腰痛改善のための多裂筋強化:脳卒中リハビリの最新ポイント【2024年版】
論文を読む前に
リハビリテーション医の金子先生が新人療法士の丸山さんに向けて、腰痛と多裂筋の筋萎縮・脂肪置換に関する最新の知見について話し始めます。
多裂筋と慢性腰痛
金子先生:「丸山さん、腰痛患者の多くが訴える症状の背後には、単に椎間板や骨の変性だけでなく、筋肉の変化も関わっています。中でも、多裂筋(multifidus muscle)の状態が腰痛に大きく影響しているのをご存じですか?」
丸山さん:「はい、教科書でも多裂筋の重要性は学びましたが、具体的にどのようなメカニズムで腰痛に影響を与えているのか、もう少し理解を深めたいです。」
金子先生:「そうですね。実際、多裂筋は脊柱の安定性を担う深層筋の一つであり、慢性腰痛患者ではしばしば筋萎縮や脂肪置換が確認されています。この変化は、腰痛が長引くほど顕著に現れます。論文によると、慢性腰痛患者の多裂筋は最大で30~50%の筋萎縮や脂肪置換が生じる場合があります。」
腰痛に伴う多裂筋の筋萎縮・脂肪置換のメカニズム
金子先生:「まず、多裂筋の萎縮が始まるメカニズムですが、腰痛があると痛みを避けるために姿勢が変わり、その結果、多裂筋が適切に使用されなくなります。これが筋活動の低下と血流不足を引き起こし、筋萎縮が進行します。」
丸山さん:「筋肉を使わなくなることで、筋力が落ちるだけでなく、他の組織が置換されてしまうのですね。」
金子先生:「その通りです。そして、筋繊維の萎縮が進行すると、筋肉組織の代わりに脂肪組織が侵入し、これが脂肪置換です。この脂肪置換によって、筋肉の力学的な特性が変わり、さらなる機能低下を引き起こします。」
多裂筋の萎縮が腰痛に与える影響
金子先生:「多裂筋が萎縮し脂肪に置換されることで、脊柱の安定性が低下し、脊柱を支えるために他の筋肉が代償的に過剰に働くことになります。これは、さらなる筋肉の疲労と新たな痛みを引き起こします。」
丸山さん:「それが腰痛の悪循環を作り出すということですね。具体的に、どのようにこれを防ぎ、改善すればよいでしょうか?」
金子先生:「ここで重要なのは、早期からの適切な運動療法です。多裂筋の萎縮を防ぐために、特に低負荷の等尺性収縮や、持続的な安定化運動を行うことが推奨されています。さらに、運動療法だけでなく、神経再教育や体幹の安定化訓練も重要です。」
臨床応用:多裂筋の機能改善のためのリハビリテーション
金子先生:「実際の臨床では、慢性腰痛患者に対して以下のポイントを意識しながらリハビリテーションを進めることが有効です。」
- 神経筋再教育:多裂筋を選択的に収縮させるトレーニングを行い、神経再教育を図る。特に超音波などのフィードバックを用いると、患者は自分の筋肉の状態を視覚的に把握しやすくなる。
- 局所安定化訓練:多裂筋を含む深層筋群を安定化させるトレーニング(例えば、四つ這い姿勢での骨盤の小さな動きに対する多裂筋の収縮誘導)。
- 持続的な低負荷運動:持続的な低負荷のトレーニングを行うことで、多裂筋の持久力を改善させる。例えば、ブリッジングエクササイズやプランクが有効。
- エクササイズの進行:多裂筋の活動を徐々に増加させるために、トレーニングの負荷や難易度を段階的に上げていく。
- 腰部の柔軟性向上:多裂筋の活動を促進するためには、腰部の柔軟性を確保することも大切です。腰部のストレッチを取り入れ、関節可動域を広げることが重要。
- 日常生活での姿勢指導:日常生活の中で腰椎を安定させるための姿勢指導を行い、悪化を防ぐ。
結論
金子先生:「慢性腰痛患者では、多裂筋の筋萎縮や脂肪置換が痛みや機能低下を悪化させる要因になりますが、適切な介入を行うことで、筋肉の機能回復を促し、痛みを軽減できる可能性があります。臨床での多裂筋への介入は、リハビリにおける重要な一環です。」
丸山さん:「非常に勉強になりました!多裂筋へのアプローチの大切さがよく理解できました。」
論文内容
タイトル
慢性腰痛と多裂筋の脂肪置換と筋萎縮
Long-Term Lumbar Multifidus Muscle Atrophy Changes Documented With Magnetic Resonance Imaging: A Case Series?PubMed Mark Woodham et al.(2014)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・リハビリ処方において腰痛患者が多く、腰痛患者におけるエビデンスを読んでいた中の一文献である。
内 容
方法
・慢性腰痛を有する3人の患者はMRIを受け、脂肪置換を伴う多裂筋の萎縮が明らかになった。その時点での状態をベースラインとした。
・それぞれの患者は脊柱(椎間関節)の徒手療法とそのうちの二人は多裂筋をターゲットとしたlow back exerciseを受けた。
・1年以上経過した時点で、フォローアップとしてMRIを受けた。
結果
・多裂筋トレーニングを受けた二人の患者は筋萎縮の改善を示した。
・多裂筋トレーニングあり)一人目は脂肪率は左27.5%(15%減)、右21.8%(7%減)とLMM腰部多裂筋の萎縮の減少を認めた。患者は著しく痛みを軽減し、フルタイムの仕事に戻ることができた。
・多裂筋トレーニングあり)二人目は脂肪率は左12.3%(39%減)、右に8.8%(32%減)と筋萎縮の減少を認め、傷害前活動に戻ることが出来た。
・多裂筋トレーニングなし)三人目は徒手療法のみを受けた患者である。LMM萎縮の増加を示した。脂肪率は左17.2%(41%増)、右に17.8%(54%増)となった。最終的に、患者は右側L4-L5椎弓切開術および椎間板切除術を施行した。
・運動を行った2人の患者の筋萎縮の減少は、機能改善と相関していた。限定的ではあるが、これらの結果は、慢性腰痛患者の回復の指標となる多裂筋の萎縮のあり、なしの長期変化を定量化する際のMRIの有用性を強調しています。
明日への臨床アイデア
臨床場面においても腰痛を生じる脳卒中患者は多い。脳卒中患者の場合、多裂筋、腰回旋筋、横突間筋などの筋群の萎縮が認められ、コアスタビリテイに特化した治療の重要性が示唆されている.
