【2024年版】退院後の下肢装具使用状況:脳卒中患者の不使用原因と効果的なアプローチ
脳卒中患者の装具非装着の理由を多角的に考える ~新人療法士向け講義~
登場人物
- 金子先生:リハビリテーション専門医。新人指導が得意。
- 丸山さん:新人療法士。装具について臨床的な課題を感じている。
シーン
リハビリテーション室の一角、装具が並ぶ棚の前
金子先生は、装具の非装着に悩む丸山さんに、実際の臨床でよくある理由を様々な視点から解説することになった。
講義開始
丸山さん
「金子先生、先日、脳卒中後の患者さんが装具を購入したんですが、『もう使っていない』と言われてしまいました。どうしてせっかく作った装具を装着しなくなるんでしょうか?」
金子先生
「いい質問だね、丸山さん。この問題は多くの療法士が直面するものだよ。装具の非装着理由を考えるとき、身体的、心理的、環境的要因など、複数の視点から分析する必要があるんだ。それぞれの側面を具体的に説明しよう。」
1. 身体能力の変化や適合性の問題
金子先生
「まずは身体能力について考えよう。装具が合わなくなる理由として、以下のようなことが挙げられる。」
-
筋力や歩行能力の変化
- 患者がリハビリを進める中で、筋力や可動域が向上すると、装具が過剰サポートになることがある。
- 反対に、廃用性萎縮や麻痺の悪化で、装具が対応しきれなくなる場合もある。
-
装具自体の不適合
- 初期フィッティングが不十分だったり、使用中に浮腫や体型変化が生じると、痛みや不快感が発生する。
- 例: 足部の浮腫で装具が締め付けられ、皮膚損傷を引き起こすリスク。
-
疼痛の増加
- 装具装着時の関節痛や圧迫感が非装着の理由になる。特に脳卒中後の慢性疼痛がある患者では注意が必要だ。
2. 心理的要因
金子先生
「次に心理的な面だ。この側面は見落とされがちだけど、実は非常に重要なんだよ。」
-
自己イメージとのギャップ
- 装具を装着することで「障害者らしく見える」と感じ、装着を避けるケースがある。
- 特に外出時に装具を外してしまう患者も多い。
-
動機づけの低下
- 患者が装具に対して「面倒くさい」「効果を感じない」と思うと、使用頻度が落ちる。
- 【対策】: 使用目的と効果を定期的に共有し、患者の理解を深める。
-
心理的負担や抑うつ
- 装具を使うこと自体が「病状の固定化」を感じさせ、意欲を低下させる場合もある。
3. 介護や環境的な要因
金子先生
「装具の使用は患者だけの問題じゃない。介護者や環境の影響も大きいんだ。」
-
介護者の負担
- 介護者が装具の装着を手伝うのに時間がかかり、介護負担が増大する。
- 結果として、装具を省くことで介護を簡略化しようとする場合がある。
-
装具の管理が難しい
- 日常生活の中で装具の清掃や保管が難しく、使用を諦めるケース。
- 【対策】: 取り扱いが簡便な設計や、管理方法の指導が必要。
-
環境との不適合
- 装具が日常生活の動作(階段昇降や車椅子移乗)に適合しないと、患者は使用を避ける傾向がある。
- 【例】: 転倒防止のための装具が、かえって狭い廊下での動作を制限する。
4. 装具に関する教育不足
金子先生
「丸山さん、装具の効果や使い方を患者が理解していない場合もよくあるよ。」
-
装具の装着方法の習得不足
- 患者が装着に手間取ることで、使わなくなることがある。特に指導が不足すると、装具の使用頻度が下がる。
-
装具の目的が曖昧
- 患者が装具の役割や目標を理解していないと、モチベーションが低下する。
- 【解説】: 言葉だけでなく、写真や動画を使って装具の効果を説明すると効果的。
5. 経済的な理由
金子先生
「最後に、装具の費用やメンテナンス費用も考えよう。」
-
追加費用の発生
- 装具の修理や交換にかかる費用が負担になることがある。
- 【対策】: 保険制度や助成金の活用を提案。
-
安価な代用品への移行
- サポート感は弱いが、簡易な装具やサポーターで代用することを選ぶ場合もある。
講義のまとめと臨床応用
金子先生
「これらの要因を整理し、患者ごとに対応策を考えるのが療法士の役割だね。丸山さん、装具の非装着理由を把握するには、以下のポイントを押さえてみよう。」
- 患者や介護者から非装着理由を具体的にヒアリングする。
- 身体的な要因と心理的な要因を分けて評価する。
- 装具の目的と使用方法を定期的に再確認し、理解を深めてもらう。
- 必要に応じて装具技師や医師、介護者と連携する。
丸山さん
「ありがとうございます、先生!多角的な視点で患者さんと向き合うことが大事なんですね。早速、今回の患者さんに聞き取りをして、使いやすい方法を一緒に考えてみます!」
論文内容
カテゴリー
タイトル
●脳卒中患者の装具不使用の理由とは?
