【2024年版】ウェルニッケ失語と上側頭回の関係:聴覚と言語理解のリハビリ戦略!
はじめに
本日は上側頭回について解説したいと思います。この動画は「リハビリテーションのための臨床脳科学シリーズ」となります。
内容は、STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
動画一覧は写真をクリック
上側頭回とは?
上側頭回 (Superior Temporal Gyrus: STG)
上側頭回は側頭葉の上部に位置し、聴覚や言語理解に重要な役割を果たします。外側溝(シルビウス裂)と上側頭溝の間にあり、他の側頭葉領域との相互作用が豊富です。
機能と位置
- 聴覚処理: STGは聴覚皮質と密接に関連しており、音の認識と処理に関わります。特に一次聴覚野(ヘシュル回)からの入力を受け、より高度な聴覚情報処理を行います。
- 言語理解: STGの後部、特に左半球は、ウェルニッケ野の一部として言語理解に関与します。これはブローカ野と連携し、音声から言語への変換を担います。
- 社会的認知: STGは、他者の意図や感情を理解する心の理論や、生物的運動の認識にも関わるとされており、側頭頭頂接合部や前頭前皮質とのネットワークを形成しています。
ウェルニッケ野 (Wernicke’s Area)
ウェルニッケ野は、上側頭回の後部に位置し、特に左半球に多く見られます。主に言語理解に関連し、頭頂葉や後頭葉と接続する複雑なネットワークの一部を構成します。
関連するブロードマン領域
- 領域22: 上側頭回の後部。言語の音声的処理に関わる。
- 領域39、40: 頭頂葉にあり、特に縁上回と角回がウェルニッケ野の言語理解機能を補完します。
血液供給
- 中大脳動脈 (MCA): 上側頭回は主にMCAの枝によって血液供給を受けます。外側溝を通過する上側頭枝が中心的役割を果たし、特に聴覚処理や言語理解に必要な領域に酸素と栄養を供給します。
- 吻合: 後大脳動脈 (PCA) との吻合も見られ、特に上側頭回の後部で補完的な血流を提供します。
神経ネットワーク
STGは多くの神経ネットワークに関与しています。以下の3つが主要です
- 聴覚処理ネットワーク: 横側頭回(ヘシュル回)からの聴覚入力を受け、音声や音楽などの複雑な情報を処理。
- 言語ネットワーク: ブローカ野やウェルニッケ野と連携し、特に左半球で言語理解を司る。
- 社会的認知ネットワーク: 他者の精神状態の理解に関わり、側頭頭頂接合部や前頭前皮質との相互作用を行う。
病態像
- 聴覚失認: 聴覚が正常でも音を認識できない状態。STGの損傷が原因となることが多い。
- ウェルニッケ失語症: 言語理解や適切な言葉の発話が困難になる。主にウェルニッケ野の損傷により発症。
- 前頭側頭型認知症および意味性認知症: 意味記憶の理解や処理が徐々に低下。
- 統合失調症: STGの異常が幻聴などの症状に関連している可能性が示唆されています。
上側頭回 (STG) 画像読解のポイント
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外側溝(シルビウス裂)の特定
- 基本的な位置関係の理解: 外側溝は前頭葉・頭頂葉と側頭葉を分ける深い溝であり、STGを特定するための最も重要なランドマークです。
- 画像上での識別方法: 横断面(軸位断)では、外側溝は脳の側面に沿って前後に伸びる溝として現れます。冠状断や矢状断でも、その特徴的な走行を確認できます。
- 個人差への注意: 外側溝の形状や深さは個人差があり、年齢や性別によっても変化します。これらの変異を理解し、正確な読影に役立てます。
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側頭極の確認
- 位置の特定: 側頭葉の最も前方に位置する側頭極は、丸みを帯びた形状で画像に現れます。
- スライスの進行方向: 側頭極が見え始めたら、側頭葉のスライスに入ったことを示すサインです。ここから後方にスライスを進めていきます。
- 解剖学的特徴の理解: 側頭極には扁桃体や海馬頭部などの重要な構造が近接しており、その位置関係を把握することで、より詳細な読影が可能となります。
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ヘシュル回(横側頭回)の識別
- 一次聴覚野としての重要性: ヘシュル回は聴覚情報の初期処理を行う一次聴覚野であり、外側溝の内部に位置します。
- 画像上での特徴: 軸位断では、外側溝内に短い横方向の回として現れます。冠状断では、外側溝の深部に位置する小さな隆起として観察できます。
- 個人差と左右差: ヘシュル回の数や形状は個人差があり、左右の半球間で異なる場合があります。これらの差異を理解することで、異常所見の検出に役立ちます。
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外側溝の上行枝とその影響
- 上行枝の解剖学的特徴: 外側溝は前方、上行、後方の3つの枝に分かれることがあります。上行枝は前頭葉の下部に向かって伸びる溝です。
- STGへの影響: 上行枝が発達している場合、STGの形状や境界が変化します。特に、上行枝がSTGに食い込む形で現れると、STGの上縁が不規則になります。
