車椅子のシーティングと上肢筋活動:調整・姿勢評価のポイントまで 【2024年版脳卒中リハビリ論文サマリー】
論文を読む前に:車椅子のシーティングと上肢の筋活動の講義
金子先生(リハビリテーション医):
「今日は、車椅子のシーティングと上肢筋活動への影響について話しましょう。具体的には、バックサポートの厚み、背もたれの高さ、座面の幅や安定感がどのように患者さんの姿勢や筋活動に影響するのかについて、詳しく説明します。」
丸山さん(新人療法士):
「よろしくお願いします。シーティングの微調整が上肢の筋活動にどのような影響を与えるのか、興味があります。」
金子先生:
「まず、バックサポートの厚みについてです。適切な厚みが確保されていないと、背中が十分にサポートされず、体幹の安定性が損なわれます。その結果、肩甲骨や上肢の筋肉が過剰に働くことになります。」
丸山さん:
「厚みが不足すると、患者さんはどうなりますか?」
金子先生:
「厚みが不足すると、背中がしっかりと支えられないため、前屈姿勢や側屈姿勢を取りやすくなります。このような姿勢では、肩甲骨が不安定になり、上肢を支えるために三角筋や僧帽筋が過剰に働くことになります。これが肩や腕の疲労や痛みを引き起こす原因となります。」
丸山さん:
「なるほど。では、背もたれの高さはどうでしょうか?」
金子先生:
「背もたれの高さは、患者さんの体幹をどれだけサポートできるかに直結します。高さが低すぎると、背中全体が支えられず、特に肩甲骨周辺が不安定になります。これにより、上肢の動きに伴う筋活動が増加し、過剰な負担がかかることになります。」
丸山さん:
「では、高さが高すぎる場合はどうでしょうか?」
金子先生:
「高さが高すぎると、逆に肩甲骨の自由な動きを制限してしまい、上肢の動きが制約されることになります。これもまた、無理な姿勢をとらせ、筋活動のアンバランスを引き起こします。背もたれの高さは、患者さんの肩甲骨が自然に動ける範囲に合わせることが理想的です。」
丸山さん:
「座面の幅や安定感についても教えてください。」
金子先生:
「座面の幅は、患者さんが自然な座位姿勢を維持するために重要です。幅が狭すぎると、骨盤が適切に収まらず、片側に偏った姿勢を取ることになります。これが体幹の傾斜を生み、上肢の筋活動に不均衡が生じます。一方、幅が広すぎると、体幹が安定せず、同じように筋活動が増加する原因となります。」
丸山さん:
「座面の安定感も重要ですよね?」
金子先生:
「そうです。座面が安定していないと、患者さんが常に体のバランスを取るために筋肉を使わざるを得なくなります。特に脳卒中患者さんでは、片麻痺があるため、非麻痺側に頼りがちになります。座面が不安定だと、上肢や肩に過度の負担がかかり、これが筋肉の過剰な緊張や疲労につながります。」
丸山さん:
「つまり、車椅子のシーティング全体が上肢の筋活動に影響を与えるということですね。」
金子先生:
「その通りです。シーティングの調整は、上肢の筋活動に直接影響を与えるため、細心の注意を払う必要があります。特に、脳卒中患者さんは左右非対称の筋活動パターンを持つことが多いため、シーティングが適切に調整されていないと、片側の筋肉が過剰に働くことになります。」
丸山さん:
「ありがとうございました、金子先生。これからはシーティングの微調整にもっと注意を払って、患者さんのリハビリに役立てます。」
論文内容
カテゴリー
バイオメカニクス
タイトル
車いすバックレストの厚さの違いによる駆動時肩関節筋への負荷
The effects of backrest thickness on the shoulder muscle load during wheelchair propulsion
?PubMed Ingyu Yoo J Phys Ther Sci. 2015 Jun; 27(6): 1767–1769.
