VR/MRによる二重課題トレッドミルトレーニングの効果と注意点、脳卒中リハビリ最新情報【2024年版】
論文を読む前に
本論文を読むに至った思考・経緯
・昨今のテクノロジーの進歩はすさまじく、リハビリ業界にも様々な形で介入してくること予想される。VRもそのひとつであり、今回VRを使用した二重課題トレーニングの論文をみつけ、読んでみたいと思った。
論文を読む前に、講義形式で「VRと脳卒中患者の歩行練習」についておさらいしてみましょう。
ストーリー設定:
新人療法士丸山さんと、リハビリテーション医師の金子先生が、VRを使用した脳卒中患者の歩行練習について議論しています。
シーン: リハビリテーション室の一角
金子先生: 「さて、丸山さん、今日はVR(バーチャルリアリティ)を活用した脳卒中患者の歩行訓練についてお話ししましょう。最近の研究では、VRが歩行能力の改善に非常に効果的であることが示されています。」
丸山さん: 「興味深いですね。具体的には、どのような効果が見られたのでしょうか?」
金子先生: 「いくつかの研究を基に説明しますが、まずはVRを使用することで得られる一般的な利点を理解することが重要です。VRは、実際の環境に比べてより安全でコントロールされた環境を提供できるため、患者が挑戦的なシナリオを体験しやすくなります。」
丸山さん: 「具体的な歩行訓練の方法として、どのようなものがあるのでしょうか?」
金子先生: 「例えば、ある研究ではVRを用いて患者が仮想的な街中を歩くシナリオが設定されました。このシナリオでは、患者が歩行中に突然障害物が現れたり、急な方向転換が求められたりします。こうした予期せぬ状況に対応する能力が鍛えられるのです 。」
丸山さん: 「なるほど。それが実際に患者の歩行能力の改善につながるのですね。」
金子先生: 「そうです。さらに、VRは視覚的なフィードバックを提供するため、患者は自分の歩行パターンやバランスをリアルタイムで確認できます。これにより、視覚と体性感覚の統合が促進され、より効果的な歩行練習が可能になります 。」
丸山さん: 「それは大きなメリットですね。視覚フィードバックによって、患者は自分の改善点を即座に認識できるということですね。」
金子先生: 「その通りです。また、別の研究では、VRを使用した歩行訓練が従来のリハビリテーションよりも筋力の増加や歩行速度の向上に寄与することが示されています。患者が仮想の環境で様々な歩行課題に取り組むことで、リアルな場面でも自信を持って歩行できるようになるのです 。」
丸山さん: 「それは非常に有望ですね。VRを使うことで、患者のモチベーションも向上しそうです。」
金子先生: 「はい、実際に患者からは、VRを使用したトレーニングが楽しいと感じられるとの報告も多いです。その結果、リハビリに対する積極性が増し、より良いアウトカムが得られやすくなります。」
丸山さん: 「なるほど。ところで、VRを使う際の注意点などはありますか?」
金子先生: 「もちろん、VRの導入にはコストや技術的な準備が必要ですが、それ以上に患者がVRによってめまいや疲労感を感じる場合があるため、その点には注意が必要です。適切な設定とモニタリングが不可欠です 。」
丸山さん: 「分かりました。VRを活用したリハビリテーションは、今後さらに重要な役割を果たしそうですね。」
金子先生: 「その通りです。今後の研究と技術の進展により、VRを用いたリハビリテーションはますます普及し、効果的な治療法の一つとして確立されていくでしょう。」
論文内容
カテゴリー
歩行
タイトル
脳卒中者の歩行に対するVRを使った二重課題トレッドミルトレーニングの効果:無作為化比較試験
Virtual dual-task treadmill training using video recording for gait of chronic stroke survivors: a randomized controlled trial.
?pubmed Kim H J Phys Ther Sci. 2015 Dec;27(12):3693-7. doi: 10.1589/jpts.27.3693.
