【2024年最新版】tDCS経頭蓋直流電気刺激の効果と安全な実施手順:リハビリにおける効果的な臨床応用法を徹底解説!
論文を読む前に
経頭蓋直流刺激(tDCS)は、脳卒中患者のリハビリテーションにおいて近年注目を集めている非侵襲的な脳刺激技術です。その効果とメカニズムを脳科学的な視点から詳細に説明します。以下、新人療法士丸山さんとリハビリテーション医師金子先生の講義形式で説明していきます。
金子先生:
丸山さん、今日は経頭蓋直流刺激(tDCS)が脳卒中患者に与える効果とそのメカニズムについて詳しく説明しましょう。tDCSはリハビリテーションにおける新たな可能性を切り開く手法で、脳の可塑性を促進し、運動機能や認知機能の改善に役立つことが多くの研究で示されています。
1. tDCSの基本的なメカニズム
tDCSは、頭皮に小さな電極を取り付け、非常に弱い電流(通常1-2mA)を頭蓋を通して脳内に流す技術です。この電流は、脳皮質のニューロンの静止膜電位をわずかに変化させ、ニューロンの活動を調節します。陽極刺激(anodal stimulation)はニューロンの興奮性を増加させ、陰極刺激(cathodal stimulation)は抑制します。
これにより、脳卒中後の運動機能の回復や神経可塑性の促進が期待されます。重要なポイントは、tDCS自体が直接的に運動を引き起こすわけではなく、神経回路の活動を「整え」、リハビリテーション訓練の効果を高めるということです。
2. tDCSが脳卒中リハビリに効果的な理由
tDCSが脳卒中リハビリにおいて有効な理由は、脳卒中によって損傷を受けた脳領域のニューロンが、隣接する未損傷領域からのサポートを受けて回復する神経可塑性が関与しているためです。
例えば、一次運動野(M1)は運動機能の制御に重要な役割を果たしていますが、脳卒中後は麻痺側のM1の活動が低下し、反対側(健常側)のM1が過剰に活動することがあります。tDCSはこの両側の脳皮質間のバランスを再調整するのに役立ちます。
- 陽極刺激を損傷側のM1に適用すると、その領域の興奮性が増加し、機能回復が促進されます。
- 陰極刺激を健常側のM1に適用すると、過剰な抑制が軽減され、損傷側の回復をサポートします。
この両者のアプローチは「双方向性刺激法」とも呼ばれ、近年の研究で有効性が示されています。
3. 神経回路レベルでのメカニズム
tDCSがどのように神経回路に影響を与えるかをもう少し深く見ていきましょう。tDCSは、シナプス後電位の閾値に近い変化を引き起こし、ニューロンの発火の確率を高めたり低下させたりします。この結果、長期増強(LTP)や長期抑制(LTD)のようなシナプス可塑性が誘導されます。これらは学習や記憶に関与する神経メカニズムですが、脳卒中後のリハビリにも重要な役割を果たします。
tDCSは、以下のような神経回路レベルでの作用が考えられます。
- 興奮性シナプスの効率が増加し、運動学習のスピードが向上する。
- 神経伝達物質の放出(特にグルタミン酸やGABA)が調節される。
- 神経ネットワークの同期性が高まり、運動機能の回復を助ける。
4. tDCSの効果に影響を与える要因
tDCSの効果はさまざまな要因によって左右されます。以下の要因が効果に関連しています。
- 電極配置: 例えば、M1領域に陽極を配置する場合、運動機能改善効果が期待されます。一方、前頭前野(PFC)に刺激を加えることで、認知機能の改善も期待できます。
- 刺激時間: 通常、tDCSのセッションは10~20分が標準的ですが、長時間の刺激は逆に効果を減少させる可能性があります。
- 個々の患者の脳の状態: 特に、脳の残存可塑性や損傷の程度が大きく影響します。脳の損傷が広範囲に及んでいる場合、tDCSの効果は限定的になる可能性があります。
5. tDCSとリハビリテーションの併用
tDCSは単独ではなく、運動療法や作業療法などのリハビリテーションと併用することで効果が最大化されます。例えば、tDCSによって運動皮質の興奮性を高めた後に、麻痺側のリーチ動作訓練や歩行訓練を行うと、効果が大きくなることが示されています。
丸山さん(新人療法士):
先生、tDCSは脳卒中患者のリハビリテーションにとても有効な技術だとわかりました。効果を最大化するためには、tDCSの適切な適用とリハビリテーションの併用が重要なんですね。
