【2025年問題】日本のリハビリテーション最前線 医療保険vs介護保険の違いは?
日本では世界に先駆けた高齢社会が進行しており、2025年には団塊の世代が75歳以上になる「2025年問題」が本格化します。その中で、身体機能や生活動作を支えるリハビリテーションは医療と介護の両面で極めて重要な役割を果たしています。急性期病院から在宅まで、どのようにリハビリサービスが提供され、どの保険で支援を受けるのかは、意外と複雑で分かりにくいもの。そこで本記事では、2025年時点の最新情報を踏まえつつ、日本のリハビリテーションを支える医療保険制度・介護保険制度の仕組みや改定ポイント、利用者や医療機関・行政への影響などを分かりやすく解説します。
1. リハビリテーションと保険制度の基礎
1-1. 医療保険と介護保険が担うリハビリの違い
日本ではリハビリを「医療保険(健康保険)」と「介護保険」の二本柱で支えています。大まかな役割分担は次のとおりです。
-
医療保険(健康保険)
- 主に急性期・回復期のリハビリに適用
- 病院や診療所で行われ、脳卒中後の麻痺や骨折後の機能回復、呼吸・心臓疾患のリハビリなどが該当
- 「疾患別リハビリテーション料」として診療報酬で評価され、日数上限(標準算定日数)が設けられている
-
介護保険
- 主に維持期・在宅期のリハビリを担当
- 訪問リハビリや通所リハビリ(デイケア)など、要介護高齢者の生活機能維持・自立支援が中心
- 要介護認定を受けた方が1~3割負担で利用でき、生活期リハに大きく貢献
1-2. 急性期から維持期までの流れ
リハビリは、病気やけがの急性期(発症直後)から回復期(集中訓練期)、そして維持期・在宅期(長期的に機能を維持して生活を続ける段階)まで続きます。急性期・回復期は医療保険を使って病院で集中的にリハビリを行い、その後、退院して状態が安定したら介護保険のリハビリサービス(訪問リハ・通所リハなど)へ移行する形が基本です。
この「医療 → 介護」への移行がスムーズに進むかどうかが、リハビリ継続と生活の質に直結するため、近年は制度面でも連携強化が進んでいます。
2. 2024年度改定が影響する2025年の最新ポイント
2024年度の診療報酬・介護報酬改定は、2025年を見据えた地域包括ケアシステムの再構築として大きな節目となりました。ここでは改定内容のうち、リハビリ分野に関わる主要ポイントをまとめます。
2-1. 診療報酬(医療保険)の主な改定
-
急性期リハビリ強化
- 入院後48時間以内にリハビリ・栄養・口腔ケアを一体的に管理する加算が新設
- 廃用症候群の予防や早期離床を促し、寝たきりリスクを軽減
- 土日を含めたリハビリ提供体制整備が求められ、病院現場のマルチタスク化が進む
-
回復期リハビリテーション病棟の質向上
- FIM(機能的自立度評価表)の定期的測定が義務化
- 一部加算の再編(体制強化加算の廃止・基本報酬への統合)で収入構造が変化
- 社会福祉士や管理栄養士との連携強化が重視され、チーム医療の質を評価
-
慢性期(療養病棟)でもリハビリ推進
- 療養病棟入院基本料内で、リハ提供や経口摂取支援を充実させる見直し
- 廃用症候群や褥瘡予防を徹底し、在宅復帰を諦めない体制づくり
2-2. 介護報酬(介護保険)の主な改定
-
医療から介護へのリハ計画引き継ぎ
- 退院時に医療機関のリハ計画書を必ず受け取り、介護保険側の計画とつなぐことが義務化
- 退院前カンファレンスに介護のリハスタッフが参加すると加算(退院時共同指導加算)が新設
- 切れ目ないリハビリ提供が可能になり、在宅移行の不安を軽減
-
通所リハビリの質的向上
- リハビリマネジメント加算の段階評価を拡充
- 個別訓練の目標設定や定期的なモニタリングを徹底し、漫然としたサービスを抑制
-
訪問リハビリの報酬調整
- 長期利用による減算ルールの適正化
- 主治医意見書やリハ計画書の連携を強化
- 在宅でのリハビリ継続をより実態に即して評価
これらの改定を通じて「医療(急性期・回復期)と介護(維持期・在宅)」の垣根をなくし、患者・利用者の状態に合わせてスムーズにリハビリが継続される仕組みが一段と整いつつあります。
3. 急性期・回復期・維持期・在宅リハの概要と具体例
リハビリは大きく4つのステージに分けられます。各ステージで利用できる保険やサービス内容が変わるため、以下に概要を整理します。
-
急性期リハビリ
- 対象: 病気・けがの発症直後、治療中の入院患者
- 目的: 廃用症候群の予防、基本的ADL(食事・排泄・移動など)の維持
- 保険: 医療保険
- 特徴: 病状を安定させながら離床やベッド上運動を開始。早期介入が推進され、入院後48時間以内にリハ評価を実施する施設も多い