●原著はThe regularity of orthosis use and the reasons for disuse in stroke patientsこちら
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
●患者からよく「装具は本当は付けたくない」「家帰ったら外すと思う」「何で履くのかわからない」という声を聞いた事がある。患者が装具を使用しない理由を把握しておき、対処していくことが重要と感じ本論文に至る。
内 容
背景
●装具と歩行補助具は、歩行を容易にするために脳卒中のリハビリテーションで頻繁に使用されます。研究目的は装具使用することに決定した脳卒中患者の装具不使用の理由を説明することでした。
方法
●研究には、過去6か月間に当クリニックから退院した64人(男性43人、女性21人)の亜急性期脳卒中患者が参加しました。臨床的所見、提案された装具および歩行補助具、提案された装具の使用頻度、不使用の理由、および歩行レベルが記録されました。
結果
●装具の使用頻度は、38人(59.4%)の患者で毎日、7人(10.9%)の患者で週に1〜7回でしたが、19人(29.7%)は使用しませんでした。
●装具の不使用の理由は、7人(27%)の患者で不要、6人(23%)の患者で使用困難、5人(19.2%)の患者で圧迫感、5人(19.2)で生活を楽にしなかったという意見でした。
●装具の使用頻度に関する唯一の重要な臨床的要因は、下肢のBrunnstrom Stageでした。
●装具は、患者がその効果を実感していないと手間に感じるものである。患者と装具を付ける理由や効果を共有し実感して頂くことで長く装具を使用して頂けると思う。患者が置いてけぼりにならないように、療法士は注意したいところである。
明日への臨床アイデア
脳卒中患者が下肢装具を継続的に使用するためには、患者個々の身体的、心理的、社会的な背景を考慮しながら、退院前後で一貫したサポートを行うことが重要です。以下に、具体的な関わり方を示します。
1. 退院前:装具使用の基盤を整える
(1) 装具の目的とメリットを繰り返し説明する
- 患者に装具の役割を明確に説明し、使用することの利点を理解してもらいます。
- 例:「装具をつけることで転倒リスクが減り、安全に歩けます。」
- 日常生活の中での具体的なメリットを患者と一緒に見つける。
(2) 自立した装着・脱着の練習
- 退院前に患者自身が装具を自立して装着・脱着できるよう指導します。
- ステップ別指導法
- 動作を分解して説明(例:ベルトの締め方、足の固定方法)。
- 患者が実際に行い、療法士がサポートしながら修正。
- 繰り返し練習し、患者が自信を持てるようにする。
- ステップ別指導法
(3) 患者の身体状況に合ったフィッティングを確認
- 装具が浮腫や皮膚状態に適合しているかを確認します。
- 必要に応じて装具技師と連携し、フィッティングの微調整を行います。
(4) 家族や介護者への指導
- 家族や介護者にも装具の装着・脱着方法を教えます。
- ポイント: 患者への過干渉を防ぎ、自立を支援する姿勢を持つこと。
2. 退院直後:フォローアップを重視
(1) 装具装着の継続を確認する定期的な連絡
- 電話や訪問リハビリを通じて、装具の使用状況を確認します。
- 質問例:
- 装具をつけるときに痛みや違和感はありませんか?
- 装具が日常生活にどう役立っていますか?