論文背景・目的
・脳卒中者の退院を考える際、歩行能力の向上だけで実生活が送れるとは限らない。歩きながら認知的な課題をどう処理できるかが実用性の高い、生活するうえで必要な歩行スキルとなる。
・VR(virtual reality)を使用した歩行練習は近年研究テーマとなっており、本研究もVRを使用した二重課題トレッドミルトレーニングの効果を検証する。
研究方法
・40人の10m歩行が可能な脳卒中者
・対照群は一般的な理学療法を1日1時間、週に5回、4週間行った。
・VR群は上記理学療法に加え、VRの二重課題トレーニングを1日30分間、週3回、4週間行った。
・見る動画はスーパーマーケットでカートを押すといったもので、事前に記憶した5つの物品を動画のなかから探すといった課題を行った
研究結果
表:実験結果
Kim H (2015)より引用
・両群ともに介入前後の歩行速度、ケーデンス、麻痺側の歩幅と重複歩の時間・長さともに有意な改善がみられた。また、群間の有意差もVR群に見られた。
明日への臨床アイデア
画像参照元:frontiers
VRでの二重課題トレッドミル歩行によって歩行パラメータに有意な改善、群間の差がみられた。今後VRを使ったリハビリテーションが現場においても増えてくることは明白であり、セラピストはメリット・デメリットを十分に理解し対応できる順応性が求められる。
歩行練習以外にも障害物回避訓練やバランス訓練、エルゴメーター中の課題訓練など様々なトレーニングを行うことが期待されます。
障害物回避訓練であれば、患者が歩行中に出現する仮想的な障害物を回避します。障害物はランダムに出現し、患者は瞬時に回避行動を取る必要があります。障害物への反応速度の向上と、回避動作時のバランス維持能力の強化が期待されます。
動的バランストレーニングであれば、患者は動的に変化する仮想環境でのバランストレーニングを行います。たとえば、仮想的な船の上での歩行や、揺れる足場を歩くシナリオが設定されます。動的なバランス能力の強化と、現実世界での不安定な状況への適応力を高めます。
研究結果に基づき、仮想二重課題トレッドミルトレーニングを臨床現場で応用するための具体的なアイデアを以下に提案します。
1. スーパーや日常環境のビデオを利用した歩行訓練
- 背景: 実際のスーパーなどの環境での歩行は、複数の感覚入力が求められ、日常生活に直結した訓練が可能です。
- 提案: 実際のスーパーや公共の場所でのビデオ録画を用いて、患者が仮想的にその環境で歩行できるようなトレーニングを提供する。例えば、視覚的に周囲の状況を把握しながら歩行することができるよう、リアルなシナリオを再現したビデオを使用する。
2. 認知課題を追加した二重課題トレーニング
- 背景: 二重課題トレーニングでは、歩行中に認知課題を組み合わせることで、脳と身体の協調性を高めることができます。
- 提案: 歩行中に患者が数を数えたり、簡単なクイズに答えたりするなどの認知課題をビデオに組み込む。これにより、認知機能の向上と歩行能力の改善を同時に図ることができます。
3. 個別化された仮想環境の提供
- 背景: 患者の個々の生活環境に合わせた仮想環境を用いることで、より効果的なリハビリが期待できます。
- 提案: 患者の生活習慣や日常の活動場所に基づいて、個別にカスタマイズされた仮想環境を作成し、その中で歩行訓練を行う。これにより、患者が実際の生活環境に戻った際に得られる効果が最大化されます。
4. バランスや転倒リスクへの応用
- 背景: 仮想環境での歩行訓練は、バランス感覚や転倒リスクの改善にも有効です。
- 提案: バランスを崩しやすい場面や障害物を取り入れた仮想環境を使用して、患者が実際の生活で直面する可能性のある状況に対処する訓練を行う。これにより、転倒リスクを軽減することができます。
5. 進捗を可視化するためのフィードバックシステム
- 背景: 患者の進捗状況を視覚化することで、モチベーションの向上が期待できます。
- 提案: 歩行訓練の結果や改善点をリアルタイムで表示するフィードバックシステムを導入し、患者が自身の進捗を確認できるようにする。これにより、訓練への積極的な参加が促進されます。
6. 自宅でのリハビリテーションの補助
- 背景: 自宅でのリハビリを支援するために、仮想環境を活用する方法が有効です。
- 提案: 患者が自宅で簡単に利用できるトレッドミルとビデオを組み合わせたトレーニングセットを提供し、自主的にリハビリを継続できるようサポートします。これにより、病院外でも訓練を継続することが可能になります。
7. 新人療法士への導入と教育
- 背景: 新人療法士がこのトレーニング方法を効果的に利用できるよう教育することが必要です。
- 提案: 新人療法士向けの研修プログラムに、仮想デュアルタスクトレーニングの使用方法や臨床応用の指導を含め、臨床現場で即時に応用できるスキルを身につけさせます。
これらの提案により、仮想デュアルタスクトレッドミルトレーニングの臨床応用が促進され、慢性脳卒中患者の歩行能力向上に大きく寄与することが期待されます。
VRを用いた歩行訓練のメリット・デメリット
視点 | メリット | デメリット |