-
回復期リハビリ
- 対象: 病状が安定し、機能回復を集中して行う時期
- 目的: 自立度向上、在宅復帰の準備
- 保険: 医療保険(回復期リハビリテーション病棟など)
- 特徴: 1日数時間のリハビリを連日提供し、脳卒中後や骨折後のADL向上を図る。2024年度改定でFIM測定が義務化され、アウトカム管理がより厳密に
-
維持期リハビリ
- 対象: 回復期を終えてある程度機能が向上し、日常生活を送れる段階
- 目的: 機能低下防止、QOL維持・向上
- 保険: 主に介護保険(要介護認定者)
- 特徴: 訪問リハや通所リハを活用し、歩行訓練や自主トレ指導を継続。医療保険の標準日数制限を超えた方は介護保険サービスに移行することが多い
-
在宅リハビリ(生活期リハビリ)
- 対象: 自宅や地域で生活する要介護高齢者など
- 目的: 日常生活動作の維持、社会参加の支援
- 保険: 介護保険が中心(要支援1-2や要介護1-5の方)
- 特徴: 訪問リハ職員が自宅を訪問して住環境に合わせた訓練を行ったり、デイケア(通所リハ)で集団体操・個別機能訓練に取り組んだりする
4. 医療保険 vs 介護保険:リハビリ内容と利用手続きの比較
リハビリに対する給付内容や費用負担は、医療保険と介護保険で異なる部分があります。以下の比較表にまとめました。
#table
医療保険(健康保険) | 介護保険 | |
---|---|---|
主な対象者 | 病気や外傷の治療過程でリハビリが必要なすべての人(一般被保険者、高齢者など) ※要介護認定の有無は問わないが、要介護認定者は標準日数経過後の外来リハ算定が原則不可 |
要介護または要支援認定を受けた高齢者・障害者など (要介護1〜5、要支援1〜2) |
適用範囲 | 急性期~回復期の集中的なリハビリ (脳卒中リハ、運動器リハ、心大血管リハ等) |
維持期・在宅期のリハビリ (訪問リハ、通所リハ、介護老人保健施設での入所リハなど) |
自己負担割合 | 原則3割(現役世代) 70~74歳は2割(一定所得以上は3割)、75歳以上は1割(一定所得以上は2or3割) |
原則1割(一定以上の所得者は2割 or 3割) 要介護度に応じた支給限度額の範囲内で1〜3割負担 |
日数制限 | 疾患別に標準算定日数を設定(脳卒中等180日、運動器150日など) ※一部の難病や特定疾患は除外規定あり |
直接的な日数制限なし(ただし要介護認定を継続更新) 長期利用時の減算等はあるものの、基本的には必要に応じて継続可能 |
利用手続き | 病院や診療所で医師のリハビリ処方→医療機関が保険請求 (患者は窓口負担を支払い) |
市区町村へ要介護申請→ケアマネがケアプラン作成→ サービス事業所と契約→1〜3割負担 |
主な特徴 | 治療の一環としてのリハビリを短期間で集中的に実施し、機能回復を目指す | 生活の場でのリハや維持期の長期支援に強み。ADL悪化の防止、在宅生活の継続を重視 |
5. 制度の変遷と国際比較から見る日本の強みと課題
5-1. 過去の制度改正と方向性
-
2000年の介護保険導入以前
- 高齢者の長期リハビリを公的に支える仕組みが脆弱
- 在宅で専門職による訓練が受けづらく、医療保険入院での長期療養が中心だった
-
2006年の医療保険リハビリ日数制限導入
- 回復期以降は介護保険にシフトさせる目的
- 当初は「機械的打ち切り」への反発も大きかったが、除外規定や特例措置が徐々に拡充
-
2018年の同時改定で経過措置終了
- 要介護認定を受けた高齢者は医療保険での長期外来リハができなくなり、介護保険へ本格移行
- 医療と介護の役割分担がより明確化
-
2024年改定のポイント
- 急性期・回復期の質向上とアウトカム評価の徹底
- 医療と介護のリハ計画の接続義務化
- 介護保険サービスでのマネジメント強化と連携推進
こうした流れを経て、急性期~在宅まで切れ目なくリハビリを提供する仕組みが徐々に整備されてきました。
5-2. 国際的な視点
-
アメリカ
- 高齢者はMedicareで一定期間の回復期リハを受けられるが、長期・維持期リハを公的に支える制度は手薄
- 長期リハは自費や民間保険に依存するケースが多く、所得や地域格差が大きい
-
ヨーロッパ
- リハは医療サービスとして位置付けられ、NHS(イギリス)など公的保険でカバー。ただし在宅訪問リハの整備状況や支援期間は国によりまちまち
- ドイツにも介護保険があるが、リハは主に医療保険で実施
日本の特徴は、高齢者の維持期・生活期リハを介護保険で体系的に支援している点。回復期リハビリテーション病棟という入院特化型施設の存在も国際的にはユニークで、「入院期に一気に集中的リハを行い、その後は介護保険で生活期リハを継続する」モデルが確立されています。
