【2024年最新版】脳卒中患者の移乗動作訓練|上肢・下肢・体幹を活かした効果的アプローチ方法とリハビリのコツ
論文を読む前に
リハビリテーション医師の金子先生が、新人療法士の丸山さんに脳卒中患者の移乗動作に関する包括的な知識とアプローチを指導する形で講義を行います。
金子先生:
「丸山さん、今日は脳卒中患者の移乗動作について学びましょう。移乗動作は、患者の日常生活の質を大きく左右する重要な動作で、上肢・体幹・下肢のそれぞれが大きな役割を持っています。まず、上肢から説明しようと思いますが、脳科学、バイオメカニクス的な視点からも合わせて解説します。」
上肢の役割とアプローチ
1. 脳科学的視点
- 金子先生:「上肢は、移乗動作における支持と安定の重要な役割を担っています。脳卒中後の片麻痺患者の場合、損傷した運動野(M1)と体性感覚野(S1)の再学習が求められます。ここで、運動野を再活性化するために、損傷側の上肢を積極的に使う鏡療法や誘導反復動作が有効です。」
- 丸山さん:「自発的な動きが乏しい方にもアプローチしやすいですね。高頻度での繰り返しが重要ですね。」
2. 高次脳機能の視点
- 金子先生:「移乗の際には空間認知能力も重要です。脳卒中の影響で損傷側の空間無視がある場合には、健側に過度に依存しがちですが、視覚フィードバックを使った訓練で徐々に注意を促すことができます。」
- 丸山さん:「健側ばかり使わないように、意識づけが大切ですね。」
3. バイオメカニクス的視点
- 金子先生:「バイオメカニクス的には、上肢で支持を取るための三角筋や前腕屈筋群の強化が必要です。プッシュアップ練習や椅子での支持練習などで強化して、上肢でしっかり支えられるようにします。」
- 丸山さん:「体幹や下肢との協調も意識するようにします。」
体幹の役割とアプローチ
1. 脳科学的視点
- 金子先生:「体幹は移乗時の安定性に非常に重要です。脳科学的には、運動前野(PM)や補足運動野(SMA)が関わっており、特にバランス維持には前庭機能のトレーニングが効果的です。例えば、左右への体幹移動の訓練や、回旋運動を組み込んで前庭系と連携した訓練を行います。」
- 丸山さん:「前庭系を意識しながら、安定的に体幹を動かすことがポイントですね。」
2. 高次脳機能の視点
- 金子先生:「体幹の動作には空間認識も必要ですが、体幹の右回旋と左回旋を交互に行うように促すことで、視空間認知が弱い患者の片側偏りを防ぐことができます。」
- 丸山さん:「片側だけの意識になることが多いので、視空間認知も意識させるよう指導します。」
3. バイオメカニクス的視点
- 金子先生:「体幹の筋力強化としては、脊柱起立筋や腹筋群のエクササイズが重要です。例えば、端座位での体幹回旋運動や、反対側の体幹回旋筋への荷重運動を通して、安定性を高めていきます。」
- 丸山さん:「体幹の安定を基盤にして、上肢や下肢が機能しやすくなりますね。」
下肢の役割とアプローチ
1. 脳科学的視点
- 金子先生:「下肢は立ち上がり動作や体重移動の要です。脳の運動野が下肢の動きに対して再学習を行うことが求められます。プラスチック性を利用し、運動反復訓練で脳が損傷後に新たな神経ネットワークを構築できるよう支援します。」
- 丸山さん:「反復動作で神経系の再学習を促進させることで、下肢の安定を作るんですね。」
2. 高次脳機能の視点
- 金子先生:「下肢も空間認知が必要です。ステッピング運動や片足立ちなど、視覚的なフィードバックを使用し、下肢の位置認識を向上させる訓練が有効です。」
- 丸山さん:「視覚と連動した動作訓練で、無意識的な下肢の動きをサポートします。」
3. バイオメカニクス的視点
- 金子先生:「足部の三点支持と、股関節周囲の安定が大切です。足底の支持を意識させることで、より安定した立位移乗を可能にします。足部筋や大腿四頭筋、腸腰筋を意識的に鍛えて、バランス機能を向上させます。」
- 丸山さん:「特に足底の支持は見逃しがちなので、しっかり意識させたいですね。」
移乗動作全体の総合的アプローチ
1. 全体的な連動
- 金子先生:「移乗動作は上肢・体幹・下肢の連動が重要です。特に片麻痺患者の場合、左右の筋力やバランスの不均衡があり、体幹を軸とした連動が必要です。」
2. 注意すべき安全ポイント
- 金子先生:「初期の段階では転倒リスクが高いため、バランス保持が不安定な患者にはサポートを増やし、徐々に独立した移乗動作へと移行させます。」
3. 自宅環境での応用
- 金子先生:「自宅でも自主トレーニングできるよう、移乗の際のステップを確認させると、習慣化しやすいです。患者が段階的にスキルを習得できるよう支援します。」
まとめ