- 読影時の注意点: 上行枝の存在を確認し、その影響を考慮してSTGの範囲を正確に特定します。
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上側頭溝の活用
- STGの下限の決定: 上側頭溝はSTGと中側頭回(MTG)を分ける溝であり、STGの下限を明確にするための重要なランドマークです。
- 画像上での識別: 外側溝と平行に、STGの下方に位置する浅い溝として現れます。冠状断や矢状断でも、その連続性を確認できます。
- 個人差と変異: 上側頭溝の深さや形状も個人差があるため、複数のスライスでその走行を追跡することが重要です。
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下側頭回との連続性の理解
- 側頭葉の後方構造: STGは後方に向かって中側頭回や下側頭回と連続し、脳の後端部では頭頂葉や後頭葉と接します。
- 画像上での連続性の確認: スライスを後方に進めることで、STGがどのように他の回と連続しているかを観察します。
- 解剖学的境界の把握: STGと他の回との境界を理解することで、脳機能や病変の分布を正確に評価できます。
右半球と言語機能の論文トピック
言語における補完的な役割
右半球は伝統的に言語機能の支配的半球ではないとされてきましたが、近年の研究では、言語処理における補完的な役割が注目されています。特に、口調、文脈、ユーモア、比喩、皮肉などの高度な言語的手がかりを解釈する際に重要な役割を果たします。
これにより、右半球はコミュニケーションの情緒的・社会的側面に深く関わることが明らかになっています。
失語症と右半球の損傷
失語症は伝統的に左半球の損傷と関連付けられてきましたが、右半球の損傷も言語障害を引き起こすことがわかってきています。特に、韻律(スピーチのリズム、強勢、イントネーション)や談話の構造、コミュニケーションにおける非言語的な手がかりの解釈に影響を与えます。
大脳半球間のサポートと可塑性
左半球が損傷を受けた場合、特に若年層や広範な損傷がある場合、右半球が言語機能の補完を行うことが知られています。この現象は脳の神経可塑性に関連しており、脳が損傷を受けた際に他の領域が代償的に機能を担うことができる能力を示しています。
非優位半球失語症
「非優位半球失語症」は、右半球の損傷によって生じる言語障害を指します。
これは、言語の感情的側面の理解や、談話の主題構造の管理、社会的文脈における言語の適切な使用に影響を及ぼします。
このタイプの失語症は、従来の左半球損傷による失語症とは異なる特性を示します。
リハビリテーションと治療のアプローチ
右半球の損傷による言語障害に対する治療アプローチは、通常の文法や語彙の訓練に加え、イディオム、ジョーク、比喩的な言語の理解といったコミュニケーションの微妙な側面にも焦点を当てたものが有効です。
これにより、右半球が担う言語の情緒的・社会的側面の回復が促進されます。
個人差と利き手
右半球が言語に果たす役割には個人差があり、左利きや両利きの人々では、右半球がより重要な役割を果たす可能性があります。これにより、言語機能の優位性に関して個人差が存在することが認識されるようになっています。
右半球に関連する領域
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前頭頂弁蓋(FPOp): 音声の理解と発声に重要な感覚情報の統合、特に複雑な構文の処理に関与。
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下側頭回(ITG): 単語や文字の視覚認識および意味処理に関わり、読解や理解をサポート。
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下前頭回後部(pIFG): 韻を踏む、単語を音節に分割するなどの音韻処理、音声の生成と明瞭化に寄与。
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後頭頂皮質(PPC): 言語の空間的側面(単語の位置や方向の認識)をサポートし、数値処理や空間処理にも関与。
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縁上回(SMG): 音韻処理と言語作業記憶に重要で、音韻情報の保存と操作に貢献。
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前部・後部上側頭回(a/pSTG): 聴覚言語の処理に関与。aSTGは音声の理解、pSTGは聴覚情報と言語情報の統合に寄与。
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上後頭側頭溝(pSTS): 韻律や言語の感情的・社会的側面の理解に貢献し、皮肉や声のトーンなどの非言語的手がかりの解釈を支援。
観察のポイントと臨床のヒント
1.聴覚処理
一次聴覚野は、視床の内側膝状体から直接入力を受け取り、音声情報を処理するための中枢となります。この領域は、音のピッチ、音量、位置といった音の基本的な特徴を解析する機能を持っています。STGの障害によって、この処理能力が損なわれると、患者の聴覚認知が混乱する可能性があります。以下の点に注目して観察します。
観察のポイント
☑ 言語理解は?
