2024年版:脳卒中片麻痺患者に対するインソール・補高・パッドの効果と筋活動の変化
論文を読む前に
脳卒中患者に対する立位姿勢や荷重、歩容の改善におけるインソールや補高の有用性についてリハビリテーション医の金子先生が新人療法士の丸山さんに講義をします。
丸山さん:
よろしくお願いします。最近、インソールの使用について患者さんから質問を受けることが多いんですが、具体的な効果や注意点をもっと知りたいと思っていました。
金子先生:
そうですね。インソールや補高は、脳卒中患者の立位姿勢や荷重、歩行パターンを改善するための重要なツールです。ここでは、その有用性と注意点について論文の知見を基に詳しく説明します。
インソールと補高の有用性
まず、インソールと補高が脳卒中患者にとってどのように有用であるかを見ていきましょう。
立位姿勢の安定化
脳卒中患者は、しばしば非麻痺側への過剰な荷重や、麻痺側への不十分な荷重が見られます。これにより、骨盤の傾斜や脊柱の側弯などの姿勢異常が生じることがあります。インソールや補高を用いることで、荷重の分布を調整し、立位姿勢を安定させることができます。
歩行パターンの改善
麻痺側の足に適切なインソールを使用することで、足底感覚が改善され、歩行時の足の動きや足裏の接地感覚が向上します。これは、歩行の対称性を改善し、転倒リスクを減少させるのに役立ちます。
非麻痺側の負担軽減
麻痺側への荷重を促進することで、非麻痺側への過度な負担を軽減できます。これにより、非麻痺側の疲労や痛みのリスクが減少し、全体的な歩行能力が向上します。
足関節の安定化
補高やインソールを使用することで、足関節の動きをコントロールし、麻痺側足の内反や外反を予防することができます。これにより、足関節の安定性が向上し、安全な歩行が可能になります。
丸山さん:
インソールや補高は本当に多くのメリットがあるんですね!でも、それぞれの患者さんに合ったものを選ぶのは難しそうです。
金子先生:
その通りです。次に、使用時の注意点についてお話ししましょう。
インソールと補高の使用時の注意点
個別化された適応
各患者の足の形状、麻痺の程度、歩行パターンは異なります。インソールや補高は、患者のニーズに合わせて個別に調整することが重要です。標準的な市販のインソールではなく、専門的な評価を基にしたカスタムメイドのインソールを検討することが推奨されます。
適切な高さと素材の選定
補高の高さやインソールの素材は、患者のバランスや足の動きに影響を与えます。例えば、柔らかすぎるインソールは足の安定性を損ない、硬すぎるインソールは足裏の圧力分布を変えてしまうことがあります。適切な素材と高さを選定することで、快適さと機能の両方を確保します。
逐次的な導入
初めてインソールや補高を使用する患者は、最初は短時間の使用から始め、徐々に使用時間を延ばしていくことが重要です。これは、足や体の調整期間を確保するためであり、不快感や痛みの発生を防ぐためでもあります。
定期的な再評価
インソールや補高の使用状況や患者の歩行パターン、立位姿勢は、定期的に再評価する必要があります。患者の改善や変化に応じて、インソールや補高の調整を行うことが必要です。
患者教育の重要性
患者やその家族に対して、インソールや補高の目的、使用方法、期待される効果についてしっかりと説明することが大切です。これにより、患者のリハビリテーションへの積極的な参加が促進されます。
履き物との相性
インソールや補高を使用する際には、患者の靴との相性も考慮しなければなりません。特に、靴の中のスペースが狭い場合、インソールがしっかりとフィットしないことがあります。そのため、適切な靴選びも重要です。
丸山さん:
なるほど、インソールや補高の選定や使用には多くの注意点があるんですね。適切に使用することで、患者さんのリハビリ効果を高めることができそうです。
金子先生:
その通りです。インソールや補高は、脳卒中患者の立位姿勢や歩行パターンの改善に非常に有効ですが、その効果を最大限に引き出すためには、適切な評価と調整、そして継続的なモニタリングが不可欠です。ぜひ、これらのポイントを意識しながら臨床で活用してみてください。
丸山さん:
ありがとうございます、金子先生!今日の学びをさっそく臨床で生かしていきたいと思います。
金子先生:
頑張ってください。いつでも質問があれば聞いてくださいね。
論文内容
カテゴリー
バイオメカニクス
タイトル
10mmのインソールが麻痺側の筋活動を高める!?
