(不均衡な可塑性)が生じる。
- 両手動作訓練の意義:
- 両手動作を行うと、両側の運動野が協調的に活性化し、麻痺側の神経ネットワークの再編を促進する。
ミラー神経の役割
- 両手動作は、ミラー神経系の活性化を引き起こし、麻痺側の模倣運動を促進。
体性感覚の重要性
- 感覚情報が動作の成功率に大きく寄与するため、訓練時には触覚や圧覚刺激を意識的に利用する。
5. 実際のアプローチ例
丸山さん:「金子先生、両手動作の課題を選ぶ際に、注意すべき点は何ですか?」
金子先生:「以下のような段階的なアプローチが効果的です。」
ステップ1:シンプルな対称動作から開始
- 例:タオル引き、両手でボール転がし。
- ポイント:動作の成否が一目で分かる課題を選ぶ。
ステップ2:協調性を必要とする課題に移行
- 例:瓶のキャップを開ける動作。
- ポイント:動作のタイミングをゆっくりに設定し、達成感を高める。
ステップ3:日常生活を模した非対称動作に挑戦
- 例:片手で皿を押さえ、もう片手で拭く。
- ポイント:目標を具体的に設定し、役割分担を明確化。
まとめ:新人療法士への提言
金子先生:「丸山さん、両手動作訓練では、患者の運動能力、感覚能力、認知能力を総合的に評価し、課題を調整することが重要です。」
丸山さん:「具体例や背景を丁寧にご教示いただきありがとうございました!患者さんに適した課題設定を意識して取り組みます。」
論文内容
カテゴリー
タイトル
●脳卒中軽~中等度麻痺患者の難しい両手動作とは?脳卒中患者の両手動作遂行を阻害する要因
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
●脳卒中患者の上肢練習を行う上で、どの程度の障害の方は、どのような生活場面であれば麻痺側を参加出来るのか理解することは大切である。より生活場面と上肢機能をリンクできるように学ぶため本論文に至る。
内 容
背景
●脳卒中による上肢障害を有すると日常生活動作上の特に両手動作の実行を困難にします。両手動作の遂行能力は、脳卒中リハビリテーションの重要な目標です。日常的な活動で手を使用する能力はアンケートによって客観的に評価できます。質問表を使用する利点は、個人の自己申告による日常生活の困難をよりよく理解できることです。
●脳卒中後の上肢障害は一般的であるにもかかわらず、その障害が日常生活上の手の使用時にどのような動作が難しいと認識しているかということに影響するかについては限られた報告しかありません。この研究目的は、脳卒中後に上肢の軽度から中程度の障害を有する人が行うことが難しいと感じる日常生活上の手の活動を説明し、いくつかの潜在的な要因が自分が難しいと認識することと関連付けられているかを評価することでした。
方法
●脳卒中(4〜116ヶ月)後の上肢の軽度から中程度の障害を持つ75人(男性の72%)が研究に参加しました。毎日の手の活動を行うにあたっての自身のパフォーマンスについての認識はアンケートで評価されました。毎日の手の活動を実行する認識能力と潜在的に関連する要因(年齢、性別、社会的および職業的状況、利き手・非利き手、上肢の痛み、痙性、握力、手の体性感覚、手先の器用さ、知覚された参加と人生の満足度)は線形回帰モデルによって評価された。
結果
●脳卒中後の上肢の軽度から中等度の障害を持つ人にとって困難または不可能と認識された活動は、より麻痺手の細かい手先の器用さを必要とする両手作業でした。日常生活で手を使用する能力を向上させるために、脳卒中後の上肢のリハビリテーションにおいて、器用さおよび意識的な参加(何に手を参加出来るかの自己認識)が特に重要な要素です。