患者に対して、簡単な指示(例:「座ってください」「名前を教えてください」)を与えた際、混乱や無反応が見られる場合、聴覚処理に問題がある可能性があります。言語理解が不明瞭であれば、STGの損傷を疑います。
☑ 音の定位は?
療法士が異なる方向から患者の名前を呼んだ際、正しい方向に顔を向けることができない場合、音源の定位に困難を感じている可能性があります。音の位置感覚の障害は、上側頭回の聴覚処理に起因していることが多いです。
☑ 環境音への反応は?
電話の呼び出し音やドアが開く音など、日常的な環境音に対して、患者が驚いたり無関心であったりする場合、音の意味を認識する能力に障害があるかもしれません。
☑ 音量のコントロールは?
患者が異常に大きな声や小さな声で話す場合、自分の声の音量を正確にフィードバックする能力が失われている可能性があります。これは、聴覚フィードバックの障害を示唆し、STGの損傷と関連していることが考えられます。
臨床へのヒント
① 音声知覚トレーニング
音声指示を用いて患者の聴覚処理能力を段階的に鍛えることが有効です。シンプルな指示から始め、徐々に複雑な指示に移行し、音声情報の認知力を高めます。
② 音源識別トレーニング
さまざまな方向から名前を呼び、患者がどの方向から音が来ているかを識別する訓練を行います。環境音を加えて、STGの音源識別能力を強化します。
③ 環境音の識別
患者にドアベルや電話の音を聞かせ、それを正しく識別できるか確認することで、非言語的な聴覚認知を高めるトレーニングを行います。
④ 音の大きさの調節
異なる音量で話す練習を行い、自分の声の音量を調整するフィードバックを得ることで、音量の認知能力を訓練します。
関連論文
Crystal 2015
Speech training alters consonant and vowel responses in multiple auditory cortex fields
この論文では、音声トレーニングが聴覚皮質における音声反応にどのように影響を与えるかを調査し、聴覚野の神経可塑性に関する知見を提供しています。特に音声の理解に与える影響について示唆しています。
2.言語処理
ウェルニッケ野は、優位半球(通常は右利きの人では左半球)の一部を形成しており、言語理解において極めて重要な役割を果たします。STGは特に言語処理に深く関与しており、この領域の損傷により、言語指示の理解や応答に異常が見られることがあります。以下のポイントに注目して観察します。
観察のポイント
☑ 指示の理解は?
療法士の「手を挙げてください」という指示に対して、患者が足を上げたり、「横を向いてください」という指示に対して正面を向いた場合、言語理解に問題がある可能性があります。これはウェルニッケ野に関連する言語処理の障害を示唆しています。
☑ 質問に対する反応は?
患者が質問に対して、文脈から外れた回答を返した場合(例:「名前は何ですか?」に対して「青い」など)、言語理解の障害がある可能性があります。
☑ 読み書きは?