金子先生:「今日の講義では、脳科学的、高次脳機能、バイオメカニクス的視点から移乗動作の要点を学びました。上肢・体幹・下肢が協調して動くことで、より安定した移乗が可能となります。丸山さん、臨床でもこの視点を活用して、患者のQOL向上を目指してください。」
丸山さん:「ありがとうございました、金子先生。さまざまな視点で学べたことで、患者さんの安全な移乗をサポートする自信がつきました!」
論文内容
タイトル
移乗動作時の体幹と肩関節の運動学・床反力に対する、手の位置の違いによる影響
Effect of different hand positions on trunk and shoulder kinematics and reaction forces in sitting pivot transfer.?PubMed
Kim SS J Phys Ther Sci. 2015 Jul;27(7):2307-11. doi: 10.1589/jpts.27.2307
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・移乗動作において上肢の位置は非常に重要である。今回、上肢の位置の違いで移乗動作にどう影響が出るかを調べた論文をみつけ、興味深かったため読もうと思った。
内 容
背景・目的
・脊髄損傷患者(SCI)運動感覚機能障害からADL低下をきたし、車いす生活になることも少なくない。
・SCI患者は上肢痛を訴えることが多く、有病率は58.5%と報告されている。
・原因となる動作として移乗動作が挙げられ、一日平均15~20回行うと言われている。
・ピボット様移乗動作(SPT)は開始位置の椅子から(Iseat)から終了位置の椅子(Tseat)へ移る際、両下肢を軸に両上肢を使用して移乗することと定義する。
・SPTでは肩関節は内旋、外転する必要があり、これが肩関節へインピンジメント様の負荷となっていると著者は考えている。
・本研究では上肢位置の高さの違いにおける肩関節への負荷の違いを検証する。
方法
・実験は以下の図のように行った。
図:実験方法 Kim SS (2015)より引用
・開始の合図とともに移乗動作を行った。被験者は最大限下肢を使わないように指示された。
・開始位置(Iseat)の上肢の高さは50cm、終了位置(Tseat)の上肢の高さを40cmもしくは50cmとし、2条件を比較した。
・動作中の上肢と体幹の角度を計測した。
・Tseat側の上肢をLH、Iseat側の上肢をTHとした。
結果
表1:実験結果 Kim SS (2015)より引用
・体幹の最大屈曲・側屈・回旋角度は座面が低い方が有意に大きい値を取った。
表2:実験結果 Kim SS (2015)より引用
・肩関節最大屈曲角度はTH・LHともに座面の高さで有意差が得られ、座面が低い方がより大きい屈曲角度を示した。
・肩関節最大外転・回旋角度はLHのみ有意差が得られ、座面が低い方が外転・回旋角度が大きかった。
図2:座面高の違いによる体幹肩関節屈曲角度の違い Kim SS (2015)より引用
表3:実験結果 Kim SS (2015)より引用
・前後方向の床反力ではTHのみ座面の高さによる有意差が得られ、座面が低い方が大きい床反力を得た。
・左右方向の床反力ではTHのみ座面の高さによる有意差が得られ、座面が低い方が小さい値を示した。
・垂直方向の床反力はTH、LHともに有意差は得られなかった。
脳卒中患者の移乗動作機能向上リハビリアプローチの具体的手順
脳卒中患者に対して移乗動作を円滑に行うためのリハビリアプローチを、上肢、体幹、下肢の各要素ごとに具体的手順としてまとめました。
1. 上肢アプローチ
手順 1: 支持力強化訓練
- 目的: 上肢で体を支えるための三角筋・上腕筋群の強化
- 方法:
- ベッドや椅子に座り、肘を伸ばして手で体を支える(可能であれば押し上げる)動作を繰り返す。
- 5回1セットとし、可能であれば1日3セットを実施。
- ポイント: 姿勢制御を意識し、麻痺側を含め両側の上肢を活用。
手順 2: リーチ訓練
- 目的: アームレストへ手を伸ばす場面を想定。上肢と下肢・体幹の連動の意識。
- 方法:
- 輪投げやお手玉などを前方のテーブル上へ置く練習を繰り返す
- 実施する際に、常に下肢でしっかり支持できているかを意識し、上肢との連動を図る
- ポイント:まずは、ワイピングなどcloseの状態から始めても構わない。移乗動作を想定した方向づけができるとより良い。
2. 体幹アプローチ
手順 1: 体幹回旋運動
- 目的: 移乗中の体幹安定性と回旋能力の向上
- 方法:
- 端座位で両手を組み、体幹をゆっくり左右に回旋。
- 10回1セットで、1日3セットを目安とする。