Effect of constrained weight shift on the static balance and muscle activation of stroke patients?PMC Kyung Woo Kang et al.(2015)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・脳卒中後では、痙縮や装具、筋活動の左右差含め多くの要因で機能的脚長差を生じると感じる。そのような日々の臨床感から本論文の概要を見て、興味を持ち読むに至る。
内 容
目的
・研究目的は、脳卒中患者の非麻痺側下肢の靴の中敷きの高さを変化させることで引き起こされる麻痺側への体重シフトと麻痺側下肢のバランス機能および筋電図を評価することであった。
方法
・被験者は ①インソールなし ②インソール 5mm ③インソール 10mmを挿入し、靴の高さを変えた。
・静的バランスは、立位中の圧力中心の動きを用いて評価した。バランスの測定中、表面EMGを測定して筋肉のパフォーマンスに関する情報を収集した。表面EMGは大腿直筋・大腿二頭筋・前脛骨筋および内側腓腹筋の筋活動を収集した。
・片麻痺患者12人(男性7人、女性5人)がボランティアとして参加した。脳血管傷害による片麻痺、支持物なし・補装具または補助具なしで立位が5分以上とれる方を対象とした。除外基準は視覚障害または前庭障害、認知機能障害(MMSEで24未満のスコア)、下肢整形外科問題または脳卒中以外の神経学的状態である。
結果
・非麻痺側への10mmインソール挿入にて、インソールなしと比較して、左右方向の揺れの平均速度を減少させた。
・5mm、10mmインソール挿入にて、なしと比較し、前後の揺れの平均速度が減少した。高さが増加するにつれ、麻痺側の大腿直筋・大腿二頭筋・前脛骨筋および内側腓腹筋の筋活動が次第に増加した。
・結果は、非麻痺側への5mmインソールの挿入は、インソールなしと比較し筋活動が8-11%増加し、10mm挿入にて14-24%増加させた。
・非麻痺側への10mmインソール挿入によって誘発される麻痺側への体重シフトは、脳卒中患者の静的なバランスを改善することができ、麻痺側下肢の筋活動の14-24%の増加をもたらした。
明日への臨床アイデア
脳卒中患者のリハビリテーションにおいて、非麻痺側の補高を行うことは、バランスの再調整や姿勢の改善、本論文のように麻痺側への荷重促進を目的としています。補高の適切な高さを決定するためには、いくつかの要因を考慮する必要があります。以下に、論文を基にした非麻痺側補高の適切な高さに関する情報を提供します。
1. 補高の目的と基本的な考え方
補高は、以下のような目的で使用されることが多いです:
- 麻痺側への荷重量を増やす。
- 骨盤の不均衡を調整する。
- 足部の安定性を改善し、立位や歩行の対称性を向上させる。
これらの目的を達成するために、補高の高さは適切に設定される必要があります。一般的に、補高が高すぎると非麻痺側に過剰な荷重がかかり、低すぎると十分な補正が得られないため、バランスが重要です。
2. 補高の高さに関する研究
いくつかの研究で、補高の高さが麻痺側への荷重量に与える影響が調査されています。以下はその一部です:
- 非麻痺側に約1 cmの補高を施すことで、脳卒中患者の麻痺側への荷重が約10%増加したとされています。この研究は、補高の適切な高さを見極めるために有用なデータを提供していますが、患者ごとの個別性が重要であることを強調しています。
- 非麻痺側の補高が骨盤の水平性に与える影響を調査し、2 cmの補高で骨盤の傾きが改善し、麻痺側への荷重が増加することを報告されています。ただし、過剰な補高は歩行の安定性を低下させる可能性があるため、注意が必要です。
3. 臨床応用の際の考慮事項
補高の高さを決定する際には、以下の点を考慮する必要があります:
- 患者の身長と脚長差: 補高は、患者の身長や脚長差に基づいて調整されるべきです。通常、脚長差が1 cm以上ある場合は補高が推奨されます。
- 骨盤の位置と歩行パターン: 補高を使用する前に、患者の骨盤の位置や歩行パターンを評価し、どの程度の補高が最適かを決定します。骨盤の水平性を保ちながら、麻痺側への荷重を促進する高さが理想的です。
- 個別性の重要性: 補高の効果は患者ごとに異なるため、試行錯誤が必要です。補高を使用することで麻痺側への荷重量が増加する一方で、患者が不快感を感じたり、バランスが崩れたりする場合もあります。そのため、少しずつ高さを調整しながら、患者にとって最も効果的な補高の高さを見つけることが重要です。