短い文章を読んだり、名前や住所を書いてもらった際に、内容を誤解していたり無関係な文字を書く場合、言語処理に問題があると考えられます。
臨床へのヒント
① 理解度を段階付けする
「手を挙げてください」といったシンプルなワンステップ指示から始め、徐々に複数ステップの指示に移行して、患者の理解力を確認します。視覚的補助やジェスチャーも使用して、理解を促進します。
② 会話のチャンスを増やす
患者が日常会話に参加する機会を増やし、看護師や他の患者とのやり取りを通じて言語理解を向上させます。例えば、「今日のごはんはどうでしたか?」といった簡単な質問を行います。
③ 読み書きの機会を増やす
新聞や雑誌を読み、短い文章を書いてもらうことで、言語処理能力を強化します。また、テキストメッセージの作成など、日常生活での読み書きの機会を増やすことも有効です。
関連論文
Guandong Wang et al., 2020
Constraint-induced aphasia therapy for patients with aphasia: A systematic review
この系統的レビューでは、拘束誘発失語症療法(CIAT)が失語症患者に対する言語能力の向上に効果的であることが示されています。特に命名、理解、反復能力の改善に貢献しています。
3.社会的認知
STGは、他者の意図や感情を理解する能力、いわゆる「心の理論」に関連する社会的認知の中枢でもあります。患者が他者の感情や意図をどのように解釈するかを観察することで、社会的認知能力を評価します。
観察のポイント
☑ 感情や意思を理解できるか?
看護師が「今日の気分はどうですか?」と聞いた際、患者が質問の背後にある感情を理解できているかどうか確認します。もし感情的なニュアンスを認識できていない場合、社会的認知に問題がある可能性があります。
☑ 社会的相互作用は?
相手が目をそらす行動や他の社会的合図を正しく理解できるかどうか観察します。不適切な反応が多い場合、社会的な合図の理解が損なわれている可能性があります。
☑ 他者への理解度は?
他の患者の行動や発言をどう解釈しているか確認します。例えば、隣のベッドの患者が本を読んでいる場合、その行動の背景にある意図をどう解釈しているか観察します。
臨床へのヒント
① 日常生活でのトレーニング
療法士が具体的な状況を設定し、その状況に対する患者の感情や意思を話してもらう練習を行います。感情を表現する訓練を通じて、社会的認知能力を高めます。
② グループセラピー
他の患者と協力しながら会話や社会的スキルを練習するグループセラピーは、社会的相互作用に困難を感じている患者にとって有効な治療法です。
③ フラッシュカード
感情を表現した顔のフラッシュカードを用いて、患者に感情を識別させる訓練を行います。
関連論文
Blakemore SJ, 2008
The social brain in adolescence
この論文では、思春期における社会脳の発達を説明しており、STGが社会的認知プロセスにおいてどのように機能するかを示しています。
4.多感覚統合
多感覚統合は、音の局在化や環境の認識において、視覚と聴覚を組み合わせる能力に関係しています。STGの損傷は、これらの感覚の調和を乱し、環境への適応力に影響を与える可能性があります。
観察のポイント
☑ 聴覚・視覚の情報調整は?
話し手が視界に入るときと外れるとき、患者が会話に適切に追従できているか観察します。視覚的手がかりの有無による反応の違いも評価します。
☑ 環境刺激への反応は?
視界に入らない音源、例えばドアのノックや電話の呼び出し音に対して、患者が過剰に驚いたり、適切に反応できていない場合、多感覚統合に問題がある可能性があります。
☑ 視覚的手がかりによる音の定位は?
音が鳴った際、その音源を探して視線を合わせることができるか観察します。
☑ 視聴覚イベントの認識は?
テレビやビデオ通話で、患者が内容を理解し、適切な反応を示せるか確認します。
臨床へのヒント
① 視覚と聴覚の分離運動
患者が目をそらしても、指示に従えるかを確認する練習を行います。この訓練により、視覚的手がかりがない状況下でも聴覚情報を正しく処理できる能力を向上させます。
② VR機器の活用
視覚と聴覚の統合トレーニングにバーチャルリアリティ(VR)を用いることも有効です。視覚情報と音声情報をリンクさせる訓練が行えます。
関連論文
Francesca et al., 2023
A modality-independent proto-organization of human multisensory area
この論文は、視覚と聴覚の統合がどのように行われているかについて調査しており、STGを含む脳領域が多感覚情報の処理に重要な役割を果たしていることを示しています。
新人が陥りやすいミス
多感覚統合に関するミス
動画学習やフィードバックの軽視
新人療法士が多感覚統合を扱う際、リアルタイムでの指示やフィードバックだけに頼りすぎる傾向があります。患者に対して一度だけ説明を行い、すぐに理解・応答を期待することは非現実的です。特に多感覚統合の訓練においては、動画を使った繰り返し学習が効果的です。
言語処理に関するミス
読み書き訓練に過度に依存する
言語処理のリハビリテーションにおいて、新人は読み書きの訓練に重点を置きすぎることがあります。例えば、個々の文字や単語を繰り返しドリルすることにこだわりがちです。しかし、患者の興味を引き出し、より日常生活に即した内容(例: 新聞記事を読む、買い物リストを書くなど)に焦点を当てる方が、意味のある文脈の中で言語機能を強化できます。
②主に STG に血液を供給するのはどの脳動脈ですか?
