【2024年最新版】感覚障害によるリーチ動作の特徴とは?効果的なリハビリアプローチを徹底解説
論文を読む前に
1. 感覚障害とリーチ動作の関係
金子先生(リハビリテーション医): 「丸山さん、まず脳卒中による上肢の感覚障害がリーチ動作に与える影響について整理しておこう。感覚障害というのは、麻痺側の皮膚感覚や深部感覚(筋紡錘からの情報)が正しく伝わらない状態のことだね。この状態では、患者はリーチ動作中に自身の腕の位置や動作速度、筋活動のフィードバックを正確に得られなくなる。これは運動の精度と協調性に大きく影響するんだ。」
丸山さん(療法士): 「確かに、感覚が欠如することで、腕の位置や動きを自分で意識的にコントロールすることが難しくなるんですね。」
金子先生: 「その通り。例えば、感覚障害があると、リーチ時に物に手が届く前に力を入れすぎてしまったり、届いたときには過度な力がかかってしまうことが多い。これがリーチの精度低下や代償動作に繋がる。」
2. 代償動作の影響
金子先生: 「代償動作も重要な要素だね。感覚障害のある患者は、正確な感覚フィードバックが得られないために、他の身体部位を使って動作を補完しようとするんだ。たとえば、肩や体幹の過剰な動きを使って腕を伸ばすことで、リーチ動作を補うことが多い。」
丸山さん: 「なるほど。代償動作によって、他の部位に過度な負担がかかり、二次的な問題が発生する可能性もありますね。」
金子先生: 「その通りだ。肩や体幹を使いすぎると、疲労や関節の痛みが生じる可能性がある。さらに、これらの代償動作はリーチ動作全体の効率を低下させ、日常生活の動作がますます難しくなる。ここでのリハビリテーションの目標は、可能な限り自然な動作を回復させ、代償動作を最小限に抑えることだ。」
3. 麻痺側の協調性の低下
金子先生: 「もう一つ重要なのが、麻痺側の筋肉の協調性が低下する点だ。感覚が失われることで、脳は適切な運動指令を出すのが難しくなる。結果として、動作がぎこちなくなり、目的の動作を達成するために不規則な筋収縮が起こるんだ。」
丸山さん: 「これは、筋収縮のタイミングが乱れることや、筋肉同士の協調が崩れることと関係していますか?」
金子先生: 「その通りだね。特にリーチ動作では、前腕、肘、肩の動きが適切に連動することが必要だけれど、感覚障害があるとそれがうまくできなくなる。その結果、肘を過度に曲げたり、肩を上げすぎるなどの不自然な動作が生じることが多い。」
4. 視覚的代償とその役割
金子先生: 「感覚が失われた患者は、しばしば視覚に頼って動作を補完しようとする。これを視覚的代償というんだ。視覚を使うことで、患者は腕の位置や物体との距離を確認しながら動作を調整しようとするんだ。」
丸山さん: 「でも、視覚に頼りすぎると他の感覚フィードバックの回復が阻害される可能性がありますか?」
金子先生: 「その通りだ。視覚に頼ることは短期的には有効かもしれないが、長期的には感覚システムの再教育を妨げることもある。したがって、リハビリテーションでは、感覚機能の回復を促すトレーニングも並行して行うべきだ。たとえば、視覚フィードバックを意図的に減らして、麻痺側の感覚に意識を向けさせるような練習が効果的だ。」
5. 感覚再教育とリーチ動作の訓練
金子先生: 「感覚再教育はリハビリの重要な部分だ。感覚障害を持つ患者に対しては、皮膚や筋肉の感覚を再教育するための手法を取り入れるべきだ。たとえば、テクスチャーの異なる物体に触れさせたり、抵抗を加えた運動を行うことで、感覚フィードバックを徐々に回復させる。」
丸山さん: 「感覚を意識的に再訓練することで、リーチ動作の精度も向上するんですね。」
金子先生: 「そうだね。感覚と運動は密接に関連しているから、感覚を再訓練することで運動機能も向上する。感覚と運動の統合を意識したアプローチが大切だ。」
6. 脳の可塑性とリーチ動作の改善
金子先生: 「最後に、感覚と運動の改善には脳の可塑性も関わってくる。リーチ動作の訓練を繰り返すことで、脳が新しい神経回路を形成し、失われた感覚や運動機能を補完することができる。重要なのは、反復練習と正確なフィードバックを提供することだ。」
丸山さん: 「神経回路の再形成を促すためには、適切なリハビリプログラムが不可欠ですね。」
金子先生: 「その通りだ。特に、視覚、触覚、運動の統合を図る訓練が効果的だ。これにより、リーチ動作の協調性と精度が改善され、日常生活動作の質が向上することが期待される。」
まとめ
脳卒中患者の上肢感覚障害とリーチ動作の関係は、感覚フィードバックの欠如、代償動作、麻痺側の協調性低下、視覚代償など、複数の要素が絡み合っています。リハビリテーションでは、感覚再教育や適切なフィードバックを重視し、代償動作を最小限に抑え、脳の可塑性を活用して運動機能の改善を図ることが求められます。
論文内容
タイトル
●重度感覚障害の患者のリーチ動作の特徴
●原著はInternally driven control of reaching movements: a study on a proprioceptively deafferented subjectこちら
なぜこの論文を読もうと思ったのか?