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・車いす駆動時のバックレスト厚を検討した論文を見つけ、興味深かったため読もうと思った。
内 容
背景・目的
・車いす利用者の73%は慢性的な上肢痛を有すると言われている。座位姿勢の不良が原因にあると考えられ、車いすの選択や座面の工夫などで改善可能と仮説を立てている。
・車いすのバックレストによって脊柱起立筋のリラクゼーション、腰椎前彎の減少などが得られると思われるが、まだ十分に研究はされていない。
・バックレストの最適な厚さはどのくらいか、本研究はバックレストの厚さの違いにより上肢筋活動に変化が生じるか検証する。
方法
・15名の健常成人を以下の3群に分けた。
・バックレストなし
・3cmのバックレスト
・6cmのバックレスト
・30回車いす駆動をしてもらった際の上肢筋電位を計測した(三角筋前部線維、僧帽筋上部線維、三角筋後部線維、上腕二頭筋)。
結果
表:実験結果 Ingyu Yoo (2015) より引用
・三角筋前部線維・後部線維、僧帽筋上部線維、上腕二頭筋は群間の有意差が見られ、3cmのバックレストの際に最も筋電位が少なくなった。
明日への臨床アイデア
バックレストの最適な厚さを研究した論文で、上肢筋の筋電位が最も少なくて済むのは3cmの厚さの物であった。今後車椅子駆動をする方で上肢痛がある方では、特にバックレストの厚さも合わせて評価したい。
慢性的な上肢痛を抱える車椅子利用者が多いという事実は、車椅子の選択やシーティングの重要性を強調している。座位姿勢の不良が上肢痛の主な原因であると仮定するならば、まずは姿勢と車いすの適合性を詳細に評価する必要がある。以下に、臨床現場での評価と処方のアプローチを示します。
1. 姿勢評価の重要性
- 評価ポイント: 座位姿勢が崩れているか、体幹の安定性が確保されているか、骨盤の位置が適切かなどを確認します。骨盤が後傾していると、上半身のバランスが崩れ、上肢に過度な負担がかかります。
- 具体的な手法: 視覚的な姿勢評価に加えて、体圧分布測定器を使用し、座面や背もたれにかかる圧力を数値化することが有用です。特に、骨盤の左右差や前後傾斜を測定することで、適切な修正が可能になります。
2. シーティングのカスタマイズ
- 座面の幅と安定感: 座面が広すぎると、骨盤の安定性が低下し、上肢での支えが必要になります。狭すぎると圧迫が生じ、局所的な疼痛の原因となります。個別に適切な幅と安定感を確保することが大切です。
- バックサポートの厚みと高さ: バックサポートの厚みが適切でない場合、体幹が過度に前屈したり、反り返ったりすることがあります。高さも個別に調整することで、肩甲骨周囲の筋緊張を適切に分散させることができます。
3. 上肢痛の原因分析と対処
- 機械的要因の特定: 上肢の痛みがどの動作で悪化するのか、例えば、車椅子の漕ぎ動作や上肢支持動作など、具体的な動作を確認します。この情報に基づき、上肢の使い方を再教育する必要があります。
- 緩衝材の活用: 上肢にかかるストレスを軽減するために、肘置きやクッションなどの緩衝材の使用を検討します。
4. 車椅子の動作負荷の最小化
- 操作性の評価: 車椅子のフレームやホイールの構造が、操作性に与える影響を評価します。操作性が悪いと、上肢に余計な力が必要となり、痛みを悪化させることがあります。
- アクティブとパッシブなシーティング: 車いすの動作を補助するアクティブシーティング(例えば、傾斜機能や動的座面)を用いることで、負荷を軽減できる可能性があります。
5. リハビリテーションの導入
- 姿勢修正訓練: 座位での安定性を高めるために、体幹や骨盤周囲の筋力強化トレーニングを行います。これにより、自然な姿勢で座る能力を向上させ、上肢痛の軽減を目指します。
- 教育と指導: 患者に対して、適切な座り方や上肢の使い方を指導することが重要です。これには、日常生活での姿勢維持方法や、車いすの正しい使用法が含まれます。
まとめ
車椅子利用者における慢性的な上肢痛の改善には、適切なシーティング評価と個別化された処方が不可欠です。姿勢や骨盤の安定性を高めるためのカスタマイズされた介入が、上肢痛の軽減につながります。臨床現場での評価とシーティング調整を継続的に行うことで、患者のQOLを向上させることができます。
新人療法士が車椅子のシーティングを行う際のコツ
図引用元:Astris PME
脳卒中患者に対する車椅子のシーティング介入を行う際の臨床的なコツを、新人療法士向けにポイントとして以下に示します。
1. 骨盤の中立位置を保つ
- 車椅子の座面が骨盤を中立位に保つように調整することで、上半身の姿勢を安定させ、過剰な筋活動を防ぎます。
2. 適切な座面の高さ
- 座面の高さは、足が地面に平行に置かれ、膝が90度に曲がるように調整します。これにより、下肢の過度な緊張を防ぎます。