③STG は聴覚処理にどのように関与していますか?
④言語理解における STG の役割について説明して下さい。
⑤STGは社会認知にどのような貢献をしているのでしょうか?
⑥聴覚失認の典型的な症状にはどのようなものがありますか?
⑦ウェルニッケ失語症は言語理解にどのような影響を及ぼしますか?
⑧STG の文脈における多感覚統合の概念を説明して下さい。
⑨右脳は言語処理をどのように補完するのでしょうか?
⑩STG関連障害に対する効果的なリハビリテーションのアプローチにはどのようなものがありますか?
②STG は主に中大脳動脈の枝から血液を受け取ります。
③STGは、一次聴覚野に接続された聴覚処理ネットワークで主要な役割を果たしています。
④言語ネットワークでは、特に左半球の STG が話し言葉を理解するために重要です。
⑤STGは、生体運動の認識や精神状態の理解など、社会的認知に関与します。
⑥聴覚失認では、聴覚は正常であるにもかかわらず、音の認識と解釈が困難になります。
⑦ウェルニッケ失語症は言語理解に影響を及ぼし、意味のある言語を理解して発することが困難になります。
⑧STG における多感覚統合には、効果的な環境認識のために視覚情報と聴覚情報を組み合わせることが含まれます。
⑨右半球は言語処理において補完的な役割を果たし、口調や文脈などの複雑な言語的手がかりを処理します。
⑩STG障害に対するリハビリテーションのアプローチには、多感覚統合訓練や言語理解訓練が含まれます。
上側頭回を意識したリハビリテーション展開例
登場人物
- 療法士:金子先生
- 患者:丸山さん
ストーリー
初回セッション:評価と課題設定
金子先生は、初めてのリハビリセッションに臨むため、丸山さんと初対面しました。丸山さんは数か月前に脳卒中を経験し、現在は左半球に広範囲の損傷があり、右半球が言語機能の補完を行っている可能性が示唆されています。
金子先生: 「こんにちは、丸山さん。今日は一緒にリハビリを始めていきましょう。よろしくお願いします。」
丸山さん: 「こんにちは、先生。…丸山と申します。よろしくお願いします…少し緊張してます。」
金子先生: 「大丈夫ですよ。ゆっくり進めていきますので、無理せず一歩一歩進んでいきましょうね。」
丸山さんは、自分の名前を言うのに少し苦労し、時々指示に対して混乱することがありましたが、金子先生はこの反応を慎重に観察し、STG(上側頭回)やウェルニッケ野の損傷が彼の言語理解にどのように影響を与えているかを評価しました。丸山さんの話し言葉に対する遅延や、音の方向への反応の遅れを確認しながら、彼の現在の状態を詳しく分析していきました。
総合評価とリハビリ目標の設定
金子先生は総合的な評価を行い、丸山さんに以下の課題を設定しました。
- 言語理解と聴覚処理の強化
丸山さんは音の方向を正しく認識することが難しく、複雑な指示に対する反応が遅れることがあります。また、簡単な質問に対しても適切な応答が得られないことがあり、金子先生はこれを言語理解における主要な課題として特定しました。
目標:
1つの具体的な目標として、「日常的な会話において簡単な質問に適切に答える」ことを設定しました。
リハビリの計画と実施
リハビリ計画を立て、以下の3つの主要項目に基づき、リハビリを進めることにしました。
- 音源識別トレーニング
音源識別能力を向上させるため、金子先生は丸山さんに様々な方向から呼びかけるトレーニングを実施しました。
金子先生が丸山さんの左右や後方から名前を呼びかけると、丸山さんはすぐには反応できませんでした。
金子先生: 「丸山さん、こちらを向いてください。音が聞こえた方向はどっちですか?」
丸山さん: 「えっと…うーん、こっちかな?」(少し迷いながら反対方向を指す)
金子先生: 「いい感じですよ。もう一度呼びますね。少し落ち着いて考えてみましょう。」
この訓練を続けることで、丸山さんは次第に正しい方向に顔を向けられるようになり、日常生活での音源認識能力が向上していきました。
- 簡単な指示の理解練習
丸山さんに対して、シンプルな指示を理解し実行するトレーニングを行いました。
最初は「手を挙げてください」や「足を動かしてください」といった単純な指示を用い、丸山さんが指示に従うまでの反応時間や正確性を評価しました。