多裂筋は2~3椎体にまたがり、分節間の安定を保証する機能を担う。多裂筋や腰椎回旋筋などの局所筋は高密度の筋紡錘を含んでいる。これらの筋はニューラルサブシステムに固有感覚フィードバックを提供するモニターとして機能する。
また、脳卒中の臨床場面においては、コアスタビリティを高めるために、足底や手のアライメントを調整して脊柱周囲のローカルマッスルを動員しやすくする場合もある。ローカルマッスルは筋紡錘が豊富で感覚情報に依存しやすいため、足底や手などの感覚器官の調整は非常に重要になる。
臨床場面の提示(多裂筋の促通と脊柱の抗重力伸展活動)
①体幹のコアコントロール、腹腔内圧を高めるために、手・上肢のセッティングを調整した。ロードトランスファーとしての機能を果たす肩甲帯周囲のアライメントを修正するため、肩甲上腕関節の外旋と肩甲骨の下 制・内転・外旋・後傾を誘導していった。これにより、脊柱の伸展や骨盤の中間位へ多少保持しやすくなり、直接的なコア筋群への介入がしやすくなった。
②座位姿勢が安定してくることで、多裂筋を中心としたローカルマッスルの活性化が得られ、分節的な脊柱の安定性が徐々に得られてくるようになった。胸腰筋膜を介しながら、呼気に合わせて腹腔内圧コントロールを促し、分節的な骨盤の後傾と前傾を誘導していった。図の患者は腹直筋の短縮が強いため、骨盤運動のなかで求心性・遠心性運動を用いて伸張を促した。また、脊柱起立筋を働かせながら肩甲骨の外旋・下制を誘導した。
腰痛患者の多裂筋トレーニングを行う際のポイント
腰痛を持つ患者に対する多裂筋トレーニングは、腰部の安定性を改善し、痛みを軽減するために非常に重要です。新人療法士が多裂筋トレーニングを行う際に注意すべきポイントを挙げます。
多裂筋の局所的な収縮を意識する
多裂筋は小さな動きや姿勢維持に関与する筋肉です。患者がしっかりと局所的に多裂筋を収縮できるよう、四つ這いや仰向けの姿勢で骨盤を安定させた小さな動作から始めましょう。
姿勢の確認と調整
トレーニング中、患者が正しい姿勢を保つことが非常に重要です。骨盤の傾きや脊柱の過剰な前弯・後弯がないかを注意深く観察し、必要に応じて補助を行いましょう。
超音波やバイオフィードバックの利用
初期段階では、超音波やバイオフィードバックを用いると、患者が自分の多裂筋の収縮状態を視覚的に確認でき、適切な筋収縮を誘導しやすくなります。
痛みのモニタリング
トレーニング中に痛みが増加しないか、患者の痛みを常に確認しましょう。過剰な負荷や動作が痛みを引き起こさないよう、無痛範囲でのトレーニングを行うことが重要です。
等尺性収縮の導入
初期段階では、低負荷での等尺性収縮(筋肉の長さを変えずに力を入れる)を中心に行い、徐々に筋力を向上させていきましょう。これは多裂筋の持久力と安定性を向上させるのに役立ちます。
負荷の漸進的な増加
トレーニングが進むにつれて、徐々に負荷を増やしていくことが重要です。四つ這い姿勢でのエクササイズや、片足を持ち上げるなどの進行形トレーニングを導入して、多裂筋のさらなる強化を図りましょう。
体幹全体の安定化を重視する
多裂筋は体幹全体の安定性と密接に関わっています。多裂筋だけでなく、腹横筋や骨盤底筋など、他の深層筋群も一緒に働かせることで、より効果的な体幹安定化が期待できます。
呼吸法の指導
多裂筋トレーニングでは、呼吸が重要な役割を果たします。呼吸を止めずに、ゆっくりと深い呼吸を続けながら行うことで、胸郭や腹圧の安定化を図り、効果的に多裂筋を収縮させることができます。
日常生活への応用を促す
トレーニング中だけでなく、日常生活の中でも多裂筋を意識した姿勢を取るよう指導しましょう。座位や立位での姿勢保持や、物を持ち上げる動作など、実生活での動作にも応用できるようにします。
トレーニングの継続性
多裂筋トレーニングの効果を得るためには、継続的な実施が必要です。患者に対して、トレーニングを日常生活に取り入れ、継続することの重要性を強調しましょう。
これらのポイントを押さえることで、新人療法士も安心して腰痛患者に対する多裂筋トレーニングを進めることができ、効果的なリハビリが期待できます。
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)