6. 利用者・提供側・行政への影響と今後の展望
6-1. 利用者(患者・家族)へのメリット・デメリット
-
メリット
- 医療保険・介護保険ともに自己負担が1~3割程度と低く、長期リハを継続しやすい
- 退院後も介護保険で在宅リハや通所リハを受けられ、寝たきり予防に効果大
- 2024年度改定で退院前からの連携が義務化され、スムーズな移行がしやすい
-
デメリット・課題
- 制度が複雑で、医療と介護の移行手続きに家族のサポートが必要
- 回復期のように毎日リハビリが受けられるわけではなく、維持期リハは頻度・時間が限られる
- 高所得者は負担割合が2~3割になるなど、少し割高感がある
6-2. 医療機関・リハ専門職への影響
-
メリット
- アウトカム評価(FIM測定など)の強化により、リハビリ成果を客観的に示しやすくなる
- 急性期・回復期病棟ではチーム医療を推進し、多職種連携が強化される
- 在宅でのリハ需要拡大に伴い、訪問リハや地域リハに活動の場が広がる
-
デメリット・課題
- 加算の細分化や義務化された評価項目への対応で業務負担が増加
- 体制強化加算の統合により、一部病院では収益減となる可能性
- 地域連携カンファレンスなど院外連携に時間を要し、人手不足が深刻化
6-3. 行政(制度運営側)への狙いと課題
-
メリット
- リハビリの充実により寝たきり高齢者の増加ペースを抑え、医療費・介護費の膨張を緩和
- データ収集(LIFEシステムなど)でエビデンスに基づく報酬改定が可能になる
-
課題
- 制度周知や連携体制づくりに地域差があり、ノウハウ共有が必要
- リハ専門職の地域偏在対策(都市部に集中しがち)
- 2025年以降のさらなる高齢化(2040年問題)へ向けた対応と制度進化
7. まとめ:2025年を経て、さらに進む「切れ目ないリハビリ」
日本のリハビリテーション制度は、医療と介護それぞれの保険で役割分担しながら、急性期から在宅まで連続的にサービスを提供できる点が大きな強みです。
ただし、制度が二本立てであるがゆえに手続きやサービス利用ルールは複雑化しがちでした。そこに対し、2024年度の診療報酬・介護報酬改定は「医療→介護」への切れ目ない接続を強く促し、質とアウトカム評価に重点を置く方向性をさらに打ち出しています。
2025年は地域包括ケアシステムの“完成形”とされる年ですが、現実にはまだまだ地域差や現場の課題は残っています。それでも「早期リハの強化」「回復期でのアウトカム重視」「維持期・在宅での連携推進」という3つのキーワードは確実に定着し始めており、リハビリを必要とする方が適切な時期に、必要なリハビリを受けられる土台は着実に整いつつあります。
今後の展望
-
ICT・遠隔リハビリの発展
- オンラインでのリハ指導やモニタリングが部分的に診療報酬・介護報酬で評価される可能性
- 地域リハビリ会議などでオンラインカンファレンスを活用し、専門職の不足を補う動きが期待
-
フレイル予防や地域活動へのリハ職参画
- 要介護度になる前の段階(フレイル・プレフレイル)への介入が進み、高齢者の健康寿命延伸に寄与
- 自治体や公民館などでのリハ体操指導・通いの場での活動が増える
-
PDCAサイクルによるさらなる制度改善
- データに基づき、質の高いリハを評価する形で報酬配分がメリハリ化
- 利用者・事業者の声を踏まえながら日数制限や加算要件がより洗練される
リハビリテーションは患者本人だけでなく、その家族や地域社会にも大きな影響を与えます。**「どの段階でも必要なリハビリを受けやすい」**環境が整えば、寝たきりや重度化を防ぎ、人生100年時代を支える大きな力となるでしょう。医療保険・介護保険の枠組みをうまく活用し、専門家や行政が連携することで、ポスト2025も日本のリハビリ事情は着実に前進していくと考えられます。
【参考リンク・資料】
- 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/
- 「診療報酬改定の概要」や「介護報酬改定の概要」など公的資料多数
- 公益財団法人 長寿科学振興財団:訪問リハビリテーションの手引き
- シルバー産業新聞:介護報酬改定特集ページ
- WHO “Rehabilitation 2030” イニシアチブ
- その他、地域包括ケア関連の自治体公表資料や学会発表など
本記事の内容は、主に2024年度改定内容が反映される2025年前後の最新情報をもとにしています。正式な点数や加算要件は厚生労働省の告示・通知が発表され次第、随時ご確認ください。

1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)