【2024年版】下頭頂小葉とゲルストマン症候群!リハビリによる日常生活への応用
はじめに
本日は下頭頂小葉について解説したいと思います。この動画は「リハビリテーションのための臨床脳科学シリーズ」となります。
内容は、STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
動画一覧は写真をクリック
下頭頂小葉とは?
論文トピック
ゲルストマン症候群の特徴
ゲルストマン症候群は、以下の4つの症状により特徴付けられます。
- 失算:算術演算を実行し、数値概念を使用する能力の喪失
- 失書:後天的に書く能力が障害される
- 手指失認:自分の指を区別して認識することが困難
- 左右見当識障害:左右の区別が困難
病態と解剖学的背景
ゲルストマン症候群は、左頭頂葉の損傷、特に**下頭頂小葉(IPL)**内の角回および縁上回に関連しています。
- 角回:言語処理、数学的操作、認知機能に関与し、失算や失書などの症状を引き起こします。特に、数値処理や空間認識の役割が大きいです。
- 縁上回:言語の知覚と処理、音韻記憶、空間的および感覚的処理に関与。指の失認や左右見当識障害は、縁上回の身体図式や空間認知の機能と関係しています。
最新の研究
角回の役割についての最新の研究は、言語処理におけるその重要性を強調しています。特に比喩、慣用句、抽象的概念の理解において重要な役割を果たします。また、右の角回は、注意や空間認知、社会的認知に関与し、皮肉や感情的な言語表現の理解にも関係しています。
- 2023年論文:「The role of the angular gyrus in semantic cognition: a synthesis of five functional neuroimaging studies」では、角回が意味処理、言語理解、抽象的な概念にどのように関わっているかが議論されています。
リハビリテーションのアプローチ
- 意味処理の演習:言葉と意味を結びつける訓練、同義語や反意語の理解、視覚や聴覚刺激を組み合わせたマルチモーダルな演習が有効です。
- 指手失認と左右見当識障害の改善:ミラーセラピーや視覚的フィードバックを活用し、身体意識や空間認識を高めるアプローチが有効です。
病態メカニズムと白質路の役割
一部の研究者は、ゲルストマン症候群の症状は皮質自体の損傷ではなく、IPL内の白質路の切断によって引き起こされる可能性があると主張しています。例えば、角回と縁上回を含む頭頂領域間の皮質下白質の損傷が、ゲルストマン症候群の症状を説明する可能性があります。
- 2021年研究:「White matter tract disconnection in Gerstmann’s syndrome: Insights from a single case study」では、神経画像技術を用いて、角回と他の頭頂領域を結ぶ白質路の損傷がゲルストマン症候群の発症に関連していることが明らかにされています。
観察ポイントと臨床のヒント
① 空間認識とナビゲーション
環境内での物体の空間関係を知覚し、空間をマッピングする役割を果たします。感覚情報を統合して身体の位置や動きを理解し、ナビゲーションを助けます。
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ベッドでの姿勢は?
患者が体を快適に整えるのが難しかったり、ベッドとの関係を理解するのに苦労している場合があります。ベッドサイドのテーブルの水飲み器を取ろうとすると失敗することがあるかもしれません。 -
体や指の認識は?
左腕や左指がどこにあるか、またはそれが自分の体の一部であることさえ認識できない場合があります。どの状況でそれが起こるか、他の身体部位にも同様の問題があるか観察しましょう。 -
食事場面は?
