【2025年版】ボバースコンセプトの現在地:批判と可能性をエビデンスとアートから再考する
「ボバースはもう古い?」伝統リハビリ手法への批判とエビデンスを探る
ボバース概念とは?~伝統的手法の価値と議論~ (イントロダクション)
ボバース概念(Bobath Concept)とは、脳卒中や脳性麻痺など中枢神経系の損傷による麻痺のリハビリテーションで用いられる伝統的アプローチです。1940年代にベルタ&カレル・ボバース夫妻が提唱し、欧米から世界中に広まりました。ボバース概念では、異常な筋緊張や反射を抑制し、「正常な運動パターン」を促すことを重視します。セラピストが患者の身体を手で誘導(ハンドリング)し、姿勢コントロールや動作を引き出すこの方法は、長年「神経発達学的治療(NDT)」として標準的手技とされてきました。
一時期は世界中のリハビリ専門職が学ぶ王道の手法であり、日本でも多くの療法士が研修を受けてきました。その価値は、重度麻痺の患者にも適用できる柔軟で個別対応のアプローチであることや、「人間らしい」正常動作の獲得を目指す点にあると言われます。しかし近年、リハビリ分野ではエビデンス(科学的根拠)に基づく医療が重視されるようになり、ボバース概念にも批判的な目が向けられています。「本当に効果があるのか?」「他の方法と比べて優れている証拠があるのか?」――こうした疑問が投げかけられているのです。本記事では、ボバース概念への主要な批判点を整理し、最新の科学的エビデンスや臨床現場の声、そして日本と海外の評価の違いを紐解きながら、この伝統的アプローチの現在地と今後の展望について考察します。
ボバース概念に対する主要な批判点
ボバース概念は長年用いられてきた一方で、近年以下のような主要な批判が指摘されています。
1. 科学的エビデンスの不足
ボバース概念最大の弱点として挙げられるのは、有効性を支持する科学的証拠の乏しさです。エビデンス重視の医療において、治療法の効果はランダム化比較試験(RCT)や系統的レビューによって検証される必要があります。しかしボバース法に関しては、「他のリハビリ手法と比較して明確に優れている」というデータが十分に示されていないという批判があります pubmed.ncbi.nlm.nih.gov。むしろ後述するように、多くの研究で「他のアプローチと大差がない」と報告されています。このため、「経験則に頼った伝統手技でエビデンスが薄い」との指摘が強まっています。
2. 「正常運動パターン」への固執と機能回復への影響
ボバース概念は本来、健常者のような正常な動きを再獲得することを目標に据えます。そのため麻痺によって生じる代償動作(不自然でも何とか目的を達する動き)を嫌い、不適切な運動パターンを抑制しようとします。しかしこのアプローチに対し、「正常動作にこだわるあまり、かえって機能回復の効率が落ちるのではないか」という批判があります。手が使いにくい患者が健側の手で代償して日常動作を行うのは自然な適応ですが、ボバースではそれを抑えてでも麻痺手の“正しい”使い方を学習させようとします。批判派は、「多少不格好でも代償動作を活用して反復練習する方が早く機能的自立につながる」と主張します。つまり「形より機能」を重視すべきとの観点です。正常パターンという理想像に固執することで、患者本人の創意工夫や残存能力の活用を阻害している可能性が指摘されています。
3. 再現性・標準化の困難さ
ボバース概念は患者ごとにアプローチをカスタマイズする個別対応を重視します。裏を返せば、治療の内容がセラピストの裁量に大きく依存し、標準化された手順やプロトコルが曖昧になりがちです。熟練した療法士であればあるほど、自身の経験に基づいた“職人芸”的な手技となる傾向があり、他の療法士が真似しようとしても再現性が低いという問題があります。このため研究として効果を検証することや、施設間で治療成績を比較することが難しく、エビデンスの蓄積が妨げられる一因ともなっています。また患者側から見ても、誰が担当するかで治療の中身や質が大きく変わる可能性があり、均質な医療サービスの提供という観点から課題があります。
4. コスト・研修の負担
ボバース概念は専門的な研修を受けた認定セラピストによって提供されることが多いですが、その研修コースの費用や期間の負担も指摘されています。例えば日本ボバース研究会では、成人のボバース基礎講習会は約3週間、小児分野では実に8週間にも及ぶ集中コースを修了する必要があります。受講料だけで数十万円規模になり、受講中の宿泊・交通費や人件費も考えると、療法士個人にも所属施設にも大きな負担です。また定期的に講習会や勉強会に参加してスキルを維持・更新する必要があり、時間的コストもかかります。こうしたハードルの高さにもかかわらず、得られるスキルの臨床効果がはっきりしないのであれば投資に見合わないのでは、という厳しい見方もあります。さらにマンツーマンでじっくりハンドリングを行うボバース法は、提供するリハビリテーションとしても時間単価が高くつく(集団訓練や自主トレ指導に比べて)可能性があり、医療経済的な効率の面からも議論になります。
以上のように、エビデンス不足からアプローチの哲学、実践上の課題まで、様々な角度からボバース概念は批判の対象となっています。では実際、科学的研究はこの手法の効果について何を示しているのでしょうか?次にエビデンス(科学的証拠)の観点から掘り下げてみます。
科学的エビデンスは何を語るか?