4. 結論
非麻痺側の補高の適切な高さは、一般的には1 cmから2 cmの範囲で設定されることが多いです。しかし、患者個別のニーズに応じて調整が必要であり、補高の効果を定期的に評価し、適切な高さを見極めることが重要です。補高を使用する際は、患者のバランス、歩行パターン、骨盤の位置を綿密に評価し、最適なリハビリテーションを提供することを心がけましょう。
臨床的な視点
中敷やパッドの挿入や貼付は、足部のアライメントや体全体の動作パターンに影響を与えるため、慎重な評価と観察が必要です。ここでは、主に2つの観点から中敷やパッドの使用における重要なポイントについて解説します。
構造的な変化から動作の変化を期待する
中敷やパッドの挿入や貼付により、足部のアーチ構造や足底面の接地形態に変化が生じることがあります。このような構造的変化は、足関節や膝関節、股関節のアライメントに影響を及ぼし、全身の姿勢や動作パターンに変化をもたらします。
たとえば、内側縦アーチを支持する中敷を挿入することで、足部の内反が矯正され、膝関節の外反ストレスが軽減されることが期待されます。これにより、立位や歩行時の安定性が向上し、筋骨格系の負担が軽減される可能性があります。そのため、中敷やパッドを使用する際には、患者の足部の構造的変化に基づいてどのような動作の変化が期待できるかを事前に評価し、動作中の姿勢や歩行パターンを詳細に観察することが重要です。
感覚的な変化から動作の変化を期待する
中敷やパッドの使用は、足底の感覚入力を変化させることによっても、動作に影響を与えることができます。たとえば、足底の中足部中央にパッドを貼付することで、その部分への圧力感覚が強調されます。この感覚的変化は、足底感覚のフィードバックを通じて、患者の重心移動や荷重の軌道に影響を与え、結果的に動作のパターンを修正することが可能です。
このような感覚的変化による動作の改善は、特に神経筋系の機能が低下している患者に有効です。感覚入力の変化を利用して、より適切な動作パターンを学習させることが可能となり、リハビリテーションの効果を高めることができます。そのため、感覚的な変化がどのように動作に影響を与えるかを考慮しながら、適切な中敷やパッドの選択と配置を行うことが求められます。
新人療法士がインソール・補高を使用する際のコツ
脳卒中患者にインソールや補高を勧める際の新人療法士向けのコツを7つ紹介します。
1. 患者のニーズと症状の把握
- ポイント: 患者の個々のニーズや症状、足の形状、歩行パターンを詳しく評価することが重要です。脳卒中後の麻痺の程度やバランスの取り方、痛みの有無など、患者の全体的な状態を理解することで、適切なインソールや補高を選択できます。
2. カスタマイズの重要性を説明
- ポイント: インソールや補高は一人ひとりに合わせたカスタマイズが必要であることを患者や家族に説明しましょう。市販の製品ではなく、専門家の評価に基づいてカスタムメイドされたものが、効果的で安全な選択であることを強調します。
3. 実際の効果を具体的に説明
- ポイント: インソールや補高がどのように患者の歩行やバランスに役立つか、具体的な効果を説明します。例えば、「インソールは足裏の感覚を改善し、バランスを取りやすくするため、歩行が安定します」など、わかりやすく伝えると理解が深まります。
4. 試着と調整を徹底する
- ポイント: インソールや補高を初めて使う場合、必ず試着を行い、患者にとって快適かどうかを確認します。初回の調整で終わらず、何度か再調整を行うことで、患者に最適なフィットを提供できます。
5. 使い始めは徐々に慣らす
- ポイント: インソールや補高の使用を開始する際は、短時間から始め、徐々に使用時間を延ばすよう指導します。これは、患者の体が新しいサポート具に適応するために必要です。
6. 継続的なフォローアップ
- ポイント: インソールや補高の効果を定期的に評価し、必要に応じて調整することが大切です。定期的なフォローアップを行い、患者の状態の変化に応じてサポート具を最適化しましょう。
7. 患者と家族への教育
- ポイント: インソールや補高の使用方法、効果、注意点について患者と家族にしっかりと教育します。正しい使用方法を理解してもらうことで、最大の効果を引き出し、安全に使用することができます。
これらのコツを踏まえ、患者さん一人ひとりに合ったインソールや補高を提供することで、リハビリテーションの効果を高めることができます。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)