まとめ
- 経頭蓋直流刺激(tDCS)は、神経可塑性を促進し、運動機能や認知機能の回復を助ける非侵襲的な脳刺激法です。
- 神経回路の再調整により、損傷側の脳領域の機能を補完し、脳卒中後の機能回復を支援します。
- 効果を最大化するには、tDCSとリハビリテーションを適切に組み合わせ、患者の個々の状態に応じたアプローチが必要です。
このように、tDCSは脳卒中リハビリの分野において強力なツールとなる可能性を秘めています。今後も多くの研究が進み、その応用範囲がさらに広がっていくことでしょう。
論文内容
カテゴリー
神経系
タイトル
M1におけるDual-tDCSの持続効果検証
A comparison between uni- and bilateral tDCS effects on functional connectivity of the human motor cortex?PMC Bernhard Sehm et al.(2013)
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
・臨床でtDCSに関わることがあり、電極位置の違い・電流の程度の違い等々による効果の違いを知りたく本論文に至る。
内 容
背景
・経頭蓋直流刺激(tDCS)は、表面電極を介して脳に流される低直流電流を利用する。電極の下にある皮質組織に対するtDCSの効果は、極性依存が高い。例えば、一次運動皮質(M1)の興奮性を調べる研究は、陽極tDCSが刺激された領域内で興奮性の増加をもたらす一方、陰性tDCS(少なくとも1mAの強度で)は皮質興奮性を減少させることを示した。
・一次運動野(M1)上の経頭蓋直流刺激(tDCS)は運動能力および学習の変化を誘発することが示されている。
・脳卒中患者では、両側性および片側性のM1 tDCSの有効性を直接比較することは今のところ欠けている。
・最近の研究によれば、tDCSは広範な脳ネットワークにおいて刺激中および刺激後の両方において機能的結合性(FC)の変化を誘発することができることが示された。
・FC変化に焦点を当てて、tDCS中および後の両方で、脳機能構造の動的調節を示した我々のグループの以前の所見を拡張する。
方法
研究では、2つの異なるtDCS設定にて調査された。
(i)片側M1 tDCS
(右M1上の陽極:正電荷が流れ出す電極 と 対側の眼窩上部領域の陰極)
(ii)両側のM1 tDCS
(右上M1陽極、左上M1陰極)
12人の健常者が、両側、片側、または擬似M1 tDCSのいずれかの20分前、実施中および実施後にfMRIを受けた。
結果
・両側M1 tDCSが
(a)刺激中の大脳半球間の機能的結合の減少
(b)介入後の右M1内の皮質内機能的結合の増加を誘発することを見出した。
片側のM1 tDCSもまた、刺激の間に同様の効果をもたらしたが、tDCSの終了後にそのような変化は観察されなかった。
明日への臨床アイデア
脳卒中患者に対して、経頭蓋直流刺激(tDCS)と上肢機能訓練を併用するリハビリアプローチは、神経可塑性を促進し、上肢の機能回復をサポートする非常に効果的な手法です。ここでは、tDCSの神経回路的なメカニズムと併用するリハビリ手順を、脳科学的な視点を加えながら説明します。
1. 経頭蓋直流刺激(tDCS)の基礎と神経回路的メカニズム
tDCSは、脳の特定部位に持続的な低強度の直流電流を流し、神経細胞の興奮性を調整する非侵襲的な技術です。脳卒中後の上肢片麻痺の患者では、損傷した半球の神経興奮性が低下し、逆に非損傷側の興奮性が増加してしまう「不均衡な神経活動」が起こることが多いです。この不均衡は、運動機能の回復を妨げます。tDCSはこのバランスを再調整し、以下のような神経メカニズムで効果を発揮します。
- 陽極刺激: 陽極は興奮性を高める作用があります。損傷側の一次運動野(M1)に陽極を配置することで、その領域のニューロンの興奮性を高め、運動指令の伝達を促進します。
- 陰極刺激: 非損傷側に陰極を配置することで、過剰に活性化されたニューロンの興奮性を抑え、不均衡な神経活動を整えます。
これにより、大脳皮質の可塑性が促進され、神経ネットワークの再編が進行します。結果的に、運動機能の改善が期待できます。