結論から言えば、主要なシステマティックレビュー(系統的レビュー)の結果は「ボバース概念は他のリハビリ手法に比べて優れていない」という点でおおむね一致しています。いくつか重要な研究を見てみましょう。
まず、2000年代に入って早々に発表された画期的なレビューとして、オランダの研究グループによるKollenら(2009)のシステマティックレビューがあります。このレビューでは813名の脳卒中患者を含む16件のRCTを分析し、ボバース概念によるリハビリの効果を検証しました。その結果、上肢・下肢の運動機能、巧緻性、起居動作、ADL(日常生活動作)、QOL、費用対効果のいずれの指標においても、ボバースが他のリハ手法より優れるという明確な証拠は認められませんでした pubmed.ncbi.nlm.nih.gov。わずかにバランス能力に関してのみボバース有利とする限定的な知見がありましたが、総じて他手法との差はなく、「いずれのアプローチが明確に優れるという証拠もない」と結論づけられています pubmed.ncbi.nlm.nih.gov。さらに著者らは、レビュー対象となった研究の方法論的な不備も指摘し、より質の高い追試が必要であると述べています。以下はそのレビューの結論部分の引用です。
引用: “This systematic review confirms that overall the Bobath Concept is not superior to other approaches. Based on best evidence synthesis, no evidence is available for the superiority of any approach… This review has highlighted many methodological shortcomings in the studies reviewed; further high-quality trials need to be published. Evidence-based guidelines rather than therapist preference should serve as a framework from which therapists should derive the most effective treatment.” (Kollen et al., 2009) pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
ポイントは、「ボバースが特別優れているわけではない」という点です。この傾向はその後の研究でも一貫しています。スペインのグループによるDíaz-Arribasら(2019)の最新の系統的レビュー(15件のRCTを分析)でも同様の結論が報告されました pubmed.ncbi.nlm.nih.gov。彼らは「ボバース概念は他のアプローチと比較して効果が勝るわけではなく、特に麻痺した上肢の機能回復においては健側上肢の強制使用やCI療法(拘束誘導運動療法)など他のアプローチの方が有効であるという中程度のエビデンスがある」と述べています。以下にその一部を引用します。
引用: “The Bobath concept is not more effective than other approaches used in post-stroke rehabilitation. There is moderate evidence for the superiority of other therapeutic approaches such as forced use of the affected upper limb and constraint-induced movement therapy for motor control of the upper limb.” (Díaz-Arribas et al., 2019) pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
要するに、「ボバース vs 他の訓練法」という構図で見ると、ほとんどの領域で差がなく、腕のリハビリに至っては他の積極的な訓練(例:麻痺腕を使わせる訓練)の方が効果が上回る可能性が示唆されているのです。この結果は、従来ボバース法が重視してきた「健側による代償を抑える」方針に対し、真っ向から疑問を呈するものと言えます。