---|---|---|
患者のモチベーション | VR環境は現実世界よりもエンゲージメントを高め、リハビリへの積極的な参加を促進する。 | 長時間の使用により、VR酔いが発生する可能性があり、モチベーション低下につながる場合がある。 |
リハビリの効果 | リアルタイムでフィードバックを受けながら訓練できるため、歩行能力の改善が期待できる。 | 現実の環境とは異なるため、現実での転倒リスクに直結する改善が得られない可能性がある。 |
バリエーションとカスタマイズ | 患者ごとのニーズに応じたシナリオや課題を設定でき、個別化された訓練が可能。 | システムのカスタマイズには時間とコストがかかり、すべての施設で利用できるわけではない。 |
費用対効果 | VR機器の初期コストは高いが、長期的には効率的なリハビリが可能になる。 | 初期導入費用が高いため、すべての医療機関での普及が難しい。 |
治療への没入感 | 没入感が高く、現実の制約を感じさせないため、集中した訓練が可能。 | 没入感が強すぎる場合、現実感覚が希薄になり、現実世界での適応が遅れる可能性がある。 |
安全性 | 仮想環境での訓練は物理的な危険がなく、安全に実施できる。 | 機器の故障や不具合が発生した場合、患者の安全に影響を与えるリスクがある。 |
リハビリの多様性 | 様々なシナリオや環境を仮想的に提供でき、従来の訓練よりも多様な体験を提供できる。 | 技術的な制約やバグにより、すべてのリハビリ内容を網羅することが難しい。 |
心理的効果 | 成功体験を仮想的に再現することで、患者の自己効力感を高めることができる。 | 仮想環境での成功が現実での成果に結びつかない場合、逆に心理的な負担となる可能性がある。 |
新人療法士が注意すべきポイントと事前準備
VR(仮想現実)を用いた二重課題トレッドミル歩行訓練は、特に新人療法士にとって新しい技術を扱うため、慎重に準備し、適切に実施することが重要です。以下に、注意すべきポイントと事前準備のポイントを10項目挙げます。
1. 技術の習熟
- 注意点: VR機器の操作やトラブルシューティングに慣れていないと、患者の安全を確保できません。
- 事前準備: 事前にVR機器の操作方法や設定を十分に学び、トレーニングを行っておくことが重要です。
2. 患者の適応状態確認
- 注意点: VRに対して不安感やめまいを感じる患者もいます。適応が難しい場合は別の訓練方法を検討する必要があります。
- 事前準備: 初回のセッション前に患者のVR適応状態を確認し、必要に応じてオプトアウトの選択肢を提供します。
3. 安全対策の確立
- 注意点: トレッドミル上での転倒リスクやVR酔いによる体調不良に注意が必要です。
- 事前準備: 安全ハーネスの使用や、患者の状態を常にモニタリングする体制を整えておくことが重要です。
4. 二重課題の難易度調整
- 注意点: 課題が難しすぎると、患者にストレスを与える可能性があります。
- 事前準備: 患者の能力に応じて、二重課題の内容や難易度を適切に調整します。
5. 患者への説明と同意
- 注意点: VRを使ったトレーニングの目的や効果、リスクについて患者が理解していることが重要です。
- 事前準備: トレーニングの内容と意図、期待される結果について丁寧に説明し、患者の同意を得ます。
6. 個別の目標設定
- 注意点: 患者ごとのリハビリ目標が曖昧だと、効果的な訓練ができません。
- 事前準備: 患者の状態やリハビリの進行状況に応じて、具体的な目標を設定し、これに基づいてトレーニングを行います。
7. トレッドミル速度の適切な設定
- 注意点: トレッドミルの速度が適切でないと、患者が無理をして怪我をする可能性があります。
- 事前準備: 患者の歩行能力に応じて、トレッドミルの速度を調整し、無理のない速度から開始します。
8. リアルタイムフィードバックの活用
- 注意点: 患者が自身のパフォーマンスを即座に理解できるよう、フィードバックを適切に提供することが重要です。
- 事前準備: フィードバックの内容やタイミングをあらかじめ設定し、患者が理解しやすい形で提供します。
9. 休憩と水分補給の管理
- 注意点: VR環境下では疲労や脱水が起こりやすいため、適切な休憩が必要です。
- 事前準備: セッション中に適切な休憩時間を設け、水分補給を促すようにします。
10. 結果の記録と評価
- 注意点: トレーニング効果を適切に評価し、次回以降のセッションに反映させることが重要です。
- 事前準備: トレーニング後に患者のパフォーマンスを詳細に記録し、その結果を基に今後の訓練プランを調整します。
これらのポイントを踏まえ、VRを用いた二重課題トレッドミル歩行訓練を安全かつ効果的に実施することで、患者のリハビリ効果を最大限に引き出すことができます。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
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STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)