2. 上肢機能訓練の併用アプローチ
tDCSの効果を最大限に引き出すためには、運動訓練を並行して行うことが重要です。ここでは、上肢機能訓練とtDCSを併用する具体的なリハビリ手順を示します。
(1) tDCSの準備と実施
- 電極の配置:
- 陽極: 損傷側の一次運動野(M1)に配置します。例えば、右半球が損傷している場合は右側M1に陽極を配置。
- 陰極: 非損傷側(左半球)の前頭領域(Fp1付近)に配置します。これにより、損傷側の興奮性が高まり、非損傷側の過剰な活動が抑制されます。
- 電流の強度と時間: 通常、1~2mAの電流を10~20分間にわたって流します。安全で安定した刺激を維持するため、tDCSデバイスの設定を正確に行います。
(2) 上肢機能訓練
- リーチ動作訓練: 患側の上肢で物をつかむ・持ち上げる・運ぶなどのリーチ動作を行います。この動作は運動野の活動を促進し、tDCSによって強化された可塑性を活かして上肢機能を改善します。
- 反復運動訓練: 患側の上肢で反復的な運動を行い、脳の再組織化を促します。例えば、手首の回旋運動や肘の屈伸運動などの簡単な動作を繰り返し行います。反復することで神経回路のシナプス結合が強化され、運動機能が向上します。
- 二重課題訓練(Dual Task): 上肢の運動に加えて認知課題を同時に行うことで、脳全体のネットワークを活性化します。例えば、物を掴むと同時に色や形を識別する認知課題を組み合わせます。
(3) tDCS実施後の追跡
- 即時効果の確認: tDCSセッション直後に、運動機能の向上を評価します。Fugl-Meyer評価や上肢の動作評価を行い、効果を確認します。
- 持続的な訓練プログラムの構築: tDCSの効果は繰り返し使用することで蓄積されるため、数週間にわたるリハビリプログラムを作成します。1週間に2~3回のセッションを推奨されることが多いです。
3. 神経回路的な視点からのアプローチ強化
tDCSと運動訓練の併用は、脳内の以下の神経回路に影響を与えます。
- 皮質脊髄路(Corticospinal Tract): tDCSにより一次運動野(M1)の活動が強化され、皮質脊髄路を介して運動指令が脊髄を経て筋肉に伝達されます。これにより、運動機能の回復が促進されます。
- シナプス可塑性(Synaptic Plasticity): tDCSは、脳のシナプスレベルでの可塑性を促進し、シナプス結合の強化をサポートします。運動訓練により繰り返し刺激されることで、これらのシナプス結合がさらに強固になります。
- 補償ネットワークの活性化: 損傷側の活動を強化することで、健常な領域が補償的に活動し、新たな運動経路が形成される可能性があります。
4. tDCSと上肢訓練の注意点
- 個々の患者の状態に応じた調整: すべての患者が同じ反応を示すわけではないため、tDCSの電流強度や訓練プログラムは個々の状態に応じて調整する必要があります。
- 副作用の確認: tDCSによる副作用(軽度の頭痛や皮膚の刺激など)が生じた場合には、デバイスの設定を調整し、安全に実施することが重要です。
まとめ
経頭蓋直流刺激(tDCS)と上肢機能訓練を併用するアプローチは、神経可塑性を最大限に引き出し、脳卒中後の上肢機能回復に寄与します。tDCSによって神経興奮性を調整し、上肢の運動訓練を効果的に進めることで、患者の回復を促進することができます。
経頭蓋直流刺激(tDCS)の実施手順の解説
経頭蓋直流刺激(tDCS)の臨床における専門的な実施手順について、準備すべきものや手順の詳細を以下に示します。tDCSを効果的に使用するには、正確な技術と患者への安全な介入が重要です。
1. 準備する機器と環境
- tDCSデバイス: 臨床用の高品質なtDCSデバイスを使用します。市販されているデバイスの中でも、精度や安全性が高いものを選択する必要があります。
- 電極パッド: スポンジまたはゴム製の電極を使用し、皮膚との接触面に導電性のジェルを塗布します。電極パッドのサイズは標準的に5cm×5cm程度が推奨されますが、必要に応じて適切な大きさに調整します。
- 導電性ジェル: 電極の皮膚との接触部分に使用するジェルを用意します。これにより、皮膚刺激を軽減し電流の流れを均一にします。
