【質問】脳梗塞後に病態失認・半側空間無視・目と手の協調運動障害が出ました。リハビリ・評価は?
実際の診察や観察場面からの事前学習
登場人物
- 医師:金子先生
- 患者:丸山さん
第1セッション:初診と評価
場面:初診室
金子先生:「こんにちは、丸山さん。今日は初めての診察ですね。右中大脳動脈の脳梗塞後、どのような症状が出ていますか?」
丸山さん:「はい、何も特に変わったことは感じていないんですが、妻が色々と気になることがあると言っています。」
金子先生は、丸山さんの妻と会話を続け、患者の症状を詳細に把握します。
金子先生:「奥様のお話を伺ったところ、いくつかの症状が見受けられます。これからいくつかの評価を行いますね。」
第2セッション:病態失認(アノゾグノシア)の評価
場面:診察室
金子先生:「まずは、丸山さんの病態失認について評価しましょう。自分の体の状態についていくつか質問します。」
金子先生:「丸山さん、左手の動きについて何か違和感はありますか?」
丸山さん:「いいえ、特にありません。」
金子先生は、丸山さんの左手が明らかに麻痺しているのを確認しています。
評価スコア:病態失認の評価スコア(Anosognosia Rating Scale)で3点(1-5点のうち)
第3セッション:半側空間無視(ヘミネグレクト)の評価
場面:リハビリテーション室
金子先生:「次に、半側空間無視の評価を行います。テーブルに置かれた物を拾っていただけますか?」
丸山さんはテーブルの右側に置かれた物だけを拾い、左側にある物には気づかない様子。
金子先生:「左側にも物があるのを確認できますか?」
丸山さん:「あ、見えませんでした。」
評価スコア:線分抹消テスト(Line Bisection Test)で10点(0-36点のうち)
第4セッション:目と手の協調性の障害(協調運動障害)の評価
場面:リハビリテーション室
金子先生:「次に、視覚と手の動作の協調性を評価します。こちらのボードの上で、指定された場所にペグを置いてください。」
丸山さんは、指示された場所にペグを置くのに時間がかかり、手の動きが不正確です。
評価スコア:九穴ペグテスト(Nine-Hole Peg Test)で右手のタイムが30秒以上
第5セッション:リハビリテーションの方針
場面:カウンセリングルーム
金子先生:「丸山さん、今日の評価結果から、以下のリハビリテーションプログラムを提案します。」
- 病態失認(アノゾグノシア):
- 目標:自己認識を高める
- 方法:ミラーセラピー、自身の動作をビデオで確認
- 半側空間無視(ヘミネグレクト):
- 目標:左側の認識を改善
- 方法:プラズモタッチ法、視覚探索訓練
- 目と手の協調性の障害(協調運動障害):
- 目標:手と目の動作の統合を改善
- 方法:視覚フィードバックを利用した協調訓練、ペグボードエクササイズ
金子先生:「これから、これらのリハビリテーションプログラムを週に3回行いましょう。リハビリの進捗に合わせて、プログラムを調整していきます。」
丸山さん:「ありがとうございます、先生。頑張ります。」
リハビリテーションの評価スコア(初回)
- 病態失認:3点
- 半側空間無視:10点
- 目と手の協調性の障害:30秒以上(九穴ペグテスト)
金子先生は、定期的に丸山さんの評価を行い、リハビリの効果を見ながらプログラムを調整していくことを計画しています。
病態失認とは?
定義: 病態失認(アノゾグノシア)は、自身の病気や障害に対する認識が欠如している状態を指します。これは、患者が自分の身体的な障害、特に麻痺や感覚の喪失を認識できないという特徴があります。
原因: 病態失認は、右半球の特定の領域、特に右側頭-頭頂接合部(TPJ)や右前頭葉の損傷が主な原因とされています。これらの領域は自己認識や身体認識に関与しており、その損傷が自己の身体状態に対する認識の欠如を引き起こします。
- 右側頭-頭頂接合部(TPJ):
- この領域は、身体の感覚情報を統合し、自己の身体状態を認識するために重要です。TPJの損傷は、自己の身体やその状態を認識する能力に影響を与えます (Oxford Academic)
- 右前頭葉:
- 前頭葉は高次認知機能に関与しており、自己の行動や状態に対する認識やモニタリングを行います。前頭葉の損傷は、自己評価のプロセスに影響を与え、病態失認を引き起こします (SpringerLink)
影響: 病態失認の患者は、以下のような影響を受けることが多いです。
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障害の認識の欠如:
- 患者は自身の麻痺やその他の障害を認識せず、これにより日常生活での安全性や自立性に重大なリスクが生じます。例えば、麻痺している手足を無理に使おうとしたり、動けない部分に対して無理な負担をかけることがあります (Oxford Academic)。
-
リハビリテーションへのモチベーション低下:
- 患者が自身の障害を認識できないため、リハビリテーションの必要性を感じにくく、積極的に参加する意欲が低下します。これにより、リハビリテーションの効果が減少し、回復が遅れる可能性があります (SpringerLink)。
具体的な研究例:
- Bisiach et al. (1986): 右半球損傷患者における病態失認のメカニズムについての研究では、右半球の損傷が病態失認を引き起こすことが示されました。特に、自己認識に関連する脳領域の損傷が重要な要因であるとされています (Oxford Academic)。
- Orfei et al. (2007): 複数の研究をレビューした結果、病態失認は単一の脳領域の損傷だけでなく、複数の領域の損傷や機能不全が関与する複雑な現象であることが示されています。これは、自己認識が複数の脳ネットワークによって支えられていることを示唆しています (SpringerLink)。