食器、食べ物、口の間の空間的な関係を理解するのが難しい場合があります。食べ物を口に運ぶ動作が困難になる前兆やサインがあるかを確認してください。
臨床へのヒント
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枕や毛布の調整や配置換え
ベッド上での姿勢の変更を自主的に促します。例えば、枕の高さや毛布の位置を調整してもらいます。水筒やリモコンなど、日常で使う物品を手の届かない場所に置き、腕を伸ばす機会を増やすことで空間認識を向上させます。 -
ミラーセラピー
健常な手足を動かし、鏡を使って脳にその動きを患部の手足と錯覚させます。この視覚フィードバックが中枢神経系にポジティブな影響を与え、空間認識を改善します。 -
食事での身体への意識
食事中に手を口元に誘導する、肘を安定させる、声かけを行うなど、身体への意識を高めるサポートが有効です。
参考論文
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2021年 Dongら: Effectiveness of robot-assisted virtual reality mirror therapy for upper limb motor dysfunction after stroke: study protocol for a single-center randomized controlled clinical trial
脳卒中後の上肢運動機能障害に対するロボット支援仮想現実ミラー療法の効果についての研究プロトコルです。 -
2022年 FeiWenら: Specific subsystems of the inferior parietal lobule are associated with hand dysfunction following stroke: A cross-sectional resting-state fMRI study
下頭頂小葉と脳卒中後の手の機能不全の関連を調査した研究です。
② 注意処理
注意のシフトと注意維持に関連しています。何かに注意を向ける指向性の注意と、予期しない刺激に反応する反射的注意の両方に関与します。
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会話は集中できる?
会話中に集中力を保ち、一貫して会話に参加できるか確認します。 -
刺激に対する反応は?
突然の音や人の出入りにどう反応するかを観察し、その後元の作業に戻れるか確認します。 -
テレビや読書のストーリーを追える?
ストーリーの進行を理解し、注意を維持できているか確認しましょう。 -
順番を意識できている?
グループセラピーやボードゲーム中に、順番を意識し適切な行動ができるか観察します。
臨床へのヒント
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情報の段階付け
短く簡単な物語から始め、徐々に複雑な内容に進めていくことで、注意維持やシフトの能力を刺激します。 -
アクティビティ導入
マッチングゲームやビデオゲームを使用し、注意の向け直しや反応時間を向上させます。 -
固有名詞の活用
会話や指示の際に名前を頻繁に使い、注意を引きつけ練習します。
参考論文
- 2010年 Akiraら: The Inferior Parietal Lobule and Recognition Memory: Expectancy Violation or Successful Retrieval?
頭頂葉の認識記憶における役割を調査し、注意と記憶プロセスの関連性を分析した研究です。
③ ゲルストマン症候群で生じる機能
ゲルストマン症候群は、左頭頂葉の病変、特に下頭頂小葉内の角回と縁上回に関連して、失算、失書、手指失認、左右識別障害を引き起こします。
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数学的課題は?(失算)
数字が関わるスケジュールや薬の投与量の理解に苦労しているか観察します。 -
書くことの困難さは?(失書)
メモやフォームの記入における困難さを確認します。 -
指の識別は?(手指失認)
特定の指を使う際に混乱がないかを観察します。 -
左右混乱は?(左右識別障害)
日常生活の中で右/左の区別に困難を感じているか確認します。
臨床へのヒント
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失算へのトレーニング
簡単な数字ベースのゲームや予算管理などの実践活動を通じてトレーニングを行います。 -
失書へのトレーニング
毎日の日記や手紙を書く練習を行い、徐々に複雑な文章に挑戦します。 -
手指失認のマネジメント
楽器演奏や物体の分類といった活動を取り入れ、指の識別能力を高めます。 -
左右の方向性トレーニング
ダンスステップや運動を通じて、右左の意識を高める活動を行います。
参考論文
- 2023年 Dyecikaら: Neuropsychology of the parietal lobe: Luria’s and contemporary conceptions
神経心理学者アレクサンダー・ルリアの理論と現代の研究成果を統合した論文です。
④ 言語処理
左角回は、意味処理、読書、一部の発話生成に関与しています。
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会話のスキルは?
基本的な指示を理解し、適切に従えるか確認します。 -
読書と理解力は?
メニューや新聞を読んでもらい、内容を理解しているか確認します。 -
物の名前を覚えられる?
日常的な物の名前を正しく挙げられるか観察します。 -
文字が書ける?