- バンドやキャップ: 電極を固定するためのゴムバンドまたは専用のキャップを用意します。これにより、刺激中に電極がずれたり動いたりしないようにします。
2. 事前準備
- 患者の事前評価: tDCSを適用する前に、患者の状態を評価します。特に脳損傷の部位、神経障害の程度、既往歴(特に脳外科手術や皮膚疾患)が重要です。また、tDCSが禁忌となる疾患(てんかんやペースメーカーの装着など)がないか確認します。
- 電極配置の計画: 刺激を行う脳領域に応じて、電極をどの位置に配置するか計画します。例えば、運動機能の改善を目的とする場合は、損傷側の一次運動野(M1)に陽極を配置し、健側に陰極を置くことが多いです。
- 皮膚の清潔: 電極を配置する前に、アルコール綿で皮膚を清潔にします。これにより、電流の流れをスムーズにし、皮膚刺激ややけどのリスクを減少させます。
3. tDCSの実施手順
(1) 電極の配置
- 事前に計画した通りに電極を頭皮に配置します。典型的なtDCSのセッティングは以下の通りです:
- 陽極: 刺激したい領域、例えばM1に配置。
- 陰極: 対側またはニュートラルな位置に配置。刺激を強調したい場合、特定の部位に置きますが、ニュートラルな効果を狙う場合は鎖骨上部などに配置します。
(2) 電流の設定
- 一般的に使用される電流は 1-2mA です。初めて使用する患者や感受性の高い患者には、最初に1mAから開始し、段階的に強度を調整するのが望ましいです。
- 刺激時間は通常 10~20分 ですが、目的や患者の状態に応じて調整します。
(3) tDCS実施中の注意
- 患者の反応をモニタリング: tDCSを開始してから患者に不快感や異常な感覚がないか確認します。皮膚刺激や頭痛などの副作用が生じた場合は、すぐに介入を中断し、状況を確認します。
- 刺激の進行状況を確認: tDCSの進行中は、デバイスの設定が意図した通りに作動しているか、電流が安定しているかを確認します。デバイスの画面表示を確認し、必要に応じて微調整します。
(4) セッション後の処理
- 刺激終了後、電極を慎重に取り外します。皮膚の状態を確認し、異常がないかチェックします。赤みや刺激がある場合は、冷湿布や軟膏を適用することを検討します。
- 電極の洗浄・消毒: 使用した電極やキャップは、次回使用に備えて洗浄・消毒します。
4. 実施後の評価
- 運動機能や認知機能の変化を評価: 刺激後の短期的な効果を評価し、リハビリテーションセッションと併用した際の効果を確認します。特に、tDCSによってどの程度の改善が得られたかを運動機能評価(例えばFugl-Meyer評価など)や認知機能評価で確認します。
- 患者フィードバックの収集: 刺激中の体感や副作用について患者からのフィードバックを得ます。これに基づき、次回以降のtDCS設定を調整します。
5. tDCSと併用するリハビリ
- 運動療法: tDCS後には、運動機能に対するリハビリテーションを併用することで、神経可塑性を最大限に引き出します。たとえば、歩行訓練や上肢リーチ動作訓練が一般的です。
- 認知リハビリ: 認知機能改善を目指す場合には、tDCS後にタスク指向型の認知訓練を行います。
6. 副作用とその対応
tDCSは非常に安全な技術ですが、以下のような副作用が報告されています。
- 皮膚刺激: 電極下の皮膚が赤くなることがありますが、一時的なもので、冷湿布や保湿剤で対応できます。
- 頭痛やめまい: 刺激中または終了後に頭痛や軽度のめまいが生じることがあります。これらの症状は通常軽度で、短時間で消失しますが、患者が強く訴える場合は介入を中断することも考慮します。
7. tDCSの適用範囲と今後の展望
- 運動機能の改善: tDCSは特に上肢麻痺や歩行機能の改善に効果的です。多くの研究がその効果を報告しており、現在も進行中の研究が多数存在します。
- 認知機能の改善: 認知機能障害に対する効果も期待されており、特に注意力や記憶力の改善に有効とされています。
tDCSの実施手順は細心の注意を払い、適切に準備とモニタリングを行うことで、安全かつ効果的に実施することができます。また、リハビリテーションと併用することで、脳卒中患者の回復を大きく促進することが可能です。
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)