●重度感覚障害を有する患者様を臨床において続けてみさせて頂き、その治療の難しさを感じ、学習の一助として本論文に至った。
内 容
背景
●視覚で捉えた標的に手でリーチすることは、視覚からの入力(網膜にコード化されたターゲット位置)が上肢の運動指令に変換される一連の感覚運動プロセスの行動の結果です。動きがトリガーされると、手がターゲットに到達するまで中枢神経系(CNS)が動きを制御することが一般的に認められています。視覚と固有受容感覚の両方が、ターゲットに正確にリーチするための手の位置に関する静的および動的な情報を提供します。
●多発性神経炎の患者GL(運動覚・位置覚・触覚のみが消失)と健常者間にて手と目標物の位置に関する周辺フィードバックなしでの目標物へのリーチ動作を制御できるかを調査し、その時の軌跡を測定し比較検証した。
方法
●感覚の求心路の遮断された被験者(GL)と対照群の健常者は、動きの開始時に横方向に移動する可能性のある直線上のターゲットを視覚的に見えない手でリーチしました。位置が変更されたターゲットは、継続的または短時間点灯するか、点灯なしで被験者の頭の両側からのビープ音が運動目標物の変化を示し、記憶された目標位置の内部表現によってのみ運動を制御しました。
●被験者は目標にリーチするように求められました。仮想ターゲットで停止するのではなく、仮想ターゲットを通過するために、上肢を完全に伸ばす必要がありました。したがって、被験者は運動方向を制御するだけで済みました。移動時間は移動の精度に影響を与えるため約1秒でターゲットに到達するように求められました。
●各試行の開始時に、ポインターLEDが2秒間点灯して、手の位置に関する視覚情報を提供し、手の位置をより適切に定義できるようにしました。ポインタLEDがオフになると、中央のターゲットが点灯しました。
結果
●コントロール群と比較して、GL(重度感覚障害患者)はターゲットの視覚情報に関係なく、定量的に同様の補正(平均でターゲット変位の77%)と同様の反応時間(平均= 516ミリ秒)を示しました。これらの結果は、感覚障害を有する患者が内部駆動プロセスのみに基づいてリーチ運動を制御するための驚くべき能力を強調しています。
●一方、目標が移動する課題の軌跡は、GLとコントロール群の間で大幅に異なっていました。コントロール群の軌道は2つのセグメントで構成され、2番目のセグメントは移動したターゲットに直接手を近づけました。GL患者は、3つのセグメントの階段のような形の軌道となりました。 1番目と3番目のセグメントは主に矢状面にあり、2番目のセグメントはターゲットに向かう横方向でした。
●GLの特徴として軌跡は直線的でなく、曲線状になりました。また、目標がシフトする課題では運動速度のピークが何カ所にも出現する現象が見られました。固有受容感覚がない場合、関節間の協調性に影響を与えていることが示唆されました。
明日への臨床アイデア
脳卒中患者における感覚障害によるリーチ動作能力の低下に対するリハビリテーションアプローチは、感覚再教育、協調性の改善、視覚的フィードバック、及び運動学習を促す訓練を総合的に行うことが重要です。以下に、具体的かつ詳細なアプローチ方法を示します。
1. 感覚再教育のアプローチ
感覚障害のある患者に対しては、皮膚感覚や深部感覚の再教育を行うことが重要です。これは、感覚がリーチ動作におけるフィードバックシステムとして機能しているためです。以下の具体的な方法を用います。
- 触覚の刺激: 異なるテクスチャーの物体や温度差のある物体を使用して触覚刺激を提供し、感覚フィードバックを回復させます。例えば、柔らかいスポンジや硬いボールなどを交互に触れさせる練習を行います。
- 筋肉の固有感覚訓練: 筋肉や関節に対して圧力をかける訓練(例:エラスティックバンドを用いた抵抗運動や関節に負荷をかける動作)を行い、筋肉の感覚フィードバックを意識させます。これにより、リーチ動作中の力加減や関節位置感覚の改善が期待されます。
2. 協調性向上のアプローチ
感覚が低下すると、運動の精度や協調性が乱れやすくなります。協調性を改善するための具体的なリーチ動作訓練は以下のように行います。
- 段階的なリーチ動作訓練: 最初は近い距離の物体に対するリーチを行い、徐々に距離や高さを変えていきます。この際、肘や肩の動きを意識させ、肩関節、肘関節、手首が協調して動くように指導します。
- リズム的な動作練習: 一定のリズムでリーチ動作を繰り返すことで、筋収縮のタイミングを調整し、協調性を回復させます。これにより、動作の滑らかさと安定性が向上します。
- ペグボードや物体移動課題: 小さな物体(例:ペグやコイン)を一箇所から別の場所に移動させる練習を行い、細かい動作の協調性を高めます。この課題では、目標に対して手を正確に動かす練習をします。
3. 視覚的フィードバックの活用
感覚フィードバックが不十分な場合、視覚フィードバックを活用することが効果的です。以下の方法でリーチ動作を補完します。