リハビリテーションの方針
病態失認のリハビリテーションには、患者の障害認識を促進するための様々なアプローチが取られます。
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認識訓練:
- 鏡を使用した自己認識訓練やビデオフィードバックを用いて、患者に自身の障害を認識させる訓練を行います。これにより、患者が自身の身体状態を正しく認識できるようにします。
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モチベーション向上:
- 小さな成功体験を積み重ねることで、患者の自信を回復させ、リハビリテーションへの積極的な参加を促します。患者が自身の進歩を実感できるようにすることが重要です。
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家族や介護者の教育:
- 家族や介護者に対して、患者の状態とリハビリテーションの方法について教育し、サポート体制を強化します。これにより、患者の日常生活での安全性とリハビリテーションの効果を高めることができます。
これらのアプローチは、個々の患者のニーズに応じてカスタマイズされるべきであり、リハビリテーション専門家と連携して最適な治療計画を提供することが重要です。
半側空間無視は?
定義: 半側空間無視(ヘミネグレクト)は、空間の片側(通常は左側)を無視する状態を指し、患者は片側の視覚情報や感覚情報に気づかず、反応しません。これは、感覚の喪失がなくても発生することがあります。
原因: 半側空間無視は、右半球の特定の領域の損傷に関連しています。特に以下の領域が関与しています。
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右側頭-頭頂接合部(TPJ):
- TPJは空間注意と統合に重要な役割を果たしており、その損傷が無視症状の主な原因となります。これにより、患者は視覚的および感覚的な情報の一部を無視することになります (BMJ Journals)
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右前頭葉:
- 前頭葉は高次認知機能に関与し、注意と行動の制御を担います。前頭葉の損傷は、空間無視の重症度を増す要因となります (Oxford Academic) (SpringerLink)。
影響: 半側空間無視の患者は、以下のような影響を受けます。
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視覚および感覚情報の無視:
- 患者は左側の物体や環境に気づかず、左側の身体部位を使用しないことが多いです。例えば、食事の際に皿の左側の食べ物を見逃したり、左側の身体を使用しないことが挙げられます (BMJ Journals)。
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日常生活への影響:
- 半側空間無視は日常生活の多くの活動に重大な制約をもたらします。患者は左側の障害物にぶつかったり、左側の身体を無視するため、転倒や事故のリスクが高まります (Oxford Academic)
具体的な研究例:
- Bartolomeo et al. (1999): 空間無視におけるTPJの役割を調査した研究で、右半球損傷患者の視覚的注意と無視のメカニズムについて詳述しています (Cambridge)。
- Corbetta et al. (2002): 注意ネットワークの機能不全が半側空間無視にどのように影響するかを示す研究で、右側頭-頭頂接合部および前頭葉の損傷が特に重要であることが示されています (SpringerLink)。
リハビリテーションの方針
半側空間無視に対するリハビリテーションは、多様なアプローチを組み合わせて行われます。
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スキャニング訓練:
- 患者に左側の視覚情報を積極的に探す訓練を行います。これは、特定のターゲットを見つけるために目や頭を動かす訓練が含まれます。
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視覚刺激訓練:
- 左側からの視覚刺激を増やし、無視される側の認識を高める訓練を行います。これには、コンピュータベースの視覚刺激ゲームや仮想現実技術を使用する方法があります (BMJ Journals)。
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左側注意喚起:
- 音声や触覚で左側への注意を喚起するデバイスを使用します。例えば、左側からの音声指示や振動を利用して患者の注意を引きます (SpringerLink)。
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リハビリテーションの継続的評価:
- 定期的に患者の進行状況を評価し、リハビリテーションプランを適宜調整することが重要です。これにより、患者のニーズに応じた最適な治療が提供されます。
結論
半側空間無視は、右半球の損傷に起因する複雑な障害であり、日常生活に重大な影響を及ぼします。リハビリテーションは個別の患者のニーズに応じてカスタマイズされるべきであり、リハビリテーション専門家と連携して最適な治療計画を提供することが重要です。
眼と手の協調運動障害は?