- 質問例:
(2) 早期トラブルの解決
- 装具による皮膚トラブルや装着感の不快感が報告された場合、早急に対応します。
- 必要に応じて、装具技師や主治医に相談し調整を行う。
(3) 実生活での使用シナリオを共有
- 患者の日常生活における装具の使用例を具体的に提示します。
- 例:「買い物に行くときだけ装具を使ってみましょう。」
- 小さな成功体験を重ねることで装具への抵抗感を減らします。
3. 長期的な視点での支援
(1) 装具の使用目的を再確認
- 定期的に装具の役割を振り返り、患者の状態に応じた目標を再設定します。
- 例:「装具なしで歩ける日を目指して、今は安全に装具を使いましょう。」
(2) 心理的な支援
- 装具使用に関する心理的負担(例:外見への抵抗感や依存感)を理解し、患者の気持ちに寄り添います。
- 具体的な声かけ例:
- 「装具はあなたが生活を安全に過ごすためのツールです。」
- 「これは一時的な補助であり、リハビリを進めるための一歩です。」
- 具体的な声かけ例:
(3) 自立を促すステップアッププラン
- 装具を段階的に軽量化したり、使用頻度を調整するなど、患者の自立を促すプランを提供します。
(4) 地域資源の活用
- 地域のリハビリ施設や装具相談会などを紹介し、継続的な支援を受けられる環境を整えます。
4. 装具使用のモチベーションを高める工夫
(1) 患者の成功体験を強調
- 装具を使うことで得られたポジティブな経験を共有します。
- 例:「装具を使って外出できたとき、周りの人に褒められたんですね!」
(2) 使用状況の記録を提案
- 装具の装着日や使用時間を記録する習慣を促します。これにより患者自身が装具の効果を実感しやすくなります。
5. チームアプローチの活用
(1) 多職種連携の重要性
- 医師、装具技師、看護師、ケアマネージャーと連携し、患者を包括的にサポートします。
- 【例】装具技師が定期的に訪問して微調整を行う。
(2) 家族会や装具ユーザーのコミュニティへの参加
- 他の装具使用者と交流することで、使用意欲を高めることが期待されます。
まとめ
脳卒中患者が装具を継続的に使用するには、退院前の基盤作り、退院後の定期的なフォローアップ、患者自身のモチベーション向上、そして多職種連携が欠かせません。患者個々の状況に合わせた柔軟な対応を心がけ、装具が「患者の生活を支えるツール」として自然に受け入れられるようサポートすることが重要です。
新人療法士が装具作成に関わる9際のポイント
新人療法士が脳卒中患者に下肢装具の処方に関わる場合には、患者の身体的・心理的状態を的確に把握し、日常生活やリハビリ目標を考慮する必要があります。以下は、上記以外の注意点やコツを挙げます。
1. 患者の日常生活の動線を把握する
- 注意点: 患者の生活環境(自宅の段差、トイレの広さ、屋外の散歩道など)を詳しく確認します。
- コツ: 動線をシミュレーションし、どのような装具が生活に最適かを検討する。例えば、屋外中心なら歩行安定性を優先、室内中心なら軽量さを優先。
2. 患者の筋力回復や可動域改善の進捗を考慮する
- 注意点: 装具が患者の運動機能を妨げないか確認します。特に、過剰な固定は筋力低下や廃用症候群につながる可能性があります。
- コツ: 初期は固定力の高い装具を選びつつ、リハビリ進捗に応じて柔軟性の高い装具に変更する計画を立てる。
3. バランス評価を基に装具の設計を検討
- 注意点: バランス能力に応じた装具の選択を行います。過度な安定性を提供するとバランス能力を発揮する機会を失う可能性があります。
- コツ: リハビリで得られるバランス能力を活かせる装具を提案。例えば、動的なバランスを鍛えたい場合は、可動性のある足関節装具を選択。
4. 装具使用による代償動作を観察する
- 注意点: 装具が原因で代償的な歩行動作(例:膝の過伸展や骨盤の過剰回旋)が生じないか確認します。
- コツ: 初装着時に歩行観察を実施し、代償が出た場合は装具技師と調整を検討。
5. 静的姿勢だけでなく動的な動作も評価する
- 注意点: 装具が立位だけでなく歩行や階段昇降などの動作に適応するか確認します。
- コツ: テスト歩行時に患者がどのような体重移動を行っているかを観察し、必要に応じて追加サポートを装具に組み込む。
6. 疼痛や違和感に対する患者の感覚を尊重する
- 注意点: 患者が疼痛や圧迫感を訴えた場合、軽視せずに迅速に対応します。
- コツ: フィッティング中に患者へ細かく感想を聞き、圧力のかかりやすい箇所を確認。装具内クッションの追加などで調整可能。
7. 既往歴や併存疾患を考慮する
- 注意点: 糖尿病や循環器疾患がある場合、浮腫や皮膚トラブルが発生しやすいことを考慮します。
- コツ: 浮腫管理が可能な設計(伸縮性素材を使用する装具や調整可能なストラップ)を採用する。
8. 患者の心理的負担を軽減する
- 注意点: 装具装着による見た目の変化や依存感が患者の心理的負担になる可能性があります。
- コツ: 「装具はリハビリの一部であり、卒業する日を目指す」といった前向きな説明を行い、患者の安心感を高める。
9. 装具が目標とする歩行パターンを強化できるか検討
- 注意点: 装具が患者の理想的な歩行パターンを促進するように選択します。
- コツ: 必要に応じて、装具使用後の歩行トレーニングを計画し、目標とするパターンを定着させる。
10. 定期的な装具メンテナンスの重要性を伝える
- 注意点: 装具が摩耗したり、患者の身体が変化して装具が合わなくなることがあります。
- コツ: 「3~6か月ごとに装具技師に調整を依頼する必要がある」など、メンテナンスの重要性を強調します。
まとめ
新人療法士が下肢装具を処方する際は、患者一人ひとりの身体的・心理的な特徴や生活環境を包括的に考慮し、患者の成長を支える視点で装具選定と指導を行うことが大切です。また、装具使用後の観察やフォローアップも忘れずに行い、患者が装具を最大限活用できるよう支援します。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)