名前や簡単な文章を書くことで、書字能力を評価します。
臨床へのヒント
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会話や歌を通じて
患者に話したり歌ったりすることを促し、左右の脳半球を活性化させ、言語機能の改善を図ります。 -
文字理解の練習
日常生活で物に名前をつける活動を行い、物体認識と語彙力を高めます。 -
文字を書く練習
日記や買い物リストを作るなど、日常的な書字の練習を行います。
参考論文
- 2019年 Satuら: Inferior parietal lobule and early visual areas support elicitation of individualized meanings during narrative listening
IPLが物語の解釈や個別の意味生成に関わることを示唆する研究です。
新人セラピストが陥りやすいミス
- 複雑な書字課題を早く導入しすぎること:患者に負担をかけ、挫折感を引き起こします。
- 数学的課題の乖離:実生活に関連しない計算練習では効果が得られにくいです。
IPLの位置: 脳の下頭頂小葉の解剖学的位置を説明できますか?
IPLへの血液供給: 下頭頂小葉への主な血液供給は何ですか?
IPLの機能: 下頭頂小葉に関連する主な機能は何ですか?
ゲルストマン症候群: ゲルストマン症候群の 4 つの特徴的な症状は何ですか?
IPLとゲルストマン症候群: 下頭頂小葉はゲルストマン症候群とどのように関連していますか?
角回の役割: 角回は認知機能においてどのような役割を果たしており、ゲルストマン症候群とどのように関連していますか?
左角回と右角回: 左角回と右角回の機能はどのように異なりますか?
リハビリテーション技術: 下頭頂小葉に損傷がある患者に効果的と思われるリハビリテーション技術をいくつか挙げてください。
注意処理とIPL: 下頭頂小葉はどのように注意処理に寄与するのでしょうか?
臨床観察:IPL関連障害の可能性がある患者にとって重要な観察ポイントは何ですか?
IPLの位置: 下頭頂小葉は脳の頭頂内溝の下、中心後溝の後方に位置し、縁上回と角回に分けられます。
IPLへの血液供給: 下頭頂小葉への主な血液供給は中大脳動脈の枝から来ます。
IPL機能: IPL は言語処理、注意と空間認識、視覚と運動の調整に関与しており、デフォルト モード ネットワークの一部であり、さまざまな認知機能に貢献します。
ゲルストマン症候群: ゲルストマン症候群は、失算、失書、指の失認、および左右の見当識障害を特徴とし、通常は左 IPL の損傷に起因します。
IPLとゲルストマン症候群: ゲルストマン症候群は、IPL、特にさまざまな認知機能に重要な角回と縁上回の病変と関連していることがよくあります。
角回の役割: 角回は、言語処理、数学的演算、および認知に関与します。 その障害は、ゲルストマン症候群における失算や失書などの症状に関連しています。
左角回と右角回: 左角回は主に言語と意味処理に関与し、右角回は注意、空間認知、および社会的認知の一部の側面に関連しています。
リハビリテーション技術: ミラーセラピーや、空間認識と注意処理に焦点を当てたタスクなどの技術は、IPL 関連障害のリハビリテーションに効果的です。
注意の処理とIPL: IPL は方向性注意と反射的注意の両方にとって重要であり、注意の移動と維持を助け、予期せぬ刺激への反応に関与します。
臨床観察: 臨床的には、IPL関連障害の可能性がある患者の空間認識、体と指の認識、会話中の注意、刺激への反応、数学的能力や筆記能力を観察することが重要です。
下頭頂小葉(IPL)を意識したリハビリテーション展開例
登場人物
- 療法士:金子先生
- 患者:丸山さん
ストーリー
初回セッション:評価と課題設定
丸山さんは、長い入院生活を経て、今まさに退院に向けたリハビリの真っ最中です。彼は一人暮らしに戻る予定で、日常生活に必要な服薬管理や血圧測定の習慣を身につける必要があります。しかし、失算と失書が彼のリハビリの大きな課題となっています。
金子先生:「退院に向けて、毎日の薬の管理と血圧測定をスムーズにできるようにしましょう。まずは簡単な計算や書字から練習を始めます。」
丸山さんは、数字や文字の認識が難しく、薬の数を確認したり、血圧の数値を正確に書き残すことに不安を感じていました。