3. バックサポートの厚みと高さの調整
- バックサポートの厚みは、背中全体を支えつつ、自然な背骨のカーブを維持するように選びます。高さは肩甲骨の下端がしっかりサポートされるように調整します。
4. 座面の幅の適切な調整
- 座面の幅は、左右の股関節が均等にサポートされ、骨盤が左右に傾かないように調整します。余裕がありすぎると姿勢が崩れやすくなります。
5. 足部のサポート
- 足台の高さと角度を調整し、足が自然な位置に置かれるようにします。これにより、骨盤から下肢全体にかかる負担が軽減されます。
6. 安定した座面クッションの選定
- 座面クッションは、圧力分散が優れたものを選び、座位時間が長くなった際の疼痛や皮膚トラブルを予防します。
7. リクライニング機能の活用
- 背もたれがリクライニングできる車椅子を使用する場合、定期的に角度を変えることで姿勢の維持と疲労軽減を図ります。
8. 前傾姿勢の抑制
- 背もたれの適切な調整により、前傾姿勢を防ぎ、上肢の過剰な筋活動を抑えます。
9. ポジショニングと再評価の重要性
- 初回の設定だけでなく、定期的にシーティングを再評価し、患者の姿勢や筋活動の変化に応じて調整を行います。
10. 患者のフィードバックを重視
- 患者からのフィードバックを基に、シーティングの調整が効果的であるかどうかを確認し、必要に応じて調整を行います。
これらのコツを踏まえて、患者に最適な車椅子のシーティングを提供し、快適な座位姿勢を維持できるように努めてください。
車椅子のシーティングの豆知識
車椅子のシーティングに関するためになる豆知識をご紹介します。
- 骨盤の安定性が全ての基礎: 骨盤の安定した位置が、上半身の姿勢を支える鍵です。骨盤が後傾すると、姿勢が崩れやすくなります。
- 骨盤サポートクッションの選定: 骨盤の安定を図るため、クッションは適切な硬さと形状が求められます。特に、骨盤を前方にサポートするクッションが有効です。
- 座面の角度調整が重要: 座面が前傾していると、骨盤が前に傾きやすくなり、背骨が自然なカーブを保ちやすくなります。
- 背もたれの張り具合は重要: 背もたれの張りが緩いとサポート力が低下し、張りすぎると圧迫感を生じるため、患者の背中に合った張り具合が重要です。
- シートの素材も影響: 通気性のある素材を使用すると、長時間座っていてもムレにくく、快適さが向上します。
- 座面クッションの役割: 適切な座面クッションは、圧力分散を助け、褥瘡のリスクを低減させます。
- 足台の位置が姿勢を決定: 足台の高さが適切でないと、骨盤が不安定になり、全体の姿勢が崩れる可能性があります。
- シートベルトの正しい使い方: シートベルトは骨盤を適切に固定するために使用されますが、締めすぎないように注意が必要です。
- 座面幅の選定: 座面が広すぎると、体が左右に揺れやすくなり、狭すぎると圧迫感を生じるため、適切な幅が求められます。
- 座面奥行きの調整: 座面が長すぎると膝裏を圧迫し、短すぎると体重が一部に集中してしまいます。膝裏から座面の端までの距離が指2〜3本分開くのが理想的です。
- 腰部サポートの重要性: 腰部に適切なサポートがないと、長時間の使用で疲労感が増しやすくなります。腰部サポートクッションの使用が有効です。
- 肩甲骨のサポート: 背もたれが肩甲骨までサポートされていると、肩や首への負担が軽減されます。
- 頭部サポートの調整: 頭部サポートが適切に配置されていると、首の筋緊張が軽減し、リラックスした姿勢が保てます。
- 前傾姿勢と腹圧: 前傾姿勢が強すぎると、腹部への圧迫感が生じやすく、呼吸に影響を与えることがあります。
- 上肢支持面の高さ調整: アームレストの高さが適切でないと、肩の緊張や上肢痛を引き起こす可能性があります。
- 座面の柔軟性が体圧分散に影響: 座面が柔軟すぎると、体重が特定の部位に集中しやすくなるため、適度な硬さが必要です。
- 車椅子のフレーム形状: 車椅子のフレームがV字型であれば、下肢を適切に支えることができ、体幹の安定性が向上します。
- ホイールの位置が操作性に影響: ホイールの位置が後ろすぎると、操作が重くなり、前すぎると不安定になります。適切な位置に調整することが重要です。
- バックサポートの高さ調整: バックサポートの高さが適切であれば、脊椎の自然なカーブをサポートし、疲労感を軽減します。
- パーソナライズドシーティング: 患者の体型や特性に合わせたオーダーメイドのシーティングが、最も効果的なサポートを提供します。定期的に見直しと調整を行うことで、長期間の快適さと健康を維持できます。
これらの豆知識を活用することで、より効果的な車椅子シーティングの提供が可能となり、患者の生活の質を向上させることができます。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)