【2024年版】脳卒中患者の歩行時の杖の「ライトタッチ」の重要性と正しい使い方、効果的なトレーニング法とは?
論文を読む前に
論文内容
カテゴリー
タイトル
●トレッドミル訓練時の歩行能力とライトタッチの関係性
●原著はThe contribution of light touch sensory cues to corrective reactions during treadmill locomotionこちら
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
●歩行練習では手すりや杖に力が入りすぎてしまう方は多い。手すりをしっかり握る場合とライトタッチで練習する場合でどの程度身体活動が変わるのか学びたく本論運に至る。
内 容
背景
●上肢は、バランスを回復するための多くの動作レパートリーがあります。上肢は摂動によって引き起こされた重心の変化量を散らすために作用したり、転倒を阻止するために保護的な役割(保護伸展反応)を果たしたり、近くにある安全な手すりに手を伸ばしたりすることができます。
●上肢は、バランス調整において直接的な役割だけでなく、間接的な役割も果たしています。例えば、腕を胸の前で軽く折り曲げたり、背中に置いたりして腕の動きを制限すると、下肢の筋肉の反応の振幅が増幅されます。逆に、安定した手すりを握ると、歩行時の下肢筋の反応が抑制されます。
●軽いタッチが姿勢に与える影響は、広範囲にわたって研究されています。立っているときに、安定した接触面に人差し指で軽く触れると、体の揺れが大幅に減少し、この効果は視覚がないときに強くなることが示されています。
●上肢は歩行中のバランス調節に重要な役割を果たします。姿勢制御に及ぼす軽いタッチの影響が注目されています。立位にて安定した手すりなどに軽く触れると、体の揺れが大幅に減少し、姿勢の摂動に対する姿勢調節反応が向上します。一方、歩行中のライトタッチにより被験者は目を閉じたままトレッドミル上を歩き続けることができます。
●手からの感覚的な手がかりが下肢の反応を調整し、歩行中に身体にもたらされる不穏な摂動に対するバランスをとると仮定し、本研究ではこれを調査することとしました。
方法
●テストでは被験者は歩きながら上図のように定期的に腰を後ろに引かれ(後方重心)トレッドミル上を歩きました。4つのテスト条件で比較しました。手は(a)ライトタッチまたは(b)接触なし、目は(c)開眼(d)閉眼条件で比較しました。
結果
●被験者が手すりに触れるとトレッドミル歩行時の体の前後の動揺が減少し、歩行を妨げる過度な前脛骨筋とヒラメ筋活動はなく、むしろ減少しました。対照的にタッチの提供は被験者が閉眼し歩いたときにより明白で、後方摂動の際の前脛骨筋における反応の振幅の増加をもたらしました。
●これらの結果は、ライトタッチが歩行中の体の安定をサポートする感覚的な手がかりを提供することを示しています。さらに、ライトタッチによって提供される感覚情報は、歩行中に遭遇するバランス障害によって開始されるバランス反応の調節に貢献します。
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明日への臨床アイデア
脳卒中患者の杖のつき方の指導方法:具体的手順
杖のつき方の指導は、患者の身体能力やバランス能力に応じて段階的に行います。以下の手順を参考にしてください。
ステップ1:初期評価と杖の準備
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身体評価
- 麻痺側の筋力、可動域、バランス能力を評価します。
- 手の握力や健側上肢の運動範囲も確認します。
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杖の選択
- 患者に適した杖(T字杖やロフストランドクラッチなど)を選びます。
- 高さは、患者がリラックスした状態で腕を下げたとき、肘が15~20度曲がるように調整します。
ステップ2:杖の基本的な使い方の指導
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杖の持ち方
- 健側の手で杖を握らせます(原則として麻痺側と反対)。
- 手の位置はリラックスした状態で、肩や肘に負担をかけないよう調整します。
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杖のつく位置の確認
- 足の外側約15cm、前方約20cmの位置につくように指導します。
- 体幹が大きく傾かないことを確認します。
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タイミングの練習
- 麻痺側の足と杖を同時に床につける練習を行います。
- 口頭指示やリズム音を活用して歩行リズムを作ります。
ステップ3:応用練習と調整
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スムーズなリズム作り
- 歩行練習では、「杖、麻痺側の足、健側の足」という順序を明確に伝えます。
- リズムが乱れる場合は、メトロノームを使用してタイミングを安定させます。
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杖の支持力を軽減する練習
- 「ライトタッチ」の感覚を意識させるため、杖を軽く触れる程度で歩行させます。
- 杖への体重をかけすぎていないか確認します。
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環境調整
- 初めは平坦な室内で練習し、慣れてきたら段差や屋外環境でも歩行練習を行います。
杖を使用しないリハビリ訓練の臨床アイデア
杖の使用を補完するため、杖なしで行う訓練も重要です。以下は、杖なしで行えるリハビリ訓練の具体例です。
1. バランス練習
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方法
- 安全なバーや壁の近くで、左右交互に重心移動を行います。
- 麻痺側に重心を乗せる感覚を意識させます。
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目的
- 体幹バランスと麻痺側下肢の荷重能力を向上させます。
2. 分離運動の練習
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方法
- 座位で足を前後にスライドさせる練習を行います(健側と麻痺側を交互に動かす)。
- 立位では、麻痺側の膝を軽く曲げて体重を乗せる練習を加えます。
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目的
- 麻痺側下肢の運動制御とバランス能力を強化します。