総合評価とリハビリ目標の設定
リハビリ目標:
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簡単な計算と書字の能力向上
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服薬管理と血圧測定の自立
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退院後の生活に向けた自己管理の習慣化
リハビリの計画と実施
金子先生は、丸山さんが退院後に一人で生活できるように、以下の段階的なリハビリを実施しました。
①簡単な計算と書字の練習
最初のステップとして、薬の分量や血圧測定に必要な数字の感覚を取り戻すために、簡単な数字や計算のプリントを使用しました。例えば、1から10までの数字を使った簡単な足し算や引き算の問題を解いてもらいます。この際、丸山さんには計算の過程を丁寧に行うようにし、結果だけでなく途中の考え方や数字の書き方にも注意を向けるように指導しました。
続いて、書字練習を取り入れました。まずは、名前や数字をまっすぐ書く練習から始めます。例えば、「1日3回」「朝」「昼」「夜」などの短いフレーズを書き記すことから始め、徐々に服薬記録や血圧記録に移行できるようにしました。具体的には、薬を飲んだ時間や血圧の数値を書き込むシートを作り、それを毎日記入する練習を行います。この過程を繰り返すことで、数字を正確に書くスキルを少しずつ取り戻していきます。
②服薬管理と血圧測定の実践練習
次に、服薬の管理と血圧測定の実践練習を行いました。曜日ごとに分けられた薬箱を使い、1週間分の薬を仕分ける練習から始めます。最初は、金子先生が薬箱に色分けされたラベルを貼り、丸山さんに視覚的な手がかりを提供しました。例えば、月曜日の仕切りには青、火曜日には赤といった具合です。丸山さんには、1錠ずつ数えながら「月曜日の薬を青い仕切りに、火曜日の薬を赤い仕切りに」と声かけを行いながら薬を分ける練習を繰り返します。
次に、血圧計の操作の練習を行いました。初めは、金子先生が血圧計の使い方を説明しながらデモンストレーションを見せます。その後、丸山さん自身に実際に血圧計の電源を入れ、腕にカフを巻き、スタートボタンを押す一連の操作を行ってもらいます。測定が完了したら、表示された数値をノートに正確に書き記す練習をします。たとえば、「今日の血圧は120/80でした」といった記録を、日付と一緒に書くことで、日常の健康管理に必要なスキルを徐々に身につけられるようにサポートします。
③日常管理の習慣形成
退院後の生活を見据え、毎日決まった時間に薬を飲み、血圧を測る習慣を構築しました。この習慣づけのために、まずはスマートフォンのアラームやリマインダー機能を活用します。たとえば、「朝7時にアラームをセットして、薬を飲む時間を知らせます」「夜9時には血圧を測るリマインダーを表示します」といった形で、視覚と聴覚のサポートを提供しました。
さらに、アラームが鳴ったときにすぐ行動できるように、薬や血圧計をあらかじめ決まった場所に用意しておきます。薬は目立つ場所に置いたり、血圧計をすぐ使える位置に配置したりして、行動のハードルを下げる工夫を行いました。このようなサポートを継続することで、丸山さんが自分で管理する意識を持ち、日常生活に必要な習慣を身につけられるようにしていきました。
結果と進展
丸山さんは、簡単な計算や書字に対する自信を少しずつ取り戻し、薬の分配や血圧測定における実践能力も向上してきました。特に、薬を間違えずに分け、血圧を正確に記録できるようになってきました。
丸山さん:「今は自分で薬を分けるのも、血圧を測るのも少し楽になってきました。退院後も一人でできそうです。」
服薬と血圧測定の記録は、最初は不安でしたが、習慣化することでスムーズに行えるようになっています。
金子先生のリハビリプランは、丸山さんが退院後に自立して生活できる力を着実に養い、次のステップではさらに実践的なトレーニングが行われます。
今回のYouTube動画はこちら
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください。
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)