金子先生: 「今度は右手を挙げてみましょう、丸山さん。」
丸山さん: 「右手ですね…これで合ってますか?」(左手を挙げてしまう)
金子先生: 「惜しいですね!右手はこっちですよ。」(右手を軽く指差してヒントを出す)
丸山さん: 「あ、そうでしたね!」(正しく右手を挙げる)
徐々に複雑な指示にも対応できるようになり、「右手を挙げたら、左足を前に出してください」といった複数ステップの指示もこなせるようになってきました。
- 会話練習
日常生活で使用する言語を用いて、丸山さんが自然な会話に参加できるよう支援しました。
金子先生は「今日のごはんはどうでしたか?」や「昨日はどんなテレビ番組を見ましたか?」といった具体的な質問を行い、丸山さんが自身の考えを伝えられるよう促しました。
金子先生: 「昨日の晩ご飯は何を食べましたか?」
丸山さん: 「うーん…カレー…だったかな。でも、ちょっと覚えてないです。」
金子先生: 「カレーですか、いいですね!どうでした、味は美味しかったですか?」
丸山さん: 「ええ、ちょっと辛かったですけど、まあまあ美味しかったです。」
丸山さんは少しずつ会話に慣れていき、会話を続けることに対して自信を取り戻しつつありました。
結果と進展
セッションが終わりに近づく頃、金子先生は丸山さんに進展について話し合いました。
金子先生: 「今日はとてもよくできましたね。音の方向も徐々に正確に捉えられるようになってきましたし、指示にもすぐに反応できましたよ。」
丸山さん: 「ありがとうございます。最初はどうなるか不安でしたが、少しずつ慣れてきました。」
金子先生: 「その調子です!これからもゆっくりですが確実に進んでいきましょう。自分のペースで大丈夫ですからね。」
丸山さん: 「わかりました。次回も頑張ります。」
最初のセッションでは、丸山さんは特に音源識別トレーニングにおいて進展を見せました。最初は呼びかけの方向に正しく反応することができませんでしたが、繰り返しの訓練の後、彼は徐々に音の方向に顔を向けることができるようになってきました。
また、簡単な指示に対する理解力も向上し、「手を挙げてください」などの指示に素早く応答できるようになってきました。会話練習でも、少しずつですが、返答の内容が豊かになり、日常の簡単な話題に対しても文脈に合った返答が見られるようになりました。
今回のYouTube動画はこちら
退院後のリハビリは STROKE LABへ
当施設は脳神経疾患や整形外科疾患に対するスペシャリストが皆様のお悩みを解決します。詳しくはHPメニューをご参照ください。
STROKE LAB代表の金子唯史が執筆する 2024年秋ごろ医学書院より発売の「脳の機能解剖とリハビリテーション」から
以下の内容を元に具体的トレーニングを呈示します。
STROKE LABではお悩みに対してリハビリのサポートをさせていただきます。詳しくはHPメニューをご参照ください。
1981 :長崎市生まれ 2003 :国家資格取得後(作業療法士)、高知県の近森リハビリテーション病院 入職 2005 :順天堂大学医学部附属順天堂医院 入職 2012~2014:イギリス(マンチェスター2回,ウェールズ1回)にてボバース上級講習会修了 2015 :約10年間勤務した順天堂医院を退職 2015 :都内文京区に自費リハビリ施設 ニューロリハビリ研究所「STROKE LAB」設立 脳卒中/脳梗塞、パーキンソン病などの神経疾患の方々のリハビリをサポート 2017: YouTube 「STROKE LAB公式チャンネル」「脳リハ.com」開設 現在計 9万人超え 2022~:株式会社STROKE LAB代表取締役に就任 【著書,翻訳書】 近代ボバース概念:ガイアブックス (2011) エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション:ガイアブックス (2014) エビデンスに基づく高齢者の作業療法:ガイアブックス (2014) 新 近代ボバース概念:ガイアブックス (2017) 脳卒中の動作分析:医学書院 (2018) 脳卒中の機能回復:医学書院 (2023) 脳の機能解剖とリハビリテーション:医学書院 (2024)