- ポイント: 回旋に合わせて視線も同じ方向に向け、前庭系と連動させる。
手順 2: 左右への荷重移動訓練
- 目的: 体幹のバランス力と前庭機能の強化
- 方法:
- 端座位で左右へゆっくり体重を移動させ、体幹でバランスを保つ。
- 各方向に10回ずつ、1日3セット。
- ポイント: 腹部と背部の筋肉を意識し、ゆっくりとコントロール。
3. 下肢アプローチ
手順 1: 足底三点支持訓練
- 目的: 安定した立位保持のための足底支持感覚の強化
- 方法:
- 両足を肩幅に開き、足底のかかと、母趾球、小趾球の三点を意識し、しっかりと地面に押し付ける。
- この感覚を1セット10秒間保持し、1日3セット。
- ポイント: 足底感覚を高めるために、視覚的フィードバックを利用する。
手順 2: 大腿四頭筋および腸腰筋の筋力強化
- 目的: 立位保持および体重移動のサポート
- 方法:
- 立位での膝伸展と、端座位での股関節屈曲運動(例えば足踏みやつま先立ち)を繰り返す。
- 各動作10回を1セットとして、1日2〜3セットを目安とする。
- ポイント:上記は下肢を動かす訓練であるが、可能であれば、おへそを前に出すような下肢に対して骨盤を起こしてくる腸腰筋の訓練など、実際場面の使い方に変えていくのも大事である。
4. 実際の移乗動作練習
手順 1: 支えながらの移乗練習
- 目的: 支えを使って安定的に座位から立位へ移行する練習
- 方法:
- 介助者が麻痺側をサポートしながら、座位から立位へ移乗。
- ゆっくりと体重を移動させながら立ち上がる感覚を掴む。
- ポイント: 足底三点支持を意識し、体幹と上肢の連携を確認しながら行う。
手順 2: 独立した移乗の練習
- 目的: 自立した移乗動作の確立
- 方法:
- 端座位から少し前傾し、麻痺側にも意識を向けつつ、手すりや杖などを利用して立ち上がる。
- 徐々にサポートを減らしながら、患者がバランスを取れるように進行。
- ポイント: 移乗に必要な注意点や安全確認を事前に行い、転倒を防ぐ。
補足:総合的な注意点
- バランス確認: 移乗時のバランスが重要なので、必ず麻痺側にも意識を配るよう指導。
- 繰り返しとフィードバック: 各動作の際、視覚・触覚フィードバックを活用し、正しい動作パターンを強化。
- 進行度に応じた難易度調整: 患者の習熟度に応じて、段階的にサポートを減らし、独立した移乗動作を目指す。
これらの手順を通じて、脳卒中患者における安全で効率的な移乗動作の自立を目指します。
新人療法士が移乗動作訓練を行う際のコツ
片麻痺患者の移乗動作訓練を実施する際、新人療法士が意識すべき専門的なリハビリのポイントは以下の通りです:
患者の安全確保
移乗時に患者が転倒しないよう、必ず補助を行い、必要に応じて転倒予防用具やサポートを使用します。
患者の状態の評価
患者の筋力、関節可動域、体幹の安定性、バランス機能を事前に評価し、無理のない訓練計画を立てます。
麻痺側の手足の使い方に配慮
片麻痺側の手足を支える方法や動作の補助方法を工夫し、筋肉や関節に無理な負担をかけないようにします。
患者の意識・姿勢の改善
患者が自身の体を正しく認識できるようにサポートし、意識的に麻痺側を使うよう促します。姿勢を保つために体幹の筋肉の活性化を促すことも重要です。
動作を小分けにする
複雑な移乗動作は段階的に分けて練習し、患者が自信を持って動作を行えるようにします。
筋力や柔軟性の強化
移乗時に使用する筋群(特に体幹、下肢)や麻痺側の補助的な筋力強化を行い、患者がより自立的に移乗動作を行えるようにします。
麻痺側の動きのサポート
麻痺側の腕や足を適切に支え、必要に応じて麻痺側の体重を移動させる手助けをします。肩や股関節の位置に注意を払い、関節の過度のストレスを避けます。
-
環境の整備
移乗訓練を行う場所が安全で、十分なスペースが確保されていることを確認します。また、必要に応じて補助具(滑り止めマット、移乗ボードなど)を準備します。
患者の精神的サポート
移乗訓練中に患者が不安を感じることがあります。そのため、励ましや適切な指導を行い、患者が安心して訓練に取り組めるようサポートします。
モニタリングとフィードバック
訓練後、患者の疲労や筋肉の緊張、関節の動きに関するフィードバックを行い、改善点を確認します。また、訓練中に痛みや不快感がないかを常に確認し、無理のない範囲で訓練を進めます。
これらのポイントをしっかりと意識することで、患者の移乗動作訓練が効果的に進められ、患者の自立的な生活へ向けたサポートが強化されます。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)