脳卒中リハだけでなく、小児の脳性麻痺領域でも同様の傾向が見られます。2010年代には小児リハ分野で大規模なレビュー研究が相次ぎました。中でも衝撃的だったのが、オーストラリアの研究者Novakら(2013)によるシステマティックレビュー(いわゆる「レビューのレビュー」)です。彼らは小児リハのあらゆる介入法のエビデンスレベルを評価し、その中でNDT(ボバース法)について「効果はより有効な他の治療法で代替可能であり、伝統的NDTを臨床で続ける合理的根拠は乏しい」と結論づけました sciencebasedmedicine.org。そして「非常に人気の高いNDTであるが、提供するのは停止すべきである」(つまりNDTの提供中止)とまで勧告したのです sciencebasedmedicine.org。この結論は当時、世界中の治療者に大きな議論を巻き起こしました。以下、Novakらのレビューからの引用です。
引用: “Consequently, there are no circumstances where any of the aims of NDT could not be achieved by a more effective treatment. Thus, on the grounds of wanting to do the best for children with CP, it is hard to rationalize a continued place for traditional NDT within clinical care. They consequently recommended ‘ceasing provision of the ever-popular NDT’.” (Novak et al., 2013) sciencebasedmedicine.org
このように、小児分野でも「NDT/ボバース法はもはや推奨できない」との厳しい見解が出されています。実際、2022年にはTe Veldeら(2022)によるメタ分析研究が「NDTは対照群に比べ有効性が高くないばかりか、従来より多い頻度で実施しても効果は増えない。よって小児のリハからNDTのディスコンティニュエーション(廃止)」をすべきである」と提言しています pmc.ncbi.nlm.nih.gov。
もちろん、全ての研究がボバース否定一色というわけではありません。いくつかの個別研究では、「ボバース法で若干良い成果が見られた」との報告もあります。例えばバランス能力について前述のKollenらのレビューでも限定的ながらボバース優位の結果があったことに触れましたし、他にも歩行能力の向上や筋緊張の低下といった面でボバースの有効性を示唆する論文も散見されます。しかし重要なのは、そうしたプラスの結果は一貫性に欠け、全体としてみると他手法と差がないケースが大半だという点です。専門家が集まって実施した包括的なレビューほど「他と大差なし」との結論に収束することは、エビデンスの蓄積として重く受け止める必要があります。科学的視点からは、現時点でボバース概念を「第一選択の治療法」と胸を張って言い切る根拠は乏しいと言えるでしょう。
臨床現場の声:賛否両論と代替アプローチとの比較
エビデンスが必ずしも支持しないとはいえ、ボバース概念が実際の臨床現場でまったく無価値だというわけではありません。現場の療法士や医師からは、ボバース法を支持する意見と批判する意見の両方が聞かれます。
支持派の声:「ボバース概念は患者一人ひとりに合わせたオーダーメイドのリハビリを可能にし、他の画一的な訓練では得られない効果がある」と主張するセラピストもいます。例えば、筋緊張の微妙な調整や関節アライメント(姿勢)の最適化など、動作の質に強くこだわる点はボバースの大きな特徴です。あるベテラン療法士は「患者の麻痺した腕や脚に適切な触覚入力を与えながら動きを導くことで、脳に新しい気づき(学習)を与えられる。これは単に反復練習するだけでは得られない利点だ」と語ります。また、「重度の麻痺で自発的な動きが出にくい急性期の患者には、ボバースのハンドリングで筋活動を喚起してあげることがリハビリの導入として有効」という意見もあります。要するに支持派は、「数値化しにくい部分でボバースは効いている」「患者個別の問題解決に寄与している」と感じており、エビデンスに表れない臨床的手応えを重視する傾向があります。
批判派の声:一方、批判的なセラピストは「結局のところ患者の機能を改善するには反復した課題練習や筋力トレーニングなど地道な取り組みが重要で、ボバースのようなハンドリング手技ばかりしていても自主的な活動が増えない」と指摘します。ボバース法ではセラピストが主導して「正しい動き」を体に覚えさせようとしますが、批判派は「患者自身が試行錯誤しながら動作を獲得していくプロセスこそが大事」と考えます。また「ボバースは受け身的になりがちで、患者のモチベーション維持が難しい」との声もあります。実際、麻痺があるとはいえ大人の患者であれば、受動的に体を動かされるより自分で体を動かして課題に取り組む方がリハビリへの主体性が高まるというのは想像に難くありません。さらに批判派は、前述したようなエビデンスの不足も重ねて強調し、「限られたリハビリ資源(時間・人手)を有効活用するためにも、実証された手法に集中すべき」と訴えています。