定義: 目と手の協調障害(協調運動障害)は、視覚と運動の統合が不完全で、目と手の動作が一致しない状態を指します。これにより、正確な動作や物体の操作が困難となります。
原因: 協調運動障害は、右半球の広範な領域、特に視覚-運動統合を担う後頭葉と頭頂葉の損傷が主な原因とされています。
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右側頭-頭頂接合部(TPJ):
- TPJは視覚情報の統合と運動の制御に関与しており、その損傷が視覚と運動の協調性に大きく影響します (SpringerLink)
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右前頭葉および後頭葉:
- 前頭葉と後頭葉の損傷は、目と手の協調動作に必要な高次認知機能と運動計画に影響を及ぼします (SpringerLink)
影響: 協調運動障害の患者は、以下のような影響を受けます。
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精細な動作の困難:
- ボタンをかける、文字を書く、物を持ち上げるなどの精細な動作が困難になります。これにより、日常生活での多くの活動が制限されます。
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動作の不正確さ:
- 患者は目標に対して手の動きを正確に合わせることができず、動作がぎこちなくなります。これにより、物体の操作や正確な動作が困難になります (SpringerLink)
具体的な研究例:
- Heilman and Rothi (2003): 視覚運動アプラキシアのメカニズムについて詳述し、右半球の損傷が視覚と運動の協調に与える影響を示しています (SpringerLink)。
- Gross-Tsur et al. (1989): 視覚運動アプラキシアの症例研究において、協調運動障害が患者の日常生活にどのように影響するかを説明しています (SpringerLink)。
リハビリテーションの方針
目と手の協調障害に対するリハビリテーションは、多様なアプローチを組み合わせて行われます。
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協調運動訓練:
- 視覚情報と手の動きを統合するための訓練を行います。例えば、ボールキャッチングやターゲットに向かって手を動かす訓練が含まれます。これにより、視覚と運動の協調性を高めます。
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視覚-運動統合ゲーム:
- コンピュータベースのリハビリテーションゲームを使用して、目と手の協調性を向上させます。これにより、患者が楽しみながら訓練を行うことができます (SpringerLink)。
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日常生活動作訓練:
- 日常生活で必要な動作を練習し、実生活での応用力を高めます。例えば、食事や着替えなどの具体的な活動を通じて訓練を行います (Oxford Academic)。
結論
目と手の協調障害は、右半球の損傷によって引き起こされる複雑な障害であり、日常生活に重大な影響を及ぼします。リハビリテーションは個別の患者のニーズに応じてカスタマイズされるべきであり、包括的かつ段階的なアプローチが必要です。リハビリテーション専門家と連携して、最適な治療計画を提供することが重要です。
エビデンスの高い評価表は?
右中大脳動脈の脳梗塞後の病態評価とリハビリテーションの効果を評価するためには、高いエビデンスを持つ評価バッテリーを使用することが重要です。以下は、病態失認、半側空間無視、および目と手の協調性の障害を評価するための推奨される評価バッテリーです。
病態失認(アノゾグノシア)の評価
1. アノゾグノシア評価尺度(Anosognosia Scale):
- 概要: この尺度は、患者が自分の障害をどの程度認識しているかを評価するための質問票です。
- エビデンス: 高い信頼性と妥当性が報告されています (SpringerLink)
2. ミラー評価尺度(Miller et al.):
- 概要: ミラーの尺度は、自己認識と病態失認の程度を評価するために使用されます。
- エビデンス: 多くの研究で使用され、その有効性が確認されています (SpringerLink)。
半側空間無視(ヘミネグレクト)の評価
1. 行動無視検査(Behavioral Inattention Test, BIT):
- 概要: 半側空間無視を評価するための標準的なテストバッテリーで、視覚、運動、および日常生活の課題を含みます。
- エビデンス: 高い信頼性と妥当性が広く認識されています (BMJ Journals)
2. バランス評価(Catherine Bergego Scale, CBS):
- 概要: 半側空間無視の患者が日常生活でどの程度影響を受けているかを評価します。
- エビデンス: 日常生活における無視の影響を評価するのに有効であることが示されています (Oxford Academic)。
目と手の協調性の障害(協調運動障害)の評価
1. 動作評価(Apraxia Battery for Adults, ABA):
- 概要: 協調運動障害の評価に使用される標準的なバッテリーで、模倣、物体の使用、および視覚-運動統合の評価を含みます。
- エビデンス: 高い信頼性と妥当性が報告されています (SpringerLink)
2. ベントン視覚運動統合検査(Benton Visual Retention Test, BVRT):
- 概要: 視覚記憶と視覚-運動統合を評価するためのテストです。
- エビデンス: 視覚運動障害の評価において広く使用され、その有効性が確認されています (SpringerLink)
結論
右中大脳動脈の脳梗塞後の病態を評価するためには、上記の評価バッテリーを使用することが推奨されます。これらの評価バッテリーは、それぞれの障害に特化しており、高い信頼性と妥当性が報告されています。エビデンスに基づいた評価を行うことで、患者の状態を正確に把握し、適切なリハビリテーション計画を立てることが可能となります。
上記内容は、STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
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1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)