●ABILHANDの項目の評価により23項目のうち8項目は実行が大変である又は不可能であると認識された。「シャツのボタンを留める」という動作を除いて、高レベルの細かい手先の器用さを必要とするものとして分類された両手作業です。参加者の多くは、胸のボタンを留めることは出来ると述べたが、袖のボタンは麻痺手で実行するのは困難または不可能でした。さらに「ジャガイモの皮をむく」は、細かい両手での器用さ(レベルC)を必要とする課題として分類されますが、参加者の大多数にとっては簡単であると考えられた。スウェーデンのジャガイモの皮むきは、ナイフではなく、特別なジャガイモの皮むきの道具を使用して行われます。
明日への臨床アイデア
片麻痺患者の両手動作訓練では、難易度を段階的に調整することが重要です。以下に、初期から応用までの具体的な手順を示します。各ステージで患者の能力に応じた調整を行い、成功体験を積み重ねていくことを目指します。
ステージ1:準備期(基礎能力の向上)
目的
- 麻痺側の可動域の確保と筋活動の促進。
- 健側と麻痺側の動作認知を高める。
具体的な練習方法
-
パッシブな動作練習
- 例:リハビリスタッフが患者の麻痺側を支えながら、テーブル上で円を描く。
- 目的:動作パターンを脳に入力する(運動イメージの構築)。
- 注意点:患者が過度な疲労を感じないように配慮。
-
視覚的フィードバックを伴うタスク
- 例:鏡を使い、麻痺側の動きを視覚的に補強。
- 目的:ミラー神経系を活性化させ、動作の模倣を促進。
-
簡単な体幹安定化訓練
- 例:座位で両手を軽くテーブルに置き、左右に体重移動を行う。
- 目的:両手の参加を促進し、体幹安定性を高める。
ステージ2:基本期(対称的な動作練習)
目的
- 両手での協調性と対称的な動作パターンの学習。
- 健側と麻痺側の動きのバランスを意識する。
具体的な練習方法
-
テーブル上での滑らせ動作
- 例:タオルやボールを両手で押し、前後や左右に滑らせる。
- 目的:対称的な動作を通じ、協調性を改善。
- 難易度調整:動作スピードを調整、タオルの滑りやすさを変える。
-
簡単な持ち上げ動作
- 例:軽い棒を両手で持ち上げ、上下運動を行う。
- 目的:両手での負荷共有を体験させる。
- 注意点:麻痺側の力の分担が十分にできない場合、負荷を軽減。
-
日常生活を模倣した動作
- 例:両手で雑誌を開く。
- 目的:麻痺側が補助的な役割を担う経験を増やす。
ステージ3:応用期(非対称的・実用的な動作練習)
目的
- 麻痺側と健側の異なる役割を分担する能力を養う。
- 日常生活動作(ADL)に必要な動作を強化。
具体的な練習方法
-
非対称的な動作
- 例:麻痺側で紙を押さえ、健側でペンを使う。
- 目的:役割分担を明確にし、動作の成功体験を積む。
- 難易度調整:紙の固定力やペンの太さを変える。
-
生活場面を意識した動作
- 例:麻痺側で皿を押さえ、健側で食器を洗う。
- 目的:両手を使用した日常生活動作への適応。
- 注意点:麻痺側の負担が過大にならないよう配慮。
-
協調的な道具操作
- 例:両手でペットボトルを持ち、キャップを回す。
- 目的:麻痺側の安定性と健側の動作を連携させる。
- 難易度調整:ペットボトルのサイズやキャップの硬さを調整。
ステージ4:統合期(多課題訓練)
目的
- 日常生活の中で両手を効率的に使う能力を統合的に向上させる。
- デュアルタスクや状況適応力を高める。
具体的な練習方法
-
複雑な道具操作
- 例:両手でトレイを運び、コップを配置する。
- 目的:バランス感覚と動作の精密さを向上。
- 難易度調整:トレイの重さや配置する物の数を増減。
-
デュアルタスク訓練
- 例:片手で玉を掴む作業をしながら、もう片手でペンを動かす。
- 目的:複数タスクに対する注意分配を養う。
- 注意点:過度な負荷を避け、段階的にタスクの難易度を上げる。
-
実際の生活シミュレーション
- 例:調理シーンを再現し、食材を両手で扱う。
- 目的:動作の習得を生活の質(QOL)の向上に結び付ける。
ポイントと注意事項