3. ステップ練習
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方法
- 平らな場所で、麻痺側の足を前方に出して体重をかける練習を行います。
- 体幹が前方に倒れすぎないよう注意します。
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目的
- 歩行時の麻痺側の足の動きと体重移動をスムーズにします。
4. 視覚フィードバックを活用した歩行練習
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方法
- 鏡の前で歩行練習を行い、患者が自分の体の動きを視覚的に確認します。
- 歩幅や足の位置を意識させます。
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目的
- 自己修正能力を高め、正確な歩行パターンを習得します。
5. 触覚フィードバックを利用した訓練
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方法
- 麻痺側の足に軽い荷重を加える練習(柔らかいクッションやバランスディスクを使用)を行います。
- 地面との接触感覚を意識させます。
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目的
- 感覚入力を強化し、麻痺側の足への意識を高めます。
6. リズム感覚を高める歩行訓練
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方法
- メトロノームや音楽を使用し、一定のリズムで歩行する練習を行います。
- 初めはゆっくりとしたリズムから始め、徐々に速度を上げます。
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目的
- 歩行リズムを安定させ、スムーズな歩行パターンを形成します。
7. 歩行シミュレーション練習
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方法
- 坐位で足を交互に動かしながら、歩行のタイミングをシミュレートします。
- 上肢の振りも同時に行い、全身の協調性を高めます。
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目的
- 歩行に必要な全身の協調運動を向上させます。
まとめ
杖歩行の指導は、患者の身体機能と歩行パターンに基づいて、段階的かつ個別に調整することが重要です。また、杖を使わない訓練を取り入れることで、患者の自立度とバランス能力をさらに向上させることができます。これらを組み合わせて、患者にとって最適なリハビリを提供しましょう。
杖に力を入れすぎてはいけない理由とは?
杖を使用する際、過剰に力を入れてしまうことは、短期的にも長期的にも患者の身体やリハビリ効果に悪影響を及ぼします。1
1. 疲労の観点
問題点
杖に過剰な力を加えることで、肩・腕・手首の筋肉が不要に緊張し、持続的に負担がかかります。これにより、特に以下の疲労が発生します:
- 局所疲労
長時間の杖使用で上肢の筋肉(肩甲帯、上腕三頭筋、前腕屈筋群など)が疲労しやすくなる。 - 全身疲労
杖に頼りすぎることで、下肢や体幹筋の使用が減り、全身の代謝効率が低下します。
影響
疲労によりリハビリセッションの継続が難しくなり、リハビリ全体の効果が低下する可能性があります。また、疲労した筋肉は反応速度が遅くなり、急な状況変化に対応しにくくなるため、転倒リスクが増加します。
2. 転倒・バランスの観点
問題点
杖に体重をかけすぎると、以下のような問題が生じます:
- 重心の不安定化
杖に依存することで、歩行中に重心が杖の位置に偏り、本来の安定した支持基底面が損なわれる。 - タイミングのずれ
歩行中、杖の接地タイミングが体幹や下肢の動きと一致しない場合、体の揺れが大きくなります。
影響
杖への過度の依存は、歩行中の不安定性を増大させ、転倒のリスクを高めます。また、バランスを崩した際に杖が支えきれないと、転倒時の怪我が重篤化する恐れがあります。
3. 姿勢偏位の観点
問題点
杖を強く握り、力をかけて歩行することで、以下のような姿勢偏位が起こりやすくなります:
- 側方への傾き
健側に杖を持つ場合、体幹が杖側に傾くことで、腰椎や骨盤のアライメントが崩れます。 - 回旋変位
杖を使うことで肩甲帯が前方に過剰に回旋し、脊柱全体のアライメントが歪む。
影響
姿勢偏位が長期間続くと、慢性的な筋・関節の負担増加や二次的な障害(腰痛、肩の痛み、膝の負担増)が発生する可能性があります。
4. 身体の弱化の観点
問題点
杖に力を入れすぎると、本来のリハビリ目的である「麻痺側下肢の荷重練習」や「体幹筋の強化」が不十分になります。
- 麻痺側下肢の未使用
杖に頼りすぎることで、麻痺側下肢に適切な負荷がかからず、筋力低下が進行します。 - 体幹筋の抑制
バランスを杖に依存すると、体幹筋が十分に働かず、弱化が進む。
影響
身体全体の機能低下につながり、最終的には自立歩行の可能性が遠のく恐れがあります。
杖の適切な使用方法を指導するためのポイント
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杖への負荷を最小限に
- 指導時、「ライトタッチ」を目標に設定し、杖がバランス補助の道具であることを強調します。
- 練習では、患者の杖使用に関する力加減を触覚的または視覚的に評価し、適切な力加減を指導します。
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杖と足の動きの協調性を重視
- 歩行時に杖の接地タイミングと足の動きを一致させるように、口頭指示やリズム練習を行います。
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杖なし練習を併用
- 杖を使わない状態でのバランス訓練や荷重練習を並行して行い、杖依存を防ぎます。
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筋力と体幹安定性の向上を優先
- 麻痺側下肢や体幹筋のトレーニングを強化し、杖なしで歩行する能力を段階的に向上させます。
まとめ
杖に過剰に力をかけることは、患者の身体に多くの悪影響を及ぼし、リハビリの進展を妨げる可能性があります。患者が杖を適切に使用できるよう、疲労や姿勢偏位のリスクを考慮した指導とトレーニングを計画的に進めることが重要です。また、杖なしでの練習を組み合わせることで、患者の自立を促進し、全身機能の改善を目指すべきです。
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)