現場で支持派と批判派の議論になると、しばしば「では他にどんなアプローチがあるのか?」という話題になります。ボバース概念の代替、あるいは競合するリハビリ手法として、近年特に注目されているのが課題指向型リハビリテーションとCI療法です。課題指向型リハビリとは、実際の生活動作や目標志向の課題を反復練習することで機能回復を図る手法で、「反復的タスク練習」とも呼ばれます。例えば立ち上がり動作が目標なら、それに必要な筋力や協調性を練習するだけでなく、実際に何度も立ち上がる練習をします。脳卒中リハの国際的ガイドラインでも、「できるだけ実用的な課題の練習を優先せよ」と推奨されているほど、現在の主流になりつつある考え方です sarahtphysioblog.wordpress.com。一方、CI療法(Constraint-Induced Movement Therapy; 拘束誘導療法)は麻痺していない側の手足を一時的に使えなくしてしまい(例:健側上肢にミトンやギプスを装着)、麻痺した側を強制的に使わせる集中的訓練です。1990年代に米国で開発され、脳卒中後の上肢機能回復に高い効果があることがRCTで示されています。近年では小児の片麻痺性脳性麻痺にも応用され、遊びを交えながら麻痺手のみを使う訓練(強制的に遊ばせる)で成果を上げています。CI療法は「苦労してでも麻痺した手を使わせる」点で、「麻痺手に無理をさせず正常パターンだけを教える」ボバース法とは対照的です。エビデンス上も、上述のようにCI療法はボバース法より上肢機能改善に効果的との報告があり pubmed.ncbi.nlm.nih.gov、各国のガイドラインで推奨されています。
他にもミラー療法(鏡を使って麻痺手が動いているように脳を錯覚させる訓練)やロボットスーツ/電気刺激を用いたリハビリなど、新しいアプローチが次々登場しています。それらと比べると、ボバース概念は「昔からある手技」という位置づけになり、最新テクノロジーや積極的な運動学習理論を取り入れた方法のほうがエビデンスも豊富で成果も見えやすい――というのが批判派の論調です。
まとめると、臨床の最前線ではボバース概念の評価は割れていると言えます。経験豊富な療法士ほどボバースの有用性を実感している場合もありますが、若手を中心にエビデンス志向の療法士は「もっと有効な方法が他にあるのでは?」とシビアです。患者の視点からすると、「どの手法を使ってくれるか」よりも「リハビリの成果が出るか」が重要でしょう。最終的にはエビデンスと患者利益を尊重しつつ、必要に応じて様々なアプローチを組み合わせる柔軟性が現場には求められているのかもしれません。
日本と海外での評価の違い
ボバース概念に対する評価や扱いは、日本と海外で必ずしも同じではありません。むしろ近年、そのギャップは広がっているように見えます。
海外、特に欧米諸国ではエビデンスに基づく医療の流れが早くから進み、前述のような批判的エビデンスが蓄積される中で徐々にボバース離れが進行してきました。実際、「ボバース概念は時代遅れであり、もはや教育カリキュラムで教えられていない」とする声もあります sciencebasedmedicine.org。例えばイギリスや北欧の一部では、リハビリ専門職の教育課程から伝統的NDT/Bobathの比重が減り、代わりに課題指向型訓練やニューロリハの最新手法が重視されるようになっています。また臨床ガイドラインにおいても、ボバース法を特に推奨しない、むしろ他の訓練を優先すべきとの明確な方針が打ち出されつつあります。直近の例では、英国の脳卒中ガイドライン(2023年改訂版)において「脳卒中後の麻痺に対するリハビリでは、ボバースを含む他のアプローチよりも反復的な課題指向型訓練を優先すべき」と明記されました sarahtphysioblog.wordpress.com。このように公的指針レベルで「Bobathよりエクササイズ重視」を打ち出す動きは、海外では既に現実のものとなっています。
一方の日本では、ボバース概念は依然として根強い支持を保っています。確かに近年、若い世代の療法士や一部の専門家から「ボバースのエビデンスは弱い」「昔の方法に固執すべきでない」との声も上がり始めました。しかし臨床現場の大勢としては、未だにボバース概念を研修で学び、それを臨床に取り入れている療法士は少なくありません。実際、日本の小児リハビリテーションガイドラインではボバース法がある程度推奨されており(逆にボイタ法や上田法は推奨度が低い)という状況です。海外では2000年代以降ボバース法が「衰退」していったのに対し、日本では未だ盛んに実践・研修されているのはなぜか、という問いかけもなされています。