- 個別性の重視:患者の体力、麻痺の程度、認知能力に応じて課題を選択する。
- 成功体験の重視:難易度を段階的に調整し、達成感を持たせる。
- 脳科学的裏付け:ミラー神経系の活性化や神経可塑性の促進を意識しながら訓練を進める。
- 安全確保:麻痺側が負担過多にならないよう、健側で補助する仕組みを取り入れる。
これらの練習方法を段階的に進めることで、片麻痺患者が両手動作のスキルを高め、日常生活での自立度が向上します。
新人療法士が片麻痺患者の麻痺手をADLに参加させるためのポイント
片麻痺患者の麻痺手を日常生活で使えるようにするために、リハビリテーションの中での「トランスファーパッケージ(Transfer Package)」を効果的に活用することが重要です。これは、患者が麻痺手を使用することをサポートする一連の介入・方法のセットを指します。以下に、その具体的なポイントを挙げます。
1. 患者の麻痺手の評価と目標設定
- まず、患者の麻痺手の現状を評価し、使用可能な動作や機能を明確に把握します。その上で、患者と共に麻痺手をどのように使えるようにするかの具体的な目標を設定します。
2. 麻痺手の意識向上のための訓練
- 麻痺手の存在を意識させるために、患者が麻痺手を使おうとする意図を高める訓練を行います。例えば、鏡を使った鏡療法や視覚的フィードバックを活用して、患者が麻痺手を意識的に動かすよう促します。
3. 反復的な動作訓練
- 麻痺手を積極的に使うためには反復が重要です。手を使う動作(例:物をつかむ、押す、指を動かす)を繰り返し行うことにより、運動学習を促進します。最初は簡単な動作から始め、徐々に複雑な動作に進めます。
4. アクティブアシストによる支援
- 麻痺手が完全に自立できない場合、最初は健側手で支援を行い、麻痺手に動きを促します(アクティブアシスト)。その後、麻痺手の筋力や可動域が向上してきたら、支援を減らしていきます。
5. 自助具や補助具の活用
- 麻痺手をサポートするために、適切な自助具や補助具(例えば、指をサポートするデバイスや、手を固定するスリングなど)を使って、患者が自力で手を使えるように補助します。
6. 環境調整
- 日常生活の中で麻痺手を使いやすくするため、患者の生活環境を調整します。例えば、食事中に麻痺手が使いやすいように器具の配置を工夫したり、日常動作で麻痺手が活用できるような空間づくりをします。
7. 麻痺手の感覚刺激
- 麻痺手の感覚を活性化させるために、手に対して軽い触覚刺激や温冷刺激を行います。これにより、感覚の認識を促進し、手を意識的に使いやすくします。
8. 心の支援とモチベーション管理
- 麻痺手を使う過程で、患者はしばしば挫折感を感じることがあります。患者の心理的なサポートを行い、ポジティブなフィードバックを与え、モチベーションを維持できるようにします。
9. 家族や介護者との連携
- 家族や介護者に麻痺手を使うためのサポート方法や訓練を伝え、日常生活の中で患者を支援する体制を整えます。自宅での訓練や麻痺手を使う機会を増やすために、家族の協力を得ることが大切です。
10. 生活場面でのシミュレーション訓練
- 麻痺手を使う機会を増やすため、日常生活のシミュレーション訓練を行います。例えば、食事、着替え、掃除など、実生活で実際に麻痺手を使う訓練を行うことで、自然に麻痺手を活用する習慣をつけます。
これらのポイントを組み合わせて、患者が麻痺手を積極的に使えるようにサポートし、日常生活での機能を最大化することが目標となります。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
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STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)