- ミラーセラピー: 健側の動作を鏡を使って視覚的に補完し、麻痺側が動いているかのように錯覚させることで、麻痺側のリーチ動作を促します。この方法は特に運動イメージトレーニングとして効果的です。
- バーチャルリアリティ(VR)トレーニング: リーチ動作に対してリアルタイムで視覚フィードバックを提供するVRシステムを使用することで、感覚と運動の統合を図り、運動学習を促進します。これにより、動作精度や動作速度の改善が期待されます。
4. 運動学習を促進する反復訓練
脳卒中患者の運動学習を促進するためには、繰り返しの反復練習が不可欠です。特にリーチ動作の繰り返しは、脳の可塑性を促し、神経経路の再編成を助けます。以下の訓練方法を推奨します。
- 課題指向型訓練: 患者の日常生活で必要とされる具体的なタスク(例:食器を取る、スイッチを押すなど)に基づいたリーチ動作訓練を行います。実際の目的に即した動作訓練により、運動学習が効果的に行われます。
- CI療法: 健側の腕の使用を制限し、麻痺側のリーチ動作を強制的に繰り返す訓練です。この方法は、脳卒中患者のリーチ動作能力を著しく向上させることが報告されています。
5. バランスとリーチ動作の統合訓練
リーチ動作は単独の動作ではなく、姿勢制御やバランスが重要な要素です。したがって、リーチ動作訓練にはバランスの改善も並行して行います。
- 座位や立位でのリーチ訓練: リーチ動作と同時にバランスを保つ練習を行います。例えば、座位で体幹を安定させながらリーチする訓練や、立位でのバランス訓練とリーチ動作を組み合わせた練習を行います。
- バランスボードや不安定な表面でのリーチ: 不安定な環境下でのリーチ動作を練習することで、体幹と上肢の協調性が高まり、全身のバランス能力を向上させます。
まとめ
脳卒中患者の感覚障害によるリーチ動作能力の低下に対しては、感覚再教育、協調性の改善、視覚的フィードバックの活用、運動学習の促進、バランスの統合訓練を組み合わせた包括的なアプローチが効果的です。これらの訓練を通じて、リーチ動作の精度、速度、協調性が向上し、患者の日常生活動作の質を高めることが可能です。
感覚障害を有する患者のリーチ動作訓練を行う際のポイント
新人療法士が脳卒中患者に感覚障害によるリーチ動作訓練を行う際、効果的なアプローチを行うためのポイントを示します。
1. 感覚再教育を優先する
感覚障害によるリーチ動作の低下には、感覚フィードバックを改善するための訓練が重要です。触覚や深部感覚を再学習させることで、運動の精度が向上します。
2. 協調性を高める段階的なリーチ訓練
近い距離のリーチから徐々に遠い距離へのリーチを行い、患者の協調性を高めます。肩、肘、手首がスムーズに動くように、各関節の動きを統合させることがポイントです。
3. 視覚フィードバックを利用する
感覚情報が不足している場合、視覚フィードバックを利用することでリーチ動作の精度を高めることが可能です。ミラーセラピーやVRなども有効です。
4. タスク指向型訓練を取り入れる
患者の実際の生活に関連するタスクをリーチ動作に組み込みます。日常生活での動作(例:コップを取る、物を運ぶなど)をリハビリに応用することで、運動の意味付けが向上し、モチベーションが高まります。
5. 反復的な練習で運動学習を促進する
リーチ動作は繰り返し訓練することで脳の可塑性が促されます。強制使用療法(CIMT)などを用いて麻痺側のリーチを強化することも効果的です。
6. 触覚・視覚の統合を図る
感覚障害のある患者では、触覚と視覚のフィードバックを統合する訓練が必要です。触覚が不足している部分を視覚で補う訓練を行い、動作のフィードバックを視覚的に確認させるようにします。
7. 運動計画と実行の明示
患者にリーチ動作の目標と動作を事前に明示し、どのように手を伸ばすか、どう動くべきかを説明します。これにより、脳卒中後の動作計画の問題を補完します。
8. リーチ動作中のバランス訓練を同時に行う
リーチ動作とバランスは密接に関連しています。座位や立位でのリーチを組み合わせ、全身のバランス感覚を改善する訓練も並行して行うことが重要です。
9. 多様な環境でのリーチ訓練
リーチ動作を様々な環境下で行うことで、環境変化に適応する力を養います。不安定な表面や異なる姿勢でリーチ動作を行い、全身の協調性を向上させます。
10. 感覚代償を利用した動作支援
感覚障害が重度の場合、視覚や聴覚、触覚など他の感覚を利用してリーチ動作を補完します。これにより、患者がより正確な動作を行えるようにサポートします。
これらのポイントを組み合わせて、患者の個別の症状や進行度に合わせたリーチ動作訓練を設計することが効果的なアプローチとなります。
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STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)