この違いの背景にはいくつかの要因が考えられます。まず、日本では伝統的手技や師匠から弟子への技術継承を重んじる傾向があり、欧米ほどドラスティックに治療法を切り替える文化が強くないことが挙げられます。長年ボバース法に携わってきた先輩療法士や医師が多く存在し、彼らが教育者として新人に教えていく中で、ある種の「同調圧力」のように継続している面もあるでしょう。また、日本のリハビリテーション医療体制において、エビデンスを即座に反映する仕組みが弱いことも指摘されています。ガイドラインは存在してもそれが保険点数など報酬体系に結びつきにくく、現場の裁量に委ねられている部分が多いため、各施設・セラピストが従来から慣れ親しんだボバース法を続けても特にペナルティが無いという状況です。
さらに、ボバース概念自体が日本で独自の発展を遂げ、国内の指導者によって更新・解釈されている点も見逃せません。日本ボバース研究会などは定期的に講習会や学会を開き、「現代のボバース(Contemporary Bobath)」のあり方を模索しています。実際、ボバース法にも近年は神経可塑性の知見や他の理論を取り入れたアップデートが加えられており、一部では「今のボバースは昔とは違う」という主張もされています。そのため日本では、「批判はあるが改良しながら続けていこう」という穏健な立場が多く、海外のように「もはや教えない・使わない」とまで極端に舵を切る動きには至っていません。
とはいえ、徐々に日本でもエビデンスを重視する風潮は高まっており、新人療法士は大学や専門学校でエビデンスに基づく思考を身につけて卒業してきます。今後、日本でも世代交代が進むにつれ、海外に倣ってボバース概念の位置づけが見直されていく可能性は十分考えられます。実際問題、国際学会や文献で「ボバースは効果が他と同等」という情報が溢れる中で、日本だけが従来通り教え続けることには無理があるでしょう。情報のグローバル化に伴い、日本のリハ業界も変化を迫られている段階と言えます。
歴史的変遷と今後の展望:伝統アプローチはどう進化すべきか
ボバース概念の歴史的な流れを振り返ると、その興隆と停滞はリハビリ医療の発展と軌を一にしています。20世紀後半、ボバース法は画期的なリハアプローチとして受け入れられ、世界中のリハ専門職に広まりました。当時は他に有力な手法も少なく、また科学的検証より臨床経験に基づく知見が尊重されていたため、ボバース夫妻の提唱した理論と技術は一大ムーブメントとなったのです。その全盛期には、ボバース講習会に参加することが療法士としてのステータスであり、修了証を持つことが専門性の証明とまで言われました。日本でも1980~90年代にかけてボバース法が積極的に導入され、多くの先駆者が海外で学びを深めて国内に紹介しました。
しかし、1990年代後半から2000年代に入ると、医療分野全体でエビデンス重視の潮流が強まります。リハビリ分野でも例外ではなく、「本当に効くのか?」を客観的に検証する研究が増えていきました。そうした中で前述したような否定的・中立的な研究結果が相次ぎ、次第にボバース概念に対する懐疑の目が向けられるようになりました。2000年代には、それまでボバース一辺倒だった教育機関や学会で代替アプローチの紹介が増え、「課題指向型トレーニングの方が有望だ」「CI療法やロボット技術を取り入れるべきだ」といった新しい潮流が形成されていきます。一部の研究者や教育者は「コンテンポラリー・ボバース」として従来のボバース概念を再解釈し、最新エビデンスとの整合を図ろうと試みました。具体的には、ボバース法にもタスク指向の要素を取り入れたり、評価法を客観的尺度に沿ったものにアップデートしたりする動きです。それでもなお、根本哲学である「正常運動パターンの促通」という軸は残っており、これをどう再定義するかが課題となっています。
現在、ボバース概念は岐路に立っていると言えるでしょう。一つの方向性は、過去の遺産として静かにフェードアウトしていくことです。すでに教育現場で教えられなくなれば新規の担い手は減り、現存する熟練セラピストたちの引退とともに次第に姿を消す可能性があります。もう一つの方向性は、形を変えて生き残ることです。ボバース概念の中にも、有用だと考えられるエッセンス(例えば「個別対応の視点」「全身の協調を見る視点」「手による繊細な誘導技術」など)はあります。そうした要素を、現代のリハ理論や他の手法と統合していくことで、新たなアプローチとして進化させる道です。実際、「ボバース対他の手法」という対立構造自体ナンセンスだとする意見もあります。患者のニーズに合わせて複数の引き出しから技術を組み合わせることが大切であり、その中にボバース的なテクニックが含まれていてもよい、という考え方です。
また今後の展望として、もしボバース概念が存続したいのであればエビデンスの創出に真剣に取り組む必要があるでしょう。エビデンスを利用するだけではダメなんです。批判の大半は「証拠が無い」に集約されますから、ボバースセラピストこそが率先して質の高い研究を行い、その効果を示すことが求められます。例えば、「ボバース法でのみ改善が見られるアウトカム」(痛みの軽減や痙縮の抑制、あるいは患者満足度など)を見いだせれば一つのエビデンスになります。またボバースの個別性ゆえの再現性問題を克服するため、熟練者の頭の中の臨床推論を言語化・体系化して共有する努力も重要です。最近では有志によるボバースの定義や理論の再整理(デルファイ調査や解析的レビュー)が行われており、ボバース派自身も危機感を持って改善を模索している様子が伺えます。
結論:エビデンスに基づく賢明な選択を
リハビリテーション医療は常に進化し続けています。かつて有効と信じられていた手法も、新たなエビデンスの前では再評価を迫られることがあります。ボバース概念はその典型例と言えるでしょう。伝統的手法として多くの成果と経験知を蓄えてきた一方、現代の科学の目で見ると「他と比べて特段優れてはいない」というシビアな評価が下されています。これはボバース法が「無意味」ということでは決してなく、他の有効なアプローチと同程度には役立つ可能性を示しています。しかし患者さんにとっては、限られたリハビリ期間で最も効果的な方法に取り組むことが重要です。そのため医療者側は、最新のエビデンスを把握した上で最適な手法を選択・提供する責任があります pubmed.ncbi.nlm.nih.gov。エビデンスに反する慣習に固執することは、患者さんの貴重な回復チャンスを逃すことにつながりかねません。
ボバース概念に携わる療法士の方々にとっても、今が転換期かもしれません。自らの技術をアップデートし、エビデンスと照らし合わせて足りない部分を補完していくことが求められています。幸いリハ業界にはボバース法以外にも多彩なツールが存在します。「ツールの一つとしてボバース手技も使うが、それだけに頼らない」というバランス感覚で、患者本位のリハビリを提供していくことが理想です。
最後に、この記事のテーマについて皆さんはどう感じられたでしょうか?ボバース概念に思い入れのある専門家の方、実際にボバース法でリハを受けた経験のある患者・ご家族の方、ぜひご意見や体験談をコメント欄でシェアしてください。議論を深めることで、より良いリハビリテーションの形が見えてくるはずです。また本記事が参考になったと感じたら、同僚やご友人と共有していただけると幸いです。エビデンスに基づきつつも現場の知恵も尊重する――そんな建設的な対話を通じて、リハビリ業界全体が発展していくことを期待しています。
4. STROKE LABにおけるボバース活用:最先端機器との“ハイブリッド”
STROKE LABでは、ボバースインストラクターの顧問や海外修了者の代表を中心に、エビデンスのある機器・技術を組み合わせた「ハイブリッド型リハビリ」を推進しています。
課題指向型トレーニングや荷重式トレッドミル(BWST)との併用によって、ボバース由来の徒手技術と科学的根拠に基づくアプローチを同時に活用し、患者の身体機能を効率的に高める狙いがあります。
また2025年からは筋電図を海外企業と提携して、効果やセラピーに活用し、学会や研究論文、ジャーナルで積極的に発信していく方向です。
具体的な事例はこちら:
STROKE LABアプローチの一例(YouTubeへ)
従来は“感覚的”とされてきた手技をデータ化・可視化する試みが進められており、 「職人的知見×客観的エビデンス」という新しいカタチのリハビリを志向しています。
5. ボバースアプローチのメリット・デメリットを整理
メリット | デメリット |
---|---|
1. 個別化された治療 | 1. 標準化プロトコルの不足 |
2. 包括的アプローチ(全人的視点) | 2. RCT等による科学的根拠が限定的 |
3. 患者のモチベーションや関与を高めやすい | 3. 時間・人的コストの増大 |
4. 幅広い症例・病態に応用可能 | 4. 専門トレーニング(正式コース等)の負担 |
5. 動作の質や姿勢制御を重視 | 5. 保険点数や費